加速と村を守ること
ずらっと並んだのは、幾つかの種類の骨付き肉焼きとわらびもちと、野菜炒め、お握り。
俺たちはそれらをあっさりと平らげた。草原に出てくる魔物はかなり種類が少ないので、バリーションはこんなものだ。
でも、腹はいっぱいになった。
しかも美味しい。肉なんて、塩とか醤油だけで味付けした感じなのに、マジで美味い。しかも倒した魔物の種類によって部位とかが変わってくるから飽きないんだよ。
まさか異世界にきて、ちょっとした肉パーティを開けるとは思っていなかった。
ちなみに魔物をまたいっぱい狩ったので、俺はレベルが三十八にまで上昇した。
そのおかげで、またスキルを幾つか手に入れた。
《強酸性粘液B》だ。
強力なスライムであれば、必ず使ってくる技の一つだ。
ランクとしてはBなのでそこまで高くない(ランクはSSSからDまである)が、これも鍛えていけば強くなるようだ。
これでも粘液を浴びせればキツい火傷を負わせられるので、強いんだけどな。
さらにもう一つ。
《隠密B》だ。
これは読んで字のごとく、自分の気配を殺すこと。これがあるとないのとでは全然違うので、かなり重宝する。とはいえ、こちらもランクBなので、絶対的な頼りにはならないが。
「本当はこのまま眠りにつきたいトコだけど……」
『そうはいかないよな』
俺の願望に、『俺』たちも気分的には同意しつつも否定した。
太陽はすでに傾きはじめていて、フェリスの里まで急いで移動しなければならない。
歩くと一時間くらいかかるというので急ぐ必要があった。
そこで。
検証班が提案した走り方を実行したのだが。
「きゃー、きゃーっ、はっやーいっ!」
肩車をしたフェリスが、両手を広げながらテンションを上げていた。
そりゃそうだ。
今、俺は原チャ並みの速度で走っている、というか、飛び跳ねている。時速にして三〇から四〇キロくらいだ。
どうやってこの速度を出しているかと言うと。
下半身を形状変化させて半透明のゼリー状にしつつも、無数の小さい足を生み出し、一斉に蹴ることで超加速しながら走っているのである。
まさかここまで速くなるとは思わなかったけど。
これもレベルアップした恩恵なのだろう。恐ろしく筋力が上昇していた。
ちなみにフェリスのレベルは九だ。
「すっごい、さすがゆうしゃさま!」
「あはは、俺、勇者じゃないけどな」
「あっ、ごめんなさい……」
しゅん、とフェリスがしおらしくなる。
悪いなとは思ったけど、事実は事実として教えておかないと。
俺は間違えて召喚されたニセモノだ。正しいと思う。そんな品行方正ってわけでもないし、器でもない。
今回のことだって、ただ、フェリスのことを放置しておけないってだけだし、俺たちだけじゃあこの世界でどうしていけばいいか分からなかったからだし。
打算なんだ。要するに。だから俺はニセモノ。それでいい。
この一件が終わったら、もっと世界に関して詳しいことを聞いて、どうしていくか考えないとな。まぁ願わくば、今までガッチガチのブラック勤めだった分、気ままに生きていきたいんだけどな。
「謝らなくていいけど。できれば、俺のことはカナタってよんでほしいな。名前なんだ」
「カナタさま……いい名前です!」
「ありがとな。あと、あんまはしゃいで落ちるなよっと」
注意しつつ、俺は方角を確かめる。
視界の先には結構な角度の丘が見えている。その奥は深そうな森だ。
そこの境界線の一角が、フェリスたちの集落らしい。
確かに良く目を凝らすと段々畑っぽいのがあるし、小さいけど里っぽいのがある。
「あそこか、フェリス」
「はいっ!」
「おっけー。まだ時間はあるな。みんな、やることは分かってるかな?」
俺が提案すると、みんなが頷く。
『まずはマッピングだね』
『それと、可能なら敵情調査。日没が来たら襲いにくるってことは、もう近くにきててもおかしくないんじゃないかな。《隠密B》でいけるとこまでいくよ』
『となると、もっかい班分けが必要かな』
『というか、順番じゃない?』
口々に『俺』たちが相談していく。うん、これでいい。
この辺りの地形は、高低差もあるし森もあるし、割と複雑だ。つまり、土地鑑は非常に重要な要素になってくる。
相手――魔族を退けるためには。
そのためには、人海戦術でもなんでもして、マッピングが必要だった。
とはいえ、ステータスウィンドウにマップ機能はないので、感覚共有をして土地を覚えていくという感じになるが。
「忘れちゃいけないけど、村にいくのも大事なことだからな」
『その通りなんだよな』
「そうですね、村に助っ人が来たってちゃんと言わなきゃ……」
「となると、説得力も必要だな。俺一人じゃあ、説得力に欠けるし、勇者だっていうわけじゃないし」
「そ、そんなこと……」
『一般的に見れば、俺って単なるちょっと身体が緩くなってきた線の細いくたびれた人間だよ? 戦力としての説得力に欠けるね』
