ちょっかい
「さて、佐々木さん。作戦もなしに出たが、これからどうするか、決まってるのか?」
涼香を試すように、富勇は尋ねてみた。
だが、そこは涼香、あらかじめ作戦は立てていたようで、彼女はニッと笑うと、ピースサインをした。
「もっちろん! あたしたちのとるべき行動は決めてるよ」
「具体的には?」
「親衛隊を呼び寄せる餌として、まずはわざと日本人相手に騒動を起こすの。
そうすれば、騒ぎを聞きつけた親衛隊が、逃走中の二人かもしれない、って血相を変えてやってくるはずだから」
富勇は顎に手を当てながら、こくんとうなずく。
「オーケー」
「……富勇くん」
一体どうしたのか、そのとき涼香は富勇の手を握ってきた。
富勇は何も言わず、涼香の言葉を待った。
「しっかりあたしのこと、守ってね。……ほんとはね、何もかも怖いんだよ、あたし」
富勇は潤んだ涼香の瞳を見た瞬間、あまりの美しさに息を呑んだが、すぐに我に返った。
富勇は涼香の手を強く握り返す。
「俺がボディガードでいるうちは、あんたを守り抜いてみせる。
……たとえサイダーナイフが砕け散っても、命ある限り、俺は佐々木さんを守り続けることを約束するさ」
「ありがとね、富勇くん……!」
富勇はニッと笑うと、親指を突き出した。
涼香は笑顔になり、富勇のように親指をグッと突き出す。
「さあて、日本人相手にちょっかいでもかけるとしようぜ」
「だねっ」
富勇は先頭になって歩き出し、その後ろを涼香が鼻歌をうたいながら付いてくる。
やがて涼香の鼻歌は日本人を罵倒する歌へと変わり、富勇はそれを聞いた瞬間、思わず吹き出しそうになった。
恐れから脱した乙女ほど、たくましいものはないだろう、と富勇はこのとき強く実感。
それから二十分以上は経っただろうか。
「よう、涼しい格好の姉ちゃん。なーに歌ってんの?」
「日本人を悪く言ったら、死刑っしょ」
自動販売機の前を通り過ぎようとしたとき、ついに二人はヤンキー座りをした日本人らしきガラの悪い二人組の青年に絡まれた。
それでも涼香は日本人を非難した歌を歌い続ける。
動じない涼香に、日本人の青年二人は気味の悪い笑みを浮かべた。
「へへっ。おい、姉ちゃん? もしもーし?」
「きっひっひっ」
「……おい」
「きひひ! これ、アウトっしょ」
敵意をむき出しにした青年二人を見て、それまで空気同然だった富勇は、颯爽と動き出した。
隠し持っていたサイダーナイフを露わにするなり、富勇はサイダーナイフの先端でクルクルと丸を描いた。
青年らは身構えたが、サイダーナイフの先端から出てきた小さい泡の数々を見て、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
「あんちゃんよ、これはこれは大層なこけおどしでいらして。んで、芸はそれだけ?」
「きひっ、そういうのは見世物小屋でやらないといけないっしょ」
煽りの言葉。
富勇は薄気味悪く笑うと、青年二人に向かって、小さな泡の数々を息で吹いた。
いくつもの泡は、二人の青年を取り囲む。
その頃には、二人組の青年も何か嫌な予感を感じ取ったようだった。
「てめえ、何する気だ」
「これ、なんだかやばくね」
富勇は涼香とともにさりげなく後ろにあとずさり、泡から距離を取った。
怯える日本人の青年たちに対し、富勇は勝ち誇ったように笑った。
「泡は泡でも、ただの泡じゃないんだな、これが。さて……歯を食いしばれよ」
「や、やめろ……やめろって」
「きひぃ、お手柔らかに頼みますよ」
富勇はサイダーナイフ技を叫んだ。
「――炭酸気泡破裂ショック!」
パァン、という大きな破裂音とともに、泡という泡がすべて一斉に破裂する。
破裂の衝撃波が二人の青年を襲い、吹き飛ばされた彼らは自動販売機に衝突。
それで壊れた自動販売機からは、無数の飲み物が吐き出され続ける。
「わあっ、やる~」
嬉々として拍手する涼香。
富勇は自動販売機から吐き出された冷えたペットボトル二本を失敬すると、そのうち一本を涼香に手渡した。
「ありがとっ。……でもいいのかな、これ。あたしたち、お金入れて買ってないよ?」
「これはあいつらから俺たちへのプレゼント、だそうだ。――なあ、そうだよな」
富勇は気を失っている名も知らぬ青年二人に向かって、そう尋ねた。
当然、言葉は返ってこない。
それでも富勇は、うんうんとうなずいた。
「やっぱそうだってさ」
「そっかぁ。――二人ともー、ありがとねぇ」
と、そのとき、それまで意識を失っていた青年二人だが、不意に顔をしかめながら起き上がった。
「クソが! 油断したっての」
「きひっ。分が悪いとは、まさにこのことっしょ」
富勇は身構えたが、どうも彼らはすっかり戦意喪失しているようだった。
「おい、逃げるぞ」
「きひっ、もちろんっしょ」
「そんでもって、如月親衛隊に今のことをチクってやるんだ」
「きひひ! ざまあないっしょ」
逃げ足の速い青年たちは、すぐさまその場をあとにした。
富勇はペットボトルのキャップを開けると、グビッと飲み物を飲んでは喉を潤した。
「さあて……かかってこい、如月親衛隊の奴らめ」
如月親衛隊からの襲撃を受けたのは、それから十五分ほど経ってからのことだった。




