安全地帯
朝食が済んでしばらくしてから、律子は通っている臨月高校に登校した。
永嗣と里子の二人は、そば屋「大味谷」の開店時間に合わせ、店の開店準備。
残された富勇と涼香はというと、例の和室の畳に座り、あれこれ話していた。
「本当に明日、出発で大丈夫なの?」
「ああ。明日には、昨日の疲れもすっかり取れているだろうからな」
「そっか、ありがとね」
富勇は頬を緩ませ、「何を言うんだ、佐々木さん。俺たちは一心同体だ。やるからには、絶対に二人でやり遂げるぞ」と涼香にニカッと笑いかけた。
「うん……!」
ところで、と富勇は背後の障子を振り返りながら、つぶやいた。
「ここは安全なのか? 親衛隊に襲撃されないかどうか、不安なんだが」
ここを襲撃された場合、甚大な被害が出る。
富勇たちはもちろんのこと、大宮一家、そば屋「大味谷」の従業員ら、および食事を食べに来た客たち。
それだけは何がなんでも避けなければいけない事態だ。
「あぁ、そういえば富勇くんには説明してなかったよね」
「何がだ?」
「里子おばさまが王妃様と懇意にしていることは、さっき永嗣おじさまが自転車の件について説明するときに話してくれたよね」
富勇は永嗣が自転車の話をしていたときのことを思い出し、「ああ」と大きくうなずく。
「二人は仲が良いんだろう?」
「厳密に言うと、里子おばさまは王妃様と仲が良いふりをしているだけね」
「まあ、そうなるわな」
でもね、と涼香は人差し指を一本伸ばした。
「このそば屋「大味谷」だけは特別視されているらしいよ。
だから、ここで働く人たちも来客する人たちも皆、如月人で、いわばここは安全地帯なんだって」
「だが、親衛隊の奴らも皆、如月人のみで構成されている組織だぞ」
それだけが富勇の気がかりだった。
如月人が同じ如月人に何かをしても、この絶望の国では何も罰せられないのだから。
しかし、涼香はかぶりを振った。
「大丈夫だと思うよ。親衛隊の人たちも、さすがに王妃様のご機嫌を損ねるようなこと、しないと思うし」
「そうか。なら……そうだな、ここは安全地帯だ」
富勇は大きくうなずくと、ぐっと背伸びをした。
それを真似てか、涼香も妖艶なあえぎ声を上げながら背伸びを。
富勇は苦笑した。
「俺、あんたの性格、分かった気がした」
「え~、何々―?」
「甘え上手」
「わあっ、すごいすご~い! うちのお店のお客さんからもよく言われるよ~」
「……だろうな」
――うちのお客さん。
そのキーワードを聞いた富勇は、かすかに胸の痛みを覚えた。
すぐにそれが嫉妬というものだということに気づいたとき、富勇は必死になって頭をブルンブルンと横に振った。
キョトンとする涼香。
「どうしたの、富勇くん?」
「大丈夫だ、今しがた煩悩を打ち払ったところだ」
「煩悩?」
「ああ。もう平気だから、どうか気にするな」
「は~い」
小悪魔的な涼香の笑顔は、富勇の胸をドキリとさせるものがあったが、富勇は顔をそらさず、彼女にほほえみ返した。




