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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
間章2・流れ星は遠く

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秘話7・継がれる願いは遠く⑦

 私の言葉に手を止めたアルメル様は、こちらを見ないまま、力の籠らない声で言う。


「そうは言っても、お母様を助ける事が出来るかもしれない方法を、他に知らない」


 アルメル様が何を知っているのか、私は知らない。でも、知っている事がある。


 アルメル様の背中に近付いて、その背中に優しく触れた。


「知らない事があるのが人間です。それは、悪いことではありません。だけど、()()は悪いことです」


 アルメル様の手に触れ、その手が持っていた何かの粉を包んだ樹皮を、優しく取り上げようとする。最初は力が籠っていなくて、簡単に奪えそうだったのに、私が取り上げる寸前に、アルメル様の力が籠った。


 この背中に触れて気付いた。アルメル様の弱り切っている状態。服の上から解る骨の感触が、酷く痩せていた。食事も喉を通っていないようだ。口調だってそう、私と目を合わせないのもそう。アルメル様が動物実験と呼んだ行為が、いけない事だと、アルメル様は、理解している。


「アルメル様。……これは、命です」


 小さな命を奪おうとする毒物を取り上げようとする。しかし、


「違う。これは、未来だ」


 掠れた声と震えた手で、アルメル様は抵抗する。


「この実験が、お母様を助けるかもしれない。そしてこれからも、失われずに済んだ命を、誰かの未来を助ける事に、繋がるかもしれない! だから……」


 アルメル様が言葉に詰まる。だから私は、続きを待つ。


 いくらか待っても続きが無いから、だから、私が続きを拾う。


「……この実験がいつか誰かの役に立つとして、間に合うのですか?」


 私の幼馴染であり親友の、その日に、


「アルメル様のお母様の、その時までに……間に合うのですか?」


 その問いに、アルメル様は、喉を鳴らした。開いて力の籠っていない喉に、不意の呼吸が乗っかって、勝手に喉が震えたような、悲痛な嗚咽。


 アルメル様は答えない。いや、答えられない。こんな10歳ほどの子供に、私は何を言っているのだろう。何を押し付けているのだろう。いや、いったい何を押し付けようとして、何を期待していたのだろう。と、私は私に叱責する。


 大切な幼馴染の大切な子供。10年見てきた、私にとっても大切な子供。その子供が危ない事をしているなら、叱るのが大人の役割だ。


「アルメル様。いつか、本当にいつか、どうすればそれを成し遂げられるのか、考え付いて、そのためにこういう事をする、というなら、私は止めません。でも、今のアルメル様は、そうではありませんよね?」


 話しているうちに、アルメル様の力が籠っていない事に気付き、ようやく、手に持っていた毒物を取り上げる事が出来た。


 毒物を取り上げて、近くに置いて、手が空いたので、その手でアルメル様の手を握る。


 ぽつりと、降りだす雨の最初の一粒のような弱弱しさで、アルメル様は呟いた。


「……おれは、現実から、目を逸らしていたんだな……」


 私は答える。


「そういうものだと思います」


 だって、私も同じだから。


 この現実を受け入れる事は、まだ出来ていないから。


「何もしていないと、その運命を受け入れたみたいで……。それだけは嫌だった。受け入れず、抵抗したぞっていう、証が欲しかった……。それだけだったんだ。本当は……薬の完成なんて、全くゴールが見えていない。でも、受け入れられないから、何かしないとってっ!!」


 私も同じだった。この人生、ずっとそうだった気がする。


 オフマン商会という、地元では大きな家に産まれながらも、次女故に継げる家督は無く、それでもオフマン商会の人間として恥じない振る舞いを求められ、嫌だったので、グレた時期もあった。現実は解ってた。でも、受け入れたくなくて、最終的にはその運命に従うしかないと解っていても、自分自身を納得させるために、抵抗はしたよと、そう証拠として、変な事をしちゃったりした。


