第13話 謎の幻獣
クルツに案内されたのは少し南に下った場所だった。大昔に折れた巨木が横倒しになっていて、側に小川が流れていた。
「ここだね」
クルツが小川に近寄って指をさす。血痕だ。プラッツ隊長がそれを指で触り、目を細めて辺りを見回した。
「血がまだ新しいな。体長は三メイルから四メイル届かないってところか」
「そんなことまでわかるのか?」
「ああ、足跡がな。ほれ、こうしてみると見えないか?」
そう言われて身をかがめるダン。目を凝らすと、腐葉土などの不自然な凹み方が見えてきた。確かに歩幅から言って、プラッツ隊長の見立ての通りなのだろう。
「右脇腹か、もう少し上をやられてるのか。左の方に体重をかけているな」
「この下を引きずったような跡は尻尾か?」
ダンがそう言うと、プラッツ隊長は「なかなかセンスがあるな」と頷いた。
「獲物はだいたい見当がついた。が、このサイズの有害幻獣はなかなかに厄介だぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ有害幻獣だって決まったわけじゃあないでしょう!?」
オリヴィアの言うことはもっともだが、ことこういう事態についてはプラッツ隊長の方が経験豊富だ。首を振ったプラッツ隊長の顔はプロのそれだった。
「そう願いてえが、経験上こいつはマンティコア、あるいはそれに近い連中だ」
マンティコアは胴はライオン、尻尾はサソリのような毒針を持ち、狒々とも人間とも見える赤い顔を持つ化物。ダンの祖母の国、日本で言うならばヌエと呼ばれた妖怪に近いタイプの幻獣だ。大抵の伝承は人に友好的ではない。この世界でもまた、そうなのだろう。
「そのサイズなら、人語の理解できるグリフォンの可能性だってある。そうでしょ? 傷ついていたなら私の出番よ」
「無くもねえ。足跡も正直、今までみたどのマンティコアとも違う」
「なら!」
「憶測で断定はしない。見ないとわからねえ。ここに希望的観測は入れないようにしてる。俺らは俺らなりに有害幻獣相手というスタンスで動く。それについてとやかく言うなよ?」
「なら私は護るべき幻獣っていうスタンスを崩さずに仕事をまっとうするわ。見ないとなんにも言えないんだから。そうでしょ?」
「ケッ! 勝手にしな!」
だが言葉に反して、プラッツ隊長は冷静だった。痕跡を見逃さず、それを統合的に推測して獲物を追おうとしている。
「ところでプラッツ隊長。この正体不明Aは何をしていたんだ?」
「追われて、隠れて、水を飲んでいた――だな。んで何かに見つかって、暴れた。魔法弾の跡もある」
プラッツ隊長の指差した先。草むらの先に、土のえぐれた大きな穴が二、三とある。周囲の草木も魔力の燐光をあげていた。
「この威力の魔法はやべえな。命のやり取りになるかもしれねえ」
「正体不明に追われる正体不明獣か。三つ巴にならないことを祈るしかないか」
ダンが首を振ると、プラッツ隊長は自慢の杭打機を構えはじめる。
「何にせよ追跡だ。死神よ、俺達の仕事ぶり見せてやるぜ」
「お手並み拝見といこうか。正直に言えば、貴方達の追跡術はとても興味深い。是非とも勉強させてもらおう
喜々としてプラッツ隊長達の背後につくダン。どこからともなくメモとペンをどこから取り出すと、まるで社会科見学に来た学生のように目を輝かせていた。
そんな彼にこっ恥ずかしくなったのか、プラッツ隊長は「物好きなヤローだ!」と僅かに顔を赤らめ、部下と防陣を組みながら先に進んでいった。
「なーによダン。あなた害獣駆除班にでも転職する気なの?」
「今のうちにプロの技を盗んでおきたいだけさ。クルツは盗もうとする前に消えてしまうからな」
「おまんま食いっぱぐれるの嫌だしね。ニヒヒ」
「仕事熱心ね……少しくらい、その興味をこっちに回してくれたらいいのに」
「? ノーラ? 今、何か言ったか?」
「知らない!」
ノーラが口を尖らせてついてゆく。オリヴィアもまた、ダンと隙あらばくっつこうかと思っていたのだが、噂違わぬ真面目さに少し呆れているようだった。
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そこからはとても慎重な進軍だったと言える。プラッツ隊長は普段大雑把に見えて、いざ狩猟道具を手に取ると別人のようだった。
「ふん、ふん、なるほど……」
背後にいる可憐な華二人そっちのけで害獣駆除班の技をメモに書き残してゆく。
歩法や視点のつけかた、葉の避け方や三次元的なルート確保の方法。注意するべき場所への気の配り方に至るまで。それは、いつも一緒にいるノーラですら少し引くほどのものだった。
「ダン、楽しい?」
「ああ、うん。とても勉強になる。ふん、ふん、ふん……」
「もう!」
「あれれー、エール嬢ヤキモチ焼いてんの?」
オリヴィアがニマニマとしながらノーラの顔をのぞいている。
「ちがわい! もー……ま、そういうとこもいいんだけどね」
「いきなりノロケかよ。ところでダンさんって何者なの? あんな人、アンタの家にいなかったじゃない」
ダンはその言葉に耳ざとく、しかしノートを取るのを続けていた。
「……スカウトしたのよ。行き先がない狙撃手っていうから。ちょうどいいって」
「だからって密猟者狩り本当にやるんだ……アンタさ、あのことまだ引きずってんの?」
「悪い?」
「別に」
「……淑女お二人さん。そろそろ静かにして。真面目にヤバい相手かも」
頭上から声がする。クルツだ。
若干叱っているような口調に、ノーラとオリヴィアがすぐ自分の手で口元を塞ぐ。ダンがゆっくり顔をあげると、苔むした大樹の枝にクルツが立っていた。
「おう坊主。近いか?」
プラッツ隊長がそう言うと、クルツは「しっ! 声小さくして!」と人差し指を口元に立てていた。
「いる、近いよ。そこから四〇〇メイル先。大きな岩のくぼみにいる。正体はわからない。けど、これ以上近づいたら命が危ない気がする」
「懸命な判断だ。下がってな」
不意に。ぞわりと。
ダンは首元に寒気を感じた。
何か嫌な予感がする時、決まっていつもこうだと思い出す。
「そろそろ見えてくる。皆気合を入れろ。死神たちは離れて見てろ」
やがて到着した開けた場所。サッカーコートの半分ほどはあるそこには、たしかにクルツの言っていた大岩があり、その影に大きな四足の獣が身を伏せていた。
ダンとノーラ、そしてオリヴィアは近場の大樹の影に隠れながらプラッツ隊長たちを見守る。彼は部下と共に散開して三方向からゆっくりと、刺激をしないように正体不明の獣に近いていた。
やがて獣はプラッツ隊長たちに気づいたのか、ゆっくりと起き上がり、そして体を低くして身構える。
だが。
次の瞬間。
隠れていたダンもノーラもオリヴィアも、そしてプラッツ隊長もその部下たちも。そしていつの間にか岩の背後の木々に回り込み、隙を伺っていたクルツも。皆一様にして度肝を抜かれてしまう。
「いや、来ないで! お願い来ないで!」
四足獣の発したそれは、獣の唸り声でも何でもなく。
ましてやドラゴン族のように思念を魔力に載せて言語化したものではなく。
どう聞いても、人間の少女の声だったからだ。




