結果と和食の夜
ぎぃ。と音がして、中に入る。
広がった景色は、予想通りだった。さっきまで俺がいた森と同じ光景。ただ違うのは、見上げると昼とも夜ともとれるような、不思議な感じのする空。
違和感のまま、俺は形状変化しつつ木に登り、そこからぐっと足を伸ばして周囲を見渡す。すると、ちょうどくりぬかれた森になっているのが確認できた。
やっぱりな。
俺は姿を元に戻して木を下りると、フェリスとチョビ。あと何人かの『俺』たちが入ってきていた。
「うわぁ。これすごいですね……」
「マジで何が起こってるのか意味不明だな」
「超大掛かりな儀式魔法でも、こんなの無理ですよぉ……」
「というか、もう古代魔法でも最大級な感じがするな。魔法陣の構築式がワケわからん」
「見るだけで頭痛がしますね」
二人でとんでもないことを言う。
というか、まぁ俺もありえないってのは分かるんだけど。
でもまぁ、出来ちゃったし。
俺は誤魔化すように頬を指で撫でつつ、とりあえず周囲を探ってみることにした。当然『俺』たちも呼び出す。
こういうのは数で調査するのが一番手っ取り早い。
調べるのは魔物とエンカウントするのかどうか、木の耐久具合等。
みんなでさっさと調べていく。
俺はフェリスとチョビを連れていく。が、当然のようにエンカウントはしない。それどころか、動物の気配さえ感じられない。
「ってことは、本当に土地だけコピーされたって感じだな」
「そのようだな。浄化された波動が感じられないし」
「みたいですね……質感というか、木々とかは本物ですけど」
木の幹に触れながら、フェリスは感心したように言う。
「ってことは、一応ストレージってことか」
「ただ、時間の流れはちゃんとあるみたいですね。なので、厳密なストレージと言われるとちょっと違うと思います」
言いながらフェリスは自分のストレージ袋を取り出して、ちょっと手を入れてから何かを取り出す。干し肉だった。
「ストレージ持ちというのは、生まれつき神様から与えられた特別な能力なんですけど、大きさは人それぞれですが、基本的に時間の流れが止まるので、保存にぴったりなんです」
「となると、俺のは保存には向かないってことか」
「そうですね、腐っちゃいます」
「なるほどな」
発酵食品を作るんならいいかもしれないけど、臭いとかの問題もあるし、そもそも発酵食品の文化がこの世界にどこまで浸透しているかどうか、だ。
ただフェリスの反応からして、そこまでではないと思う。
だとしたら、俺が手に入れたのは、ただだだっ広いだけの空間ってことか。
他にも、どうやら俺が持ち主になっているようで、俺ももちろん入れるのだけれど、その間、ドアは開きっぱなしのようだ。セキュリティも何もあったもんじゃない。
……なんだかスゲェんだけど、使いどころがビミョーだな。
アレだ。みんなの寝る場所とかが確保できたって思ったらラッキーなのか?
「あって損はない感じだしな」
『それに、俺たちが自由に出入りできる便利な場所って思えばいいんじゃない』
「そうだな。色々と使い道はありそうだ」
『泉もあるから、入浴とかはなんとかなりそうだしね』
考える必要はありそうだけどな。
俺は頷いてから外に戻る。
すると、狩りを終えた『俺』たちが戻ってきた。
今日も割と大漁のようだ。
『ただいま』
「おかえり。今日は何が捕まったんだ?」
俺はごはんを楽しみにするため、敢えて完全感覚共有を使わなかった。
もちろんそれをお見通しの『俺』たちは、さっとご飯を見せてくれた。
メニューは、炊き込みご飯と、里芋とイカの煮物、おすまし。
完璧な和食やないかい。
いったいどこでどんな魔物倒したらこれがドロップするんだろう。
「つか、めっちゃ美味そうだな」
『だよな。日本人の心をめっちゃ刺激しまくる』
『ということで、さっさと食べちゃおうよ』
『お箸はこっちで用意してあるよー』
ふわっと、炊き込みご飯の香ばしくて優しい匂いに、おすましの澄んだ香り。さらに、もう胃袋をダイレクトに刺激する煮物の出汁の良い香り!
これを我慢するのは無理だ!
