第12話 吉凶を呼ぶ宝石
警戒しながら進んだものの、特に敵意のある幻獣が飛び出してくることはなかった。
道中なにがあったかと言えば、巨大な極楽鳥がヘソ天のまま地べたに寝そべっていたり、一つ目の牛型幻獣であるカトブレパスが「ンモ〜」と鳴きながら目の前を横切った事くらいしかなかった。森は、実に平和だった。
そうして拍子抜けしながらたどり着いた拠点キャンプ。女性陣はやっとかとへたり込む中、男性陣は大いに興奮していた。拠点キャンプはまるで、男心をグッと掴むような秘密基地のようだったからだ。
樹齢千年を超えるであろう大樹の根本。くぼみに隠されるようにしてテントが複数張られている。
それぞれのテントの中はそれなりに広く、全てに絨毯まで敷かれている。これなら女性たちでも安心して休むことができそうだ。
哨戒班たちはおおよそ二日おきに、こういった拠点を中心に哨戒活動を続ける。普段はパトロールをしているが、結界班達の作る結界が破られるとすぐに急行、いち早く闖入者を見つけて統括本部へと情報を送り届ける役目を持っている。
「よく偽装しているものだ。遠目から見れば、ただの腐葉土の山に見える」
「いやー思ったより広くて助かったわ。これならずっと居ても大丈夫ね。けっこう快適よ?」
ノーラが嬉しそうに絨毯に寝転ぶ。奥ではブーツを脱いで足を放り出しているオリヴィアがふくろはぎを揉んでいた。どうやらあまりフィールドワークは慣れていないようだ。
「おうい死神。どうやらここの周りは大丈夫そうだぞ」
周囲を見回っていたプラッツ隊長達が戻ってきた。背後には何かキツネなのか犬なのか、耳の長い青い動物たちがついてきていた。
「悪性幻獣はいなかったのか?」
「ああ。気のせいで済んでくれるならいいんだがな、一応用心だけはしておくぜ」
「了解した。ところでプラッツ隊長。その背後のは?」
「あー、カーバンクルだな。こいつら人懐っこいんだ。俺らみてえな獣の血が染み付いているやつでも、警戒せずに近づいてくるんだ」
そう言うと強面の狩人たちは、ポケットに忍ばせていたビスケットを放り投げる。するとカーバンクルとたちは器用に手でキャッチして、もくもくと自分の口へと運んでいった。
「彼らも幻獣なのか?」
「そうだ。俗に『吉凶を呼ぶ宝石』ともいわれてる。ほらこいつらの額の間に赤い宝石があるだろ?」
ダンがゆっくりと近づいてみると、カーバンクル達は逃げる素振りも見せず、珍しいものを見るように首を傾げていた。その額の間には確かに、ガーネットのような赤い宝石。覗き込んでみると、何やら水の波動のようなうねりが見て取れた。
「綺麗だな」
「そーよ。だからいろんな所で乱獲されたの」
ノーラがやってきてカーバンクルたちを撫でる。蒼い毛を撫でるごとに魔力の燐光がほんのりと立ち昇った。
「カーバンクルは何にも平等と言われているの。良いことも悪いことも等しく連れてくると言われてる。だから昔はこの子達の宝石を使って占いをしていたそうよ」
「その末は押して図るべし、ということか。占いが天気予報くらいになった時、彼らは神聖な動物から貴婦人の胸を飾る宝石になったと」
ノーラは少しだけ、表情に陰りをみせた。ダンの推測は大方当たっているのだろう。
「この森は何もアースドラゴンみたいな大型獣だけじゃないの。この子達のような無垢な命の最後の楽園」
「最後の楽園、か」
「同時に、金の山みたいなものなの。ここの森を開拓しきって売り飛ばせば、マグメイル全国民は五年くらい遊んで暮らせるらしいわ」
「それはまたすごい話だ」
「それをさせないように法律まで変えたの誰か知ってる? ダンご贔屓の大隊長よ」
「なんでぇ死神。あのいけすかねえ野郎のことが気に入ってるのか」
「まあな」
「アインツ公爵も言ってたじゃねえか。あの武官崩れに気をつけろって。それはよ、最近の頻繁な出動が、あいつの手引きによるモンだと言ってるようなもんだ。そうだろう?」
正確にはそう諭させて語尾を濁した、だが。
プラッツ隊長の言い分はよくわかる。人は「誰にも秘密だ」と言われたことは、何故か無条件に信じ込んでしまう心理が働いてしまうものなのだから。
もしアインツ公爵がそれを狙ってやったのならば、既にダンたちは罠にどっぷり浸かっている事になる。
そうやって言葉に惑わされず、冷静に物事を俯瞰できるのはひとえにダンの――いや、狙撃手の強みであることは言うまでもない。
「それは流石に早計だと思うぞプラッツ隊長。まあ、気持ちはわからんでもない。大隊長の言葉は鼻につくが、言っていることに間違いはない」
「マジかよ。おめえドMの気質があるんじゃないか?」
馬鹿を言うなとダンは手を振る。
「前の上司と似ていたから、慣れているってだけさ」
「ダン、もしかしてその上司ってのは、少尉って人の事を言ってるの?」
「そうだな。ただ大隊長は己を律しすぎている。何か理由でもあるのか?」
ノーラの複雑な感情を読み取ったのか、カーバンクルが少し嫌がって身をよじる。そして「キュー!」と可愛らしい声を上げると、ノーラを通り越してダンの背後に周り、その尻尾を伝って肩に乗った。
「あら、ダンの方が気に入ったのかしら」
「なんだァ死神。女にだけじゃなくて動物にもモテるのか」
「……君たち、私は人殺しだぞ。君らのような無垢な生き物が近づいたら穢れてしまう」
優しくそう語りかけるのだが、カーバンクル達はつぶらな目でダンを見つめ、首をかしげるばかりで一向に離れる様子はない。
「キュー!」
「キュキュ―?」
「キュー!」
「ダメみたいね」
「……仕方ない。この子たちが飽きるまで付き合うとするか」
そうしてしばらくは、カーバンクル達の相手をして、いつの間にか日が暮れた。
初日はそれこそ皆でキャンプに来たかのようだった。焚き火を囲んで談笑して、「意外とこれ、いいかも」と皆一様にリラックスモードだった。
そうして一夜明けて早朝。
事件は起こった。
突然、爆音が森に響いた。木々は震え、鳥たちは一斉に飛び立ち、そこかしこで獣が逃げ回る音がする。
飛び起きたダンが銃を掴み、周囲を警戒する。
「何だ? 何の音だ?」
「死神さんはここで。今ボクが見てくる」
いつの間にか起きていたクルツが、目にも留まらぬ速さで木々を疾走してゆく。
「なぁにぃ朝からぁ」
テントからもそり、と出てきたのはノーラだった。
「ノーラ起きろ。顔を洗うんだ。仕事かもしれない」
「さっきの音のことぉ? ドラゴン種が木にぶつかったんじゃないのぉ? ここのドラゴンたち、みんなのんびりしてるから……ふわぁ……」
だといいが。
ダンは何故か胸騒ぎがする。
暫くしてクルツが戻ってきた。様子が変だ。頭巾の奥から、焦ったような表情が浮かんでいる。
「クルツ、どうした?」
「皆起きて。仕事だよ。血痕だ。何かが争った跡を見つけた」




