正体と推察と救助と
宿屋につくと、営業中の看板が立っていなかった。
時間にしてもう夕方。宿屋がオープンしていてもなんら不思議はない――というか、いつもならもうオープンしている時間だ。
あれ、一体何があったんだろう。
俺はそっと窓から店内を覗き見する。
特に変わった様子はない。テーブルも綺麗に整えられているし、キッチンからは湯気らしきものもある。けど、おかしい。人の気配らしいものがしない。
そっと耳を立ててみるが、やはり足音とか、いつもなら聴こえてくるおばちゃんの軽快な鼻歌とかもない。
明らかに異常だ。
俺はそっとフェリスとチョビを見る。
二人も心配そうだった。
これは調べる必要があるな。俺は即座に判断すると、腕を形状変化させ、窓の僅かな隙間から入り込む。
ここ一ヶ月、俺はさらに身体を馴染ませていて、こんな芸当も簡単にできるようになった。訓練とはすばらしい。
十秒とかからずに俺は中へ入り込む。
さっと形状変化で元の姿に戻り、俺は周囲を《索敵》スキルで観察する。
見つかったのは、おばちゃんの気配一つ。
問題は、その気配が弱々しいことだ。
「……おばちゃん?」
そっと声をかけるが、返事はない。
おかしい。
俺は不安に付きまとわれながら、厨房に顔を覗かせる。
そこにいたのは、というか、倒れていたのは、おばちゃんだった。
「――おばちゃんっ!?」
俺は慌てて厨房のカウンターを飛び越え、おばちゃんに駆け寄る。
息は、浅くて早いけどしてる。かなりしんどそうだ。俺は即座に《鑑定》スキルをうつ。
すると状態異常が出現した。
「《強毒》!?」
俺は思わず声をあげた。
すぐにルームキーを使い、『俺』たちに出てきてもらう。すでに承知している一人が入り口のカギをあけに走っていく。
状態異常である毒には、幾つかの種類がある。《微毒》と《毒》に《強毒》、そして《猛毒》と《劇毒》だ。
この《強毒》は、放置しておくと死に至る可能性さえある状態で、簡単な解毒魔法では治療できない。
「カナタさま!」
「兄貴!」
「《強毒》状態だ。すぐになんとかしないと」
事態を察して駆けつけてきた二人も顔色を変える。
一瞬泣きそうになったフェリスは、きゅっと唇を噛みしめておばちゃんに寄り添う。魔力を高め、全身を発光させるくらい集中する。
「《状態異常停止》《浄化付与》《体力活性》《毒素停止》」
複数の魔法を同時に展開し、まずはおばちゃんの状態を確保したんだってのを、俺は理解した。フェリスは非常に丁寧な魔法を使う。
解毒には、本人の体力を消費する。
フェリスはその消費を抑えるための魔法を発動させたのだ。
それだけでなく、解毒をやりやすいように下準備まで整える。フェリスは間違いなく、補助魔法において達人といえた。
「《調査》《毒解読》」
そこに、チョビが魔法をかける。
「中枢神経に作用する神経毒だ。それと強い催眠作用と幻覚作用がある。その副作用で、発汗と発熱があるみたいだな」
「なんとかなるか?」
「ああ。任せろ。《毒浄化》《神経解毒》、《催眠無効》、《幻覚無効》」
チョビは次々と魔法を唱え、あっという間におばちゃんから毒を消していく。
おばちゃんの表情が和らいでいく。
「《治癒》」
その上で、チョビは体力回復の魔法をかけた。発見までにスタミナを消費していたのだ。
「ふう、これで大丈夫だな」
一安心だ。
安堵の息をはいて、俺たちはおばちゃんを椅子に座らせる。呼吸は落ち着いているので、しばらくすれば目が覚めるだろう。
「それにしても、なんでいきなりこんな毒状態に……」
「まるで蛇みたいな毒だったけど」
まさか、蛇を食べたとか? いやいやまさか。おばちゃんは食べ物への注意深さはかなりのものだ。まして毒蛇なんて口にもするまい。
脳裏に浮かんだ可能性を消し去る。
だとしたら、どうやって毒を盛られたのか。
俺は注意深く周囲を見渡す。
毒らしいものはない。
食材も綺麗に仕込まれている最中だ。特段問題は見当たらない。だとすれば、吹き矢とかか? いや、おばちゃんはしっかり戸締まりをしている。ありえない。
「カナタさま、あまり考えすぎはよくないですよ。おばちゃんが目をさましてから事情をききまじょっ」
「あーはいはい、長い言葉しゃべるから」
思いっきり噛んで涙目になるフェリスを撫でると、チョビが水を持ってきてくれた。ああ、そうえいば喉がかわいてるな。
おばちゃんには悪いが、いただくとしよう。
俺はコップを受け取り、フェリスにまず渡してから自分の分も受けとる。
ごくっと──《強毒を感知しました》──は?