っていうか、こんな家庭料理感のある和食なんて、何年ぶりだろう。
ブラック企業にいたころは、まず味わったことがない。
こういう和食って、本当に手間暇かかってるんだよ。いやまぁ今回は魔物を倒しただけなんだけど。
「わぁ、なんかすっごく美味しそうな香りが広がってきますね」
「確かに。生肉なんかよりよっぽど胃が刺激されるぜ」
おいまてチョビ。生肉て。
思わずツッコミをいれかけて、チョビが魔族であることを思い出す。どんな食生活なのかは気になったけど、今はいいや。
「それじゃあ、いただきます」
俺は手を合わせてから、さっそくお茶碗と箸を取る。
これも魔物からドロップしたらしくて、本当に《貪食》スキルの意味不明具合を象徴してるよなって思う。俺としては有難いんだけどな。
思いつつ、俺はほかほかと湯気を立てる炊き込みご飯を見つめた。
これは良い。
家で作ると、どうしてもパサパサになるか、べちゃべちゃになるか、なんだけど、これはマジでちょうど良い塩梅だ。本当に炊きたての白ご飯みたい。
そっと箸ですくって、俺は口に入れる。
「はふ、はふはふっ」
湯気が口の中に溢れて、俺は吐き出す。
あちち、と感じる中、ご飯から旨味が溶けだしてくる。
これは鳥の出汁だ。
じゅわ、と、鳥の濃厚な旨味が舌に乗って暴れる。それを引き締めるように、奥から醤油の香ばしさとコクがやってきて、相乗効果を呼び起こす。
うんんんんまっ。
噛めば噛む程、旨味が広がって来る。
あ、これ鶏だけじゃあない。この滋味とも言えるような、優しい出汁というか、風味は……キノコのそれだ。大地の味って例えたら変かもだけど、本当に落ち着く。
鼻から抜ける息まで炊き込みご飯の風味で、本当にたまらない。
「おいしい……」
『うん』
『これは……ヤバい』
『こんにゃくとごぼうの食感も楽しいね』
『たまんねぇ……』
口々に『俺』たちもほう、と息を吐く。
これ、本当に炊き具合が完璧だ。それに味わい深い。
口の中が幸せに満ち溢れる中、おすましを飲む。白く濁ったようにも見えるこのおすましは、あさりだった。
「うっは」
じゅわっと貝の旨味と、ほんの少しの苦み。余計な味付けがないからこそ際立つ貝の味に、舌は洗い清められる。
熱さもちょうどよくて、すっと喉の奥を通り抜けていく。
これは大人の美味しさだ。
「それで次は、こいつだな」
さっぱりさせた所で、俺は里芋とイカの煮物に手をつける。
たっぷりじっくり煮込まれたのだろう、里芋は濃い色をしていた。イカはテリテリになっていて、良い火の通り具合を予想させる。
そっと、俺は里芋をつまむ。
ぬるっと柔らかい感触を掴んで、俺は一口食べる。
抵抗感の緩い弾力。ぬ、と入っていく歯は、あっさりと食いちぎった。
一度冷めたのを程よく温めたのだろうか、舌に心地よい。
くに、くにっ。
舌と上あごで潰せるほど柔らかい芋は、その奥からじゅわーっと出汁の濃厚な味わいを、芋独特の甘みを持って伝えてくる。
あ、ああ、あっかん。
粘っこい食感は旨味をしっかりと閉じ込めていて、ちっとも薄くならない。
しっかりと咀嚼して、ごくっと飲み込む。
俺はすぐにイカをとった。
輪切りにされて、ぷくっとなったイカ。
しゃくっと齧ると、もうぷりっぷりの弾力だった。
「おおっ」
思わず声が出る。
イカがもつ独特のコクと風味は濃厚で、でも邪魔をしない。
もぐもぐと弾力を楽しんでいると、いつの間にか旨味で口が満たされる。
「ああっ。おいしいれすう……っ」
「すっげぇ……どうやったらこんな美味しいもんを……」
フェリスは天に召されるかのような恍惚とした表情で言葉を漏らし、チョビは愕然としながらマジマジと里芋を見つめていた。
「どうやったこんな美味しくなるのか、俺も知りたいわ」
言いつつ、俺は炊き込みご飯をたっぷり口に含む。
もうがっつり心を掴まれているので、俺は遠慮せずにかきこむ。
もっぐもぐと口いっぱいに頬張って、それからすまし汁を流し込む。
こうすると、旨味と旨味がぶつかって、さらに美味しくなるのだ。
あまり行儀いいとはいえないんだけどね。でも、美味しいんだから仕方ない。
「私もやってみますう!」
フェリスも俺を真似て、口いっぱいにご飯をつめこんで、ずず、と汁を吸う。
すると、手をぎゅっと握りしめて、足をばたばたさせた。
「~~~~~っ!」
「お、俺も俺も!」
こうやって、俺たちの旅立ち前の夜は更けていった。
次回の更新は明日です。
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