襲撃とキノコシチュー
いや、いやいやいやいや。さすがにそれはないだろ、たぶん。だってドラゴンだぜ?
「こっちの世界でも通用するかどうかわからないんだけど、白い蛇って、大抵は神様だったりとか、そういう扱い受けてるんだけど」
『……そういえば、確かに蛇神は白かったな……』
ダメだ。おばかさんだった。
俺は思いっきり肩を落としつつ、盛大に息を吐いた。
「あのなぁ……」
『なるほど。咬まれた時に呪いを受けたのか。それだったら確かに分からんな! まして蛇神となれば呪いと毒のプロ! 毒に呪いが混じっていたのだろう』
「それはなんとかできないのか?」
『体調へ直ちに影響がある系統は即座に解毒するのだがな……およそ複雑なもののようだ。時間がたてば、勝手に解毒されるとは思うが……』
便利何だか不便なんだか、だな。
結局、どうしようもないって結論が出た。っていうか問題は、なんでそんなのに咬まれたのかってとこだよな。
俺はふわふわと浮くフォルトを見る。まさに呑気を地でやってる感じだ。
「一応きくけど、心当たりは?」
『まったくないな! はっはっは!』
「本当だろうな?」
念押しできくが、フォルトは笑い飛ばすばかりだ。
『俺様はこう見えて紳士な方だぞ。ナワバリは奪わないし、ここだって誰もいないからねぐらにしただけだし、いきなり主を燃やすような野蛮なこともしておらん』
……嘘じゃないのを祈るしかできないな、もう。
フォルトは豪快というか、ざっくばらんな意味でテキトーだ。ガサツともいう。短時間で見えているので、そういう部分で何かしでかしてる可能性はある。
とにかく、何かしらの被害が出ないことを祈るばかりである。
『蛇神がどうして俺様に咬みついてきたかは知らんが、そんな神性に手を出した覚えはないな。さすがの俺様も覚悟を決めないといけないレベルだ』
やっと真面目な顔で言う。
「そういうことなら……」
『それよりも、明日はどうするのだ? 依頼を受けにいくのだろう?』
「そうだな。朝イチからいって、依頼をたんたんとこなしていこうかなって。まずは信用を勝ち取らないといけないし」
『地道にやるんだな?』
「派手に立ち回るつもりなんてないからな」
そりゃ英雄的な活躍ができる場があれば別かもだけど、この町もぶっちゃけ平和である。
土地が豊かであるからこそ魔物も多く、討伐依頼も多いから冒険者たちも潤っている(と受付のお姉さんからきいた)だけで、そんな陰謀渦巻くような事態はない。
たぶん。
いやだって町にきてまだ一日目だし。
もしかしたらそういう闇だってあるかもしれないけど、なるべく触れないでいく。んなメンドーなのに巻き込まれてたまるか。討伐系の依頼をこなさないようにしてるのは、戦闘力を買われて変な依頼がこないように、という予防線でもある。
「後、手に入れたいものとかも色々とあるから、ちまちまやらないとな」
『人っていうのはメンドーなのだな』
「ああ、メンドーなんだよ」
俺は返しつつ、ベッドにもぐりこんだ。
とりあえずは時計とか、地図とか。あとはキャンプセットもいるよな。ハンモックって今ぐらいの季節ならいいけど、寒くなってきたら辛いだけだしなァ……。
なんて考えてたら、眠気はあっという間にやってきて。
俺はあっさりと夢の中に落ちていった。
▲▽▲▽
翌朝、というか、朝日も拝まないくらいの朝。
俺は何かを感じ取って目が覚めた。気配を感じ取った、と表現するべきなんだろうか。こんな感覚、今まで一度もなかっただけに、戸惑いが強い。
ゆっくり目を覚ますと、空中でフォルトが鼻ちょうちんを作っていた。
うん、ムカつくくらい爆睡してるな。
というか飛んだまま寝れるとか凄すぎるんだが。
さすがドラゴンというべきなんだろうか。
いや、問題はそこじゃない。ざわざわとした感覚のまま、俺は完全感覚共有を発動させる。場所はフェリスとチョビの部屋だ。護衛のために『俺』たちの何人かが一緒しているのだ。もちろんスライムの状態で。
――害は、何もないな。
視覚はもちろん、もはや触覚さえも共有できる。
そのどれも、何かしらの異常は見受けられなかった。
ってこことは……下か?
「ちょっと調べてみるか?」
なんて、まだ寝起き特有のかすれ声で漏らしつつ起き上がると、物音は唐突にやってきた。やはり下だ。
俺は飛び起きた。
窓にはりつくと、宿の庭に数人の顔をタオルで隠した男が走っていた。何かを抱えている。あれ、これってまさか……窃盗?