フェリスは否定しようとしてくれたが、『俺』たちの一人がしれっと理由を説明してくれた。
あれ、どうしてだろう、割りと悲しい。
「あくまで保険だけどな。信用してくれるならそれが一番だ。そうだな、五人くらいついてきてくれるか? それで能力の説明もつく」
『分かった』
役割を走りながら決めて、さっと分散していく。
もし地図があるなら借りたいところだが、フェリスが口を挟まないところを見ると、ないんだろう。歩いて感覚で覚えてるってヤツだ。
「よし、じゃあ俺たちは村を目指そう。最短距離を突っ切るぞ!」
俺は一気に加速してそう告げた。
▲▽▲▽
辿り着いた村は、ひどい状態だった。
位置的に、斜面の多い丘の、森の隣に作られた場所にあるのだが……。
もともと森に住む野生動物や魔物の侵入を防ぐためだろう、村を囲む柵はボロボロになっているし、家だって焼け落ちていたり、崩れていたりする。
これは確かに、次の襲撃は持たないだろうと思わされた。
っていうか、痛ましい。
俺は顔を歪めながら周囲を見渡す。
フェリスも同じ気分なのか、ちょっと顔を俯かせて、それでも顔を上げた。
「こっちです、カナタさま」
思いっきり大股で歩きながら、フェリスはぼろぼろになった道を歩んでいく。
ついていくと、すっかり半壊したけれど、まだ大きい家に辿り着いた。雰囲気からして村長の家なんだろう。
「村長さま。帰りました」
予想通り、フェリスは玄関口で声を張り上げた。
「おお、フェリスか……おいで……」
奥からやってきたのは、なんとも弱々しい声。フェリスの顔も暗くなる。
フェリスが足早になる。向かったのは、家でもやや奥の方。寝室だろうか。
俺はアイコンタクトで、ついてきた五人に待機してもらう。もし勇者だと信じてもらえなかったら、出てきてもらう手筈だ。
よし、いくか。
って、うっ…………。
壊れたドアをくぐって、俺は口をおさえそうになった。表情を隠し切れたか分からない。
大きいベッドに寝ているのは、熊耳の老人。
その状態が、あまりにもひどい。
尋常ではない拷問を受けたかのようだ。
俺は思わず固まってしまったが、フェリスは気にするようすもなく、片方だけになってしまって、さらに指も何本か失われてしまった手を握った。
「腕利きの治癒師が来てくれれば、もっとちゃんとした状態にできるのですけど……」
「なんでこんな……」
「魔族が来るたびに村長は前に出ましたから。どんなに傷ついても」
「……はは。それしか……能がないからね……ところで、そこの御仁は?」
寝たきりのまま、村長は質問してくる。
すっと、強い光の宿った目が、俺を見据えた。
うわ、強い。
俺は身体の芯まで見据えられたようで、ちょっと焦った。
こういう瞳を持ってる人は、こころが強い人だ。たった三〇年の人生だけど、それくらいは知っているし、惨状が物語っている。
この人は、こんな状態になるまで、戦ってきたんだ。守って、きたんだ。
ああ。この人を、この人が護ってきたものを、守らなきゃ。安心、させてあげなきゃ。
「はい、あの……」
「俺の名前は、飛野カナタです。フェリスによって異世界から召喚された、勇者です。この村を、助けに参りました」
一瞬言い淀んだのを逃さず、俺はすかさずフォローに入る。
我ながらクサイ台詞だと思う。でも、どうしてか、そう言わなきゃいけなかった気がしたんだ。
フェリスが驚いたように俺に目線を送ってくる。俺はそんなフェリスに頷いた。
「勇者様……! まさか、本当に……! フェリス……お前さん、本当にやったのか……! 召喚に成功したのか!」
強く肯定すると、村長は泣きそうな顔になりながら、フェリスを見た。
「村長さま……。ゆうしゃさまが、助けにきてくれました」
「そうか……そうか……! これで、この村も……!」
きっと村長は、これで人間側からの庇護が受けられると思っている。
でもそれは、間違いだ。
本当は俺なんて望まれた勇者じゃないし、召喚には成功しているようで失敗しているし、魔族の脅威をなんとかできる保証もない。
でも、言ったからにはやらないとな。セーギの味方なんて、柄じゃないけど。
でも、見てしまったから。
俺は逃げ道を自分から閉じることにした。
じゃないと、逃げてしまいそうになるからな。
「村長はゆっくり休んでいてください。俺が、なんとかしますから」
「勇者様……こんな見知らぬ世界で、見も知らぬ我々のために……ああ、よろしく頼みます。動けない肉体が、こんなに憎らしいとは」
「いや、本当に大丈夫ですから。任せてください」
俺は両手を振りながら言いつつ、苦笑する。
さーて、やること、やりましょうかね。
次回の更新は深夜です。
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