美味しいシチューと事件と
「がぼっ、がぼぼぼっ!?」
俺の腕にのみこまれ、三人衆の一人が泡をこぼしながら何かを訴える。けど何いってるか分からない。
仕方なく、俺は腕を操作して頭だけを出してやった。
「ぷはあっ!?」
「げほ、げほっげほっげほっ!」
「な、なにしやがんだテメェ!」
唾を飛ばしながら文句をいってくる三人衆。
「黙れ。もっかい口塞ぐぞ?」
真顔でいうと、三人衆が顔を青くさせた黙り込んだ。よしよし。でも許さないぞ?
俺はちらりと零れたシチューを指さした。
「俺のご飯。誰のせいだ? あ?」
首をゆっくり傾けながら詰問すると、男どもは震え上がる。
「あ、ああ、あ、あの、その」
「す、すすす、すすすすすす」
「も、ももももも、もももも」
ああもう。
どうして食べ物の恨みは底無しに深いって理解しないのかな? ちょっと手加減できねぇぞっと。
「今すぐ。今すぐここを綺麗にしろ。それと、誰の差し金でここにきた。言え、吐け。ただちに全部吐き出せ。そうじゃないと……」
俺はゆっくりと三人にかける拘束を強くした。もちろん怪我はさせない。片付ける時に支障が出られたら嫌だ。
こいつらにはたぁぁぁっぷり反省してもらう。
これは確定事項だ。
「「「はいっ! 三軒隣の宿屋のクリクリフッルってお店の旦那から依頼されました! ここの看板メニューのキノコを盗めって言われました! 店を荒らしまくれって言われましたっ!! ごめんなさい!」」」
連中はあっさりと吐き出した。
賢い選択である。
「ああ……あの狡いオッサンかい……あんたら、依頼を受けるならもう少しマシな奴から依頼を受けなよ」
おばちゃんはどうやら知っているらしい。
呆れた様子からして、間違いなく嫌われているのだろう。
そのお店へは、然るべき場所からしっかりと咎めてもらおう。俺が直接店へ出向く必要はない。っていうか、そんなの、あのオッサンがやっているのと同じだからだ。
落ちぶれるつもりはない。
あ、でもシチュー食べられないし。やっぱりちょっとくらいはぶっ飛ばそうか。
「とりあえず、役所に突き出さないとね。でも、その前に、ちゃんとこの人がいうように片付けしなよ」
「「「は、ははは、はいっ!」」」
おばちゃんの言葉に、三人衆はこくこくと頷いた。
言質をとって、俺は解放する。すぐに三人衆は片付けを始めた。
けど、それで俺のシチューが返ってくるワケじゃあない。
虚しさと悲しさを抱きつつ、俺は三人衆が片付けていくのを見守った。
その間に、おばちゃんが厨房へ向かう。通報するつもりなのだろう。
「ちょっとちょっと、カナタさん」
はぁ、と大きくため息をついたタイミングで、おばちゃんが俺を手招きする。
なんだろう、と近寄ると、カウンターにことん、と木皿を置いてくれた。
そこに乗っているのは、こんもりとした、シチュー。
え、シチュー?
え、ええ、えええええっ!
手が震える。俺はおそるおそる、その皿に手を伸ばした。
「おかわり食べるかなって、おいてあったんだよ。食べな」
「い、いいのっ!?」
「もちろんだとも。はい、スプーン。アツアツだから気を付けなさいよ」
おばちゃんはウィンクしながらにこっと笑ってくれた。
ああ、神よ。いや女神よ。
俺は再び現れてくれたシチューに感謝しつつ、ゆっくりとスプーンを沈めた。重みのある、とろみの強いスープ。
「いただきますっ」
俺は言うなり口にスプーンを入れる。
口の中を熱さが広がるが、それ以上に旨味が爆発した。
肉が持つ、パンチのあるブイヨンスープと、多種多様な方法で、香ばしさとコクの強い旨味を引き出してブレンドされた、キノコのスープ。そして野菜の深い甘さのスープ。それらが一気に解放されて、口にただひたすら旨味を伝えてくる。
お、おいしい……。
これだけ色んな旨味が炸裂しているのに、全然複雑ではない。
確かに奥行きもあるし、塩気と甘みが絶妙なバランスを取っている中で、旨味がのっかってくる。けど、一つなんだ。
ああ、そうか、牛乳だ。
牛乳のまろやかさと包み込むような味わいが、しっかりとこのスープたちを一つに纏め上げているのだ。ほんの僅かだけ、バターのコクも加わって、まさに渾然一体。
「んんっ」
たまらない。
すうと喉の奥に吸い込まれていって、鼻の奥からキノコのたまらない香りが抜けていく。
ああ、幸せ。
俺はすぐに二口目を食べる。
今度はキノコと肉がたっぷりとのっかっている。
「うっは」
もぐ、とキノコをかみつぶす。
シャキシャキした食感、ぷるぷるした食感、ぐにぐにした食感。
面白い。それに、それぞれ味がキノコの味なんだけど、シチューの中でハッキリと強調されていく。それぞれ、味が違うんだ。
こんなにキノコって味が濃かったのか! と思うくらいだった。
っていうか、肉もヤバい、肉も本当にヤバい。
いったいどうしたらこんなにトロトロ、ホロホロと肉が解けて溶けていくのか。しかも奥から奥から、肉の強い脂がしみだしてきて、スープにパワーを与えていく。
これは飽きない!