「さすがに見過ごしちゃダメっしょ」
窓は建付けが悪いのか、充分に開いてくれそうになかったけど、俺には関係ない。少しだけ開いてくれれば、形状変化でどうにでもなる。
俺はぬるぬるとスライム化して窓の隙間から這い出る。
壁にはりついたまま俺は形状を戻し、男を見下ろす。すると、その男を追いかける、恰幅の良いおばちゃんが現れた。フライパンを持って、必死の形相だ。
「ちょっとあんた! 何てものを盗んでくれてんだい! 返しな!」
「見つかった? どんな早起きだよ、あのクソババ! けど遅ぇんだよ!」
確かに、男の方が早い。
だからこそ、俺は動いた。
とん、と壁を蹴り、俺は男の前に着地する。
まさか上からやってくるとは思ってなかったのだろう、男はぎょっと目を見開いた。
だが、それも僅かで、すぐに突撃してくる。
俺はすぐに身構えた。
「やめとけ、こういうとアレだけど、俺は強いぞ」
「だろうな! けど知ったこっちゃねぇ!」
「は?」
男は意地悪く笑うと、さっとその抱えた白い袋をなげた。庭と道を隔てる、塀の向こうへ。って、ええええ!?
とんでもない行為に身体が一瞬硬直し、白い袋は塀をあっさりと越えて――誰かがキャッチした。そうか、仲間がいたのか!
「はっはっは! じゃあな! 《浮遊》!」
男は俺の硬直してる間に魔法陣を生み出し、浮き上がった。って、魔法かよ!
さすがに、させるかっ!
俺はレベル差のパワープレイで動き、跳躍。
「げっ!」
一瞬で追いつき、男を軽くはたいて宿屋の庭に叩きつける。ついでに壁の向こうで走り出した男に向け、形状変化させた腕を伸ばし、掴んだ。
よし、成功。
俺は塀の上に着地して腕を引き寄せた。
「ぐへっ」
「はいオイタはダメだぞ。っていうか窃盗もダメな。犯罪だろ」
呻く男の首根っこを掴みながら、俺は軽く説教する。
男はジタバタしながら抵抗した。
「くそ、離せっ! っていうか誰だよテメェ!」
「この宿屋に泊まってる冒険者だよ」
答えてやりながら、俺は宿屋の庭の方へ男を投げ捨てる。ぐえ、と悲鳴が聞こえたが関係ない。これでもう逃げられないだろうからな。
ちゃっかりと『俺』たちも宿の窓から出てきていて、しっかりと見張ってくれている。
「く、そっ……かくなる上はっ! 《火炎》っ!」
男は吐き捨てるように言いながら、炎を呼び出して白い袋を燃やし始めた。
って、えええええええええ――――――――――――っ!?
ちょっとまっていやまってマジでまってなんで、え、ええ、なんでぇっ!?
混乱の極致の中、白い袋はどんどんと炎に包まれていく。
「あああああっ! なんてことするんだいっ!!」
そこにようやくおばちゃんが追いついて、男を二人まとめてフライパンで頭を殴り倒す。っていうかいやそっちも待って! そんなに殴ったら死なないか!?
俺は慌てておばちゃんのフライパンを掴んだ。
こんなとこで人殺しは見たくないし!
「《水よ》」
上から、フェリスの声がした。
ばしゃあっ! と水が落ちてきて、白い袋を鎮火する。
どうやら『俺』たちの一人が起こしてくれたらしい。さすがだ、GJだ。
「大丈夫ですか、カナタさま、今そっちにいきましゅっ」
あ、噛んだ。
一気にフェリスの顔が泣き虫顔になっていく。ああ、可愛いなちくしょう。
その間に、おばちゃんは焦げてびちゃびちゃになった白い袋を漁る。
「あ、ああ、ああ。これは……」
おばちゃんの悲痛の声があがる。本当に泣きそうな顔だ。
袋から出てきたのは、いろんな形をしたキノコだった。焦げてはいるけれど、良い匂いもしてくる。食材なんだろう。
「あ、あの……大丈夫、じゃなさそうですね」
「ダメになっちゃったわね」
「その、ごめんなさい」
俺は思わず謝る。
もっと俺がちゃんと対応していれば、こうならなかったからだ。
「そんなことないよ、捕まえてくれてありがとうね」
おばちゃんは気丈にも笑顔を作ってくれた。
「でも、困ったことになったのは本当だね……これじゃあ、朝ごはんが……」
「ご飯?」
「そうだよ。ウチの自慢の朝ごはん。キノコシチューさ」
おばちゃんの発言に、俺は眉根を寄せた。
お待たせしました。
次回の更新は明日です。
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