かっと全身が熱くなる。
混乱と幻覚がやってきて、すぐに消滅する。俺は毒耐性がある。きっちりと無効化してくれたようだ。
っていうか、毒の正体って、水!? ──やばい!
「フェリス! チョビ!」
「はらはらふにゃぷう」
「おごろごろごふぷう」
ふにゃふにゃと二人が座り込む。
毒をもらったか!
「おい、しっかりしろ!」
倒れこんだ二人を支えつつ、俺は声をかける。だが、返事もあいまいだった。
おいおい、毒が回るの早すぎないか!?
俺は慌てて解毒薬を持ち出して飲ませる。だが、効果はない。なんでだ!?
「どうしてか分からないけどね……解毒薬は、無効化されちゃうみたいなんだよ」
「おばちゃん!」
もう意識を取り戻したのか。いくら丁寧に解毒と回復魔法をかけたとはいえ、驚きだ。
けど、まだ起き上がるには至らないらしく、おばちゃんは椅子にもたれかかったまま話す。
「あたしもすぐに《解毒》をかけて解毒薬を飲んだんだけどね……」
「効かなかった、と」
「そうだよ」
……おかしい。そんなのありうるか?
俺は脳内の隅々まで思考を巡らせて、ひとつの可能性に行き至る。
「《呪詛調査》」
俺はスキルを発動させる。
すると、反応がやってきた。
──儀式呪詛魔法《回復系アイテム無効化》を感知しました。町の全域に展開されています。
な、なんじゃそれ!?
そんなのアリかよ! 聞いたことねぇぞ、んなの!
『こんな広範囲で、そのような効果……人間には到底不可能だな』
「フォルト!」
『うむ。散歩から帰ってきたぞ、主。それにしても厄介なものだな。おそらく、神クラスの力をもつものの仕業だ』
「か、神って…………」
声をかすれさせて、俺は気付く。
蛇みたいな毒。神クラスの力。もしかして。
「……──白蛇?」
ぽつりとこぼすと、反応がやってきた。
『可能性はあるな。この町の水源は森を通ってきた川だろう? そこに毒を仕込めば……』
「って、おいおいおい、そうだとしたら、町中が大変なことになってるんじゃ!?」
『そういえば、一気に活気がなくなっている様子だな』
…………やばみマックスでは。
寒気が走る。
放置しておけば、死人がでてもおかしくない! すぐにでもなんとかしないと……!
逸るが、手段がない。
くそ、どうすれば?
焦りばかりが浮かんでくる。俺にはこの毒はもうきかない。だから、俺にうつすことさえできれば……うつす?
あれ? それならできるんじゃねぇか?
俺は早速試すことにした。
腕を形状変化させ、フェリスを包む。ゆっくりと肌から俺の魔力を浸透させ、毒素だけを抽出する。
半分以上賭けだった。
けど、それは成功する。
どろり、と、俺の魔力を循環させられて毒素が俺の腕に吸い出される。
俺の体内にさえ取り込めれば、もうこっちのものだ。俺は体内ですぐに無毒化させた。
「できた……これなら、助けられる」
迷う必要なんて、どこにもなかった。
次回の更新は明日か明後日です。
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