チキンと三〇〇人と。
日間総合ランキング入りの記念更新です。
風が、凪ぐ。
たったそれだけなのに、言い様のしれない緊張感が全身を痺れさせていた。ああ、怖い。
魔物と対峙した時はそうでもなかったのに。
けど今更ビビるのはナシだぞ、俺。
自分で自分を鼓舞して、俺はじっと立つ。
さっきから相手はギラリと緑色の目で睨んできていて、もう本気でチビりそう。
でも違和感もあった。なんでこいつ、こんなに焦ってるんだ?
なんとなく予想はついてるけど、かなり的中してるかもな。
「テメェ……!」
「なんだ、ずいぶんと追い詰められてるな?」
俺はカマカケで言ってやると、相手はもう見るからに動揺した。分かりやす過ぎるだろ。
呆れて肩を落としてしまう。
これもう確定だな。
「うるせぇ! 俺には時間がねぇんだよ……っ!」
予想通りのセリフを、相手は吠える。
「なーんで強そうなあんたが、そこまで追い詰められてるのか、大体は察してるんだよね。正解率は七〇%超えそうってトコなんだけど、試してみない?」
にへらにへらしながら言うと、相手がまた怯んだ。
しゃべるなら、今だよな。
俺は大きく息を吸ってから口を開いた。
「まずあんたは、この丘の向こうにある魔族の村の出身なんだろうけど、今はもうそこにはいない。何かしでかして追い出されたってトコじゃね?」
「……!」
「ソースは、村を襲っていたのが、ずっとミノタウラだったからだ。もし、本当に村全体でこっちを狙ってるんだったら、もっと数揃えて、いろんな種族で攻めてくるだろ。そうじゃないってことは、あんた単独で動いてるって証拠だ」
B級もいいとこの悪役まみれな村だったら違うかもしれないけど、でもフツーに考えて非生産的すぎるしな。
反論がないので、おそらく正解だ。
「そのミノタウラも毎回一〇匹くらい。手下を持ってたんなら、これまた一気に数を揃えて攻め落としてくるはずなんだけど、そうじゃなかった。ってことは、一度の動員できる数の限界がそうだからと思ってさ。ってことは……」
俺は、消えかけの魔法陣を指さす。
「召喚か何かしてるんじゃねぇかなって」
それはここが魔法のある世界だからピンときたことだ。
運が良いのか悪いのか、そのミノタウラはフェリスの村にとって脅威で、その対処でいっぱいいっぱいになってしまうくらいだった。だから、こういうことを考える余裕がなかったんだ。
ちょっと考えたら気付けることなんだけど。
「で、召喚して攻め落としたら、安全に自分が入る、と。だったら、何かあったらすぐ逃げられるくらいの距離から見るんじゃないかなーって。いつも村を襲う方角が同じだから、ここがそうかなって思って。ちょうど、木とかに登れば、村を見下ろせる位置だ」
もちろんこれも俺が検証済みである。
「……そこまで見破っておきながら、なんで俺が召喚するまで待ってたんだ?」
「あーそれ?」
俺は苦笑を浮かべる。
こっちはなんとも情けない理由だ。
「簡単だよ。なるべくバラけてもらって、各個撃破って形をとる方が安全マージン高いから。なんだよね」
何せ。
「――『俺』たちは三〇〇人もいるからな」
言い放ったと同時に、各所で牛のあげる悲鳴が轟いた。
感覚共有と、一気に入ってきた膨大な経験値が、ミノタウラを仕留めた事実を教えてくれる。しかも一〇匹、全部だ。
一斉に襲えって言ったけど、本当に一斉だったな。
召喚魔法とか、そういうの全然分からないけど、きっと向こうにも伝わったんだと思う。相手はあからさまに強い動揺を示した。
「な、なっ……!?」
畳みかけるなら、今だ。
俺が合図を送ると、周囲から『俺』たちが出てくる。わらわらと、一〇人くらい。
それが圧倒的過ぎたのか、相手はあっさりと尻餅をついた。
いや、っていうかそれにしても情けなくないか!?
