婚約者のお迎え
お茶会は婚約者がいるものは同伴してやってくる。
ゲームではエリクやクロードをたいてい選ぶことになり、婚約者のいるフェリクスは好感度が高ければ選択肢で選べるというものだった。
この前、謝罪を要求された時の様子をみれば、フェリクスの好感度は高い状態のようだった。
レナが誰を攻略のターゲットにしているかはわからないが、フェリクスはきっとレナを同伴相手に選ぶだろうと思っていた。
だから一人で向かおうと思っていたが、思わぬ展開が訪れた。
フェリクスが私を迎えにきたのだ。
馬車の前で唖然とする私に、フェリクスが言う。
「お茶会の時間に間に合わなくなる。早く乗ったらどうだ?」
婚約者を迎えに来た台詞とは思えないが、彼は私を待っている。
ここで誘いを断って、ゲームオーバーになるのは恐い。私は彼の手を取って馬車に乗り込んだ。
王族使用の馬車なだけあって、中は広く豪華な作りをしている。
お互いが座ったところで、馬車は揺れることなくスムーズに動き出した。
しばらくお互い無言だったが、フェリクスが先に口を開く。
「本当におまえからは話しかけないのだな」
言われて、この前の会話を思い出す。そういえばそんな話をしたな。
「殿下がそれを望んでおられるようだったので・・・・・・・なぜ、私を同伴相手に選んだのですか?」
フェリクスは無表情で答える。
「婚約者を同伴するのは当たり前だろう」
「・・・・・・私は、殿下はレナさんと行くものかと思っていました」
「彼女はエリクと行くそうだ」
「そうですか」
振られたということだろうか。だから仕方なく私を同伴相手に選んだのだろうか。
フェリクスは私の考えを見透かすように言った。
「はじめから同伴相手はおまえだと決めていた。このところ、誰とも話さず一人でいるようだな。・・・・・・被害者を演じているのか?」
その言葉に、内心げんなりしてしまう。
この前の謝罪事件で、私がレナに頭を下げたことは学園中に伝わった。
貴族の序列を重視する者からすれば侯爵家であるアデレードの令嬢が、聖女とはいえ平民扱いのレナに頭を下げたことをよく思っていないものも出てきたのだろう。
自分たちがいつのまにか加害者になっていたことに憤慨しているのだろうか。
この密室で言い争いをしてもしょうがない。
自分が生き残るためだといい聞かせて、私は彼に頭を下げた。
「そのような意図はございませんが、もし殿下にご迷惑をかけているのならば謝罪いたします」
そう言って、頭を下げ続ける。
本来私が謝るようなことではないが、死を回避するためならなんだってやる。
しばらく無言の時間が続いたが、フェリクスがため息をつきながら声をだした。
「頭をあげてくれ。また私を悪者にするつもりか」
悪役令嬢である私が何を行動しても、悪く取られるのだろうか。
だとしたら、私の命はほんとうに細い線でつながっていることになる。選択肢に意味を持たせることで活路を見いだしたが、安心するのはまだ早いということだろうか。
だが、フェリクスはその後続けた。
「・・・・・・この前は、昼食の時間を邪魔してすまなかった」
頭を上げて、フェリクスをみる。
馬車の窓から外を見ていて、横顔しかわからないが今まで私に見せていたような嫌悪の表情はなかった。
彼が手をつかんだことで、サンドイッチが落ちたことを気にしていたのだろうか。
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
会話はそれで終わり、再び無言の時間が流れる。
だが、最初の時のような緊張感はなかった。
そして、気持ちが少し軽くなった。
悪役令嬢でも、ちゃんと人として扱ってはもらえるらしい。