っていうか、マジで美味い。こんなシチュー、食べたことないぞ!
想像を絶する美味しさに、俺はスプーンが止まらない。
ああ、この芋もたまらない。里芋みたいな食感だ。くにくに、むちむち。
芋が持つ甘みを全力で引き出してきてくれていて、たまらない。
「ああ、おいしい……」
涙を流したくなるくらいだ。もう感謝しかない。
俺はたっぷりと味わいながら、シチューを堪能した。
「ごちそうさまでした」
「あいよ。ありがとね、そんな美味しそうに食べてくれて」
おばちゃんは少しだけ恥ずかしそうだった。
あれ、俺、そんなに美味しそうに食ってたかな。いやでも美味しかったのは事実だし。
「いえ、本当に美味しかったので」
俺はすっかり空っぽになった皿をおばちゃんに手渡す。
「そう言ってくれたら、作った甲斐があるってもんさね」
「ですねぇ、わたしもいつかお料理して、カナタさまをそんな表情にさせてあげたいです」
嬉しそうに鼻をこするオバチャンの傍らで、フェリスも笑顔だった。
どうも母性本能をくすぐってしまったらしい。
ちょっと恥ずかしさを覚えつつ振り返ると、片付けは終わっていた。三人衆もちょこんと端っこの方で座っていて、チョビが強面を全開にしながら見張っているのもあるんだと思う。
後は役人たちがくるのを待つばかりだろう。
「カナタさんのおかげで自白したからね、あのオッサンも痛い目にあうことだろうともさ。そういう意味でも感謝しないとね。本当は犯人を捕まえてくれた協力金も出さないといけないんだろうけど」
「いえいえ、善意ですから」
「そういってくれると思ったよ。だから、ギルドの方にたっぷりと色をつけておいたよ」
「色?」
「そう。次の依頼がちゃんとくるように、ね」
おばちゃんはそう笑ってくれた。
▲▽▲▽
――おばちゃんのいってくれたのは、本当だった。
あれから一ヶ月。
俺はすっかり町に顔を広めていた。今日も依頼を達成し、報酬を貰う。
これで、こなした依頼は四〇件目だ。
一日で何個かこなした時もあったので、この件数である。冒険者のランクがCってのもあるけど、おばちゃんがしっかりと宣伝してくれたおかげだ。
俺は亜人族であることを隠していないのだが、すっかり顔なじみになっていて、採集系の依頼ならまず俺にくるぐらいにまで信頼を勝ち得ていた。
とはいえ、反感を封じ込めているかというとそうでもない。
筆頭はおそらく、あのクリクリフッルの宿屋の主人だと思う。あの後、役人に取り調べを受けて、色々と不正とか何やらが発覚、宿屋が取り潰しにまでなったのである。
完全に自業自得ではあるのだが。
後は、亜人族だからってだけでバカにしてくる連中だな。そういうのは相手にしてたらキリがないので無視している。何より、そんな連中よりも遥かに多い人たちから、俺たちは認められているのだ。
「さて、今日は久しぶりにシチューでも食べにいくか?」
「あ、いいですね!」
「賛成!」
フェリスとチョビも同意してくれた。
たぶん俺の提案だから否定しないってのもあるけど、おばちゃんのシチューは純粋に美味しいからな。食べにいきたいはずだ。
「じゃあいくか」
俺たちは早速宿屋に向かって――事件に出くわした。
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