俺のあの覚悟とはいったい。っていうか、こんな情けないのに、よくもまぁあそこまで村にヒドいことできたもんだ。
「な、ななななな、なんでぇええっ!? 同じ顔が、いっぱい!?」
「『『いやなんでもう泣きそうなんだよ。ちょっと軽く傷つくぞそれ』』」
俺と『俺』たちが一斉にツッコミを入れると、相手は尻餅をついたまま、ばたばたと手足を動かして後退していく。
ちょっとコミカル。
っていうか、これってアレじゃないんですかね。
「ひゃあああああっ!? ば、ばけものーっ!」
ほとんど泣きながら相手は叫ぶ。
「ええ……いやまぁ、確かにびっくりしますけど……」
これにはフェリスも違和感を覚えたらしく、顔を引きつらせていた。
俺も違和感ありまくりだけど、ありうる話ではあるよなぁとも思っていた。
このパターンで召喚魔法をけしかけてくるヤツって、極端なんだよな。
めっちゃ強いヤツかチキンか。
今回はめっちゃチキンだったようだ。
俺としてはやりやすいんだけど。ここらで一気にやってしまいますかね。
「まぁとりあえずさ」
ぞろぞろ、ぞろぞろと、『俺』たちがやってくる。
その威圧感たるや凄まじいらしく、あっという間にそいつは両手をあげた。
「降参ってことで、いいんだよな?」
こうして、あっさりと戦いは終わりを告げた。
でも、これでおしまいってワケじゃあないんだよな。むしろこれからの方が長い。
だって、こんなチキンな奴が、単独で村を攻め落とそうとするはずがないだろ? いるんだよ。黒幕ってやつが。
▲▽▲▽
「……──人間族の仕業?」
ミノタウラたちによる修復作業の始まった村長の家の中で、村長は怪訝になった。
それは、俺とフェリスがくすぐり地獄によって聞き出した情報の報告を受けたからだ。
ちなみに召喚師――チョビ(いやほんとこれ、見た目はどう見ても一〇〇人くらい殺ってるだろって鬼なのに、名前がそれとか。いや、名前負けしてないんだけど)は、ぐったりしてそこらへんに転がっている。
逃げられたら困るので、簀巻きにしておいた。
ヒドい扱いかもだけど、やったことがやったことだしな。
実際、村に連れ帰った時は処刑コールがおこった。で、俺が待ったをかけた形だ。
「どうしてまた」
「そこまではこいつ……チョビも聞いてないみたいですけど、おそらくここの土地が必要になったんじゃないですかね」
推測だけど、当たってると思う。
だって、村は壊滅させてもいいって感じの攻撃方法だったし。差別対象である亜人族っていうのもあるんだろうけど。
「そんな……飢饉なんて起こってないのに」
「うむ……慎重に調べないといけないかもしれんな」
「ですね。だから、そこを解決しないと、また狙われると思います」
根本を解決させないと、結局無駄だからな。
ちなみに乗り掛かった舟ってやつで、俺はそこまで解決させるつもりではある。
できるかどうかわかんないけど。
いやだって。
相手がめっちゃ賢い策士とかだったら、太刀打ちできないぞ、俺。そこまで賢くないし。
「だろうな……しかし、そうなるとどうしたものか……」
村長の声が沈んだ。
どうして、って訊ねる前に、フェリスを見ると、フェリスも同じ感じだった。
「もともと、ここは人間族から借り受けた土地ですからね……表だって抗議したら、土地を返せっていわれるひゃみょっ……ったぁ……」
久々に噛んだな。
ちょっぴり涙目になってるフェリスの頭を撫でながら、事情を察する。
つまり種族を抜きにしても立場的に弱いんだ。
と、新しい疑問だ。
だったら、堂々と土地を返せって言ってこればいい。それをしないってことは、そっちはそっちでまた問題が起きてるってことか?
もしくは…………か。
「とにかく調査が必要ですね。明日朝にでも人里の方へいこうと思います」
「勇者様? まことですか?」
俺の発言が意外だったのか、村長は目をまるまるとさせていた。
「はい。うまくいけば、ですけど、なんとかなるかもしれません」
本当はもっとしっかり言えれば良かったのだが、こればっかりは保障ないし。
俺、できないことは言わない主義だ。
「人里へは、ここから半日はかかります。案内役も必要です」
「それだったら、コイツをつれていけばいいので大丈夫と思います」
村長の言葉に、俺はチョビへ目線を送った。
「なるほど……それならば、今晩はここに留まられるのですね」
「ええ。そこが大きい問題でして」
俺は気まずそうに言う。フェリスも気付いたか、「あ。」と唸った。
そう。
俺たちは三〇〇人もいるのである。
寝床の確保は、食事の確保と同様にすごく難しい問題だった。
「どういうことですかな? あなた様を一人泊めるくらいは、問題ないですぞ」
村長は疑問を素直に口にする。
こういうのは分かりやすく説明するのが一番だよな。俺は苦笑いしつつ、手を三回たたいた。すると、扉の奥から『俺』たちが姿を見せる。
「……………………は?」
村長は目を点にさせながら、ただそう言った。
説明するより、やっぱ実際見せる方が早い。うん。
けどなんだか申し訳ない。俺は更に衝撃的なことを伝えないといけないのだ。
「実はですね、その。俺、三〇〇人いるんです」
なるべく軽く伝わるように言ったのだが。
「……………………………………………………はい?」
村長は、首を傾げた。
ゆるーく、面白くやっていこうと思います。
次回の更新は明日です。