 アルメル様は私の手を振り解いてから、両手を床に着いた。力が入らないあまり、倒れそうになったのを、その手で抑え、結果として、四つん這いになる。


 そこからのアルメル様の声は、震えていた。呼吸に至るまで、全てが揺れていた。


 メイドとして、そして、この子の親の幼馴染として、アルメル様の顔は見ないよう努めた。それを見る事は、マナー違反だと、なんとなく思ったから。


 そこからは、アルメル様の言葉を、ただ聞いた。


「知ってるはずなんだ……。俺の立場なら、もっと真面目に生きていれば、もっと頑張って生きていれば、もっと沢山勉強して生きていれば、そこに答えがあったはずなんだ。知る機会はあったはずなんだ! なのに俺は、そこに辿り着けない……っ! あれだけ恵まれた環境があって、これだけ恵まれた環境があって、その上で俺は、それを知らない……知っていれば助けられたのに! 知っていなきゃいけないはずだったのに!!


 半狂乱のアルメル様の言葉は、私には全く理解出来なかった。でも、理解するものでは無い。考えて考えて、頑張って頑張って、練り上げて練り上げて、トライ&エラーを繰り返して。そうやってきた人間の心理描写なんて、どんな吟遊詩人にだって表現出来ない。吟遊詩人なら、複雑すぎて理解が難しいから、わざと簡略化する精神状態のはずだ。


 だから、多分、これで良い。


「アルメル様」


 私は、その状態で一番、アルメル様を優しく抱きしめられる状態を模索して、でもベストなポジションは見つからなくって、多少無理やり、不格好な状態で、アルメル様の顔を見ないよう、後ろから、その背中を抱きしめた。


 アルメル様は、最後の力を振り絞るように、殆ど掠れた声で言う。


「おれは、おかあさまを、たすけられない……」


 答えは決まる。


 この子の母親であり、私の親友は、運命に従い、死ぬ。それに抗う存在は、今、居なくなった。


 私も壊れそうだった。アルメル様に加減なく抱き着いて、泣きついて、嫌だ嫌だと泣き喚きたかった。


 堪える。堪える。堪える。


 だって、アルメル様は子供で、私は大人だから。


 うずくまるアルメル様を、少し追いかけ、優しく抱きしめる。涙も嗚咽も堪える。結果、顔は誰かに見せられる物じゃなかったと思う。


 アルメル様が言う。


「情けなく泣く事しか出来ない。弱い男だな、俺は……」


 と。


 だから、私は言う。


「違います。それは、愛です」


 と。


「大切な人のため、無理をしようとしてしまう。多分、それは愛だと、私は思います」


 と。


 アルメル様の呼吸と声と、それに影響されて背中まで震える。そのせいで、背中を抱きしめている私の上半身が揺り籠のように揺れる。


 アルメル様が言葉を絞り出す。


「おれは……このあと、どうしたら、いいかな……」


 その答えは簡単だった。でも、喋るのだけは簡単じゃなかった。


 声よ、震えるな。ちゃんとしろ、大人として、メイドとして。


 泣くな。泣くな。泣くな。


「顔を、見せてあげてください。こんな実験じゃなくて、あの子に、アルメル様の顔を、出来るだけ沢山、見せてあげてください。アルメル様の話を聞かせてあげてください。ヘンリーがもう嫌だっていうくらい、ずっと一緒に居てあげてください……っ! だから、こんなことは、やめて……っ。やめて、ください!!」


 お願いだから、泣き止んでよ、私。泣かないで。今は、アルメル様の説得しなくちゃいけないから。アルメル様のために。ヘンリーのために。


 説得どころでは無くなって、メイドとしての立場も危うい。子供の前で大泣きする大人が誕生してしまった。威厳も何も無い。叱るも何もない。


 でも、アルメル様は、呟く。


「そっか……そういうものか……」


 天など仰げぬほの暗い倉庫の中で天を仰ぎ、それからアルメル様は、私に顔を向けて、笑みとは言えない強がりの笑みと一緒に、その言葉を、私に送る。何故か赤い頬と目の下。赤い鼻と残る鼻水。その不格好な面持ちで、この言葉を、私に送るのだ。


「わかった。そうしよう。ありがとう、フレイヤ」


 と。

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