第百六十三話 彷徨える魂
「偵察は来たか?あの鉄の竜は来たか?」
「コナイ、ソラ、シズカ」
「よし」
レギオンは代替わりを経て言葉を操れるようになった。
これによって更に意思疎通が可能となり、どんどん強化されていく。
昔のアシュメダイが掘っていた地下通路を拡張させ、大都市へいつでも兵を移動させられるようにもした。
驚くべきことにレギオンは武器として作らせた対空魔砲台を参考にして様々な物を作り、それを発展させたのだ。あの細い地下通路を短期間で拡張できたのもその御蔭だった。
土魔法を扱えるもの達が、更にその魔法を増幅させる杖を持ち、交代で通路を押し広げたのだ。
天井の厚さが薄くなった所は補強し、ついに幅は魔導車が2台並んで通れるほどにまで広がった。
当然、魔鎧兵も歩いて通れる。
そう、魔鎧兵と言えばこれも強化することが出来た。
あのサイラスに出来て俺達が出来ないわけがないのだ。
何体か解剖し、ようやくその方法を思いついた。あの魔鎧兵は人の形をしていた……ならば、こちらもそうすればいい。
……ただし、模した物は獣だった。
獣を捕まえ、解体し、筋肉の付き方を見た。
骨の配置を見た。
解体した魔鎧兵の筋肉と骨格は、容易く分離することが出来ることは確認したのだ。組み換え、同じくなるように新しく骨格を金属で模した物に筋肉を取り付け、固定した。
人が入る場所は胸になるためそこを覆うための装甲を取り付け、足には頑丈な鉤爪を取り付け……口の中には専用に作った魔砲台を据え付けたのだ。
1体作るために魔鎧兵3体が必要となる。しかし、その性能は思っていた以上のものだった。
狼を模した魔鎧兵……魔鎧獣とでも言うべきか。
これは今までの魔鎧兵を圧倒するに至る。
疾かった。
魔鎧兵が1歩踏み出す時に、1足でその5倍を駆ける。
一瞬で近づいた魔鎧獣はその凶悪な鉤爪をもって魔鎧兵を叩き伏せた。
馬乗りになり動けずに居る魔鎧兵に向かって魔法弾を放てば胸に大きな穴が空き、簡単に動きが止まったのだ。
強かった。
腕と足の筋肉は元のものよりも多く、強靭なものとなった。
一度蹴りつければ魔鎧兵は吹き飛び体勢を崩す。
この成功に俺は歓喜した。
次に模したのは……飛竜だ。
捕らえていた帝国の飛竜のアンデッドの魔晶石を引き抜き、その骨格を利用した。
翼膜もそのまま使い、筋肉を移植した。
この時は流石に筋肉が足りず、どうすればよいかと頭を悩ませたが……レギオンがクレイゴーレムの素材を発見した。
なるほど、これを使えば同じように動かすことが出来る。
レギオン共はどんどん賢くなっている。自分で発見することが出来るまでになった。
指示をしなくともこちらの意図を汲んで望むものを作り出す。
アシュメダイの言うとおり、こいつらはただ弱いだけの魔物ではなかった。その小さな身体に秘めた力は知識と学習だ。
それぞれの分野に分けて作業をやらせていると、その作業に特化したレギオンが増えてゆくのだ。
その速さは人族ではありえないほどで、アシュメダイは何故これを使おうとしなかったのか不思議なくらいだ。
そして……飛竜型、魔鎧竜が誕生した。
黒いブレスは吐けないものの、ディノスが手にした初めて人が自由に操り、空を飛ぶ事ができる物だ。
乗り込めば身体の使い方は勝手に分かった。
自分にはないはずの翼と尻尾の感覚もある。首をひねってみれば人ではありえないような角度を見渡せる。
それどころか、目だ。驚くべき視力を持っているのだ。
意識を集中すれば、遠くを見渡せる。
空を見れば、空を飛ぶ小鳥の羽の一枚一枚を観察できる。
それでいながら自分の周りもまた、同時に見ているのだ。
『……素晴らしい。外に出る』
ディノスは一歩一歩確かめるように歩いていき、ダンジョンケイブの中に広がる世界に出る。
見ているだけで気が滅入りそうな重苦しい雲が覆い尽くす空。
今まで空を飛ぶといえば飛竜にぶら下がってかしがみついてという方法でしか無かった。
しかし、今は違う。
この巨体は飛べる。
飛竜のアンデッドから取り出した魔晶石は、この身体の飛ばし方を教えた。
後は直感で分かる。
四肢とは別の肩から生えている翼を広げ、大きく上に振りかぶり……下に向かって叩きつけるように降ろす。
魔力を通じ、本来ならば決して浮かび上がるわけのないその身体は軽くなり、上へ引っ張られるような感覚とともに上昇していった。
『飛んでいる。自分の意志で。慣れるまでは難しいかもしれんが……』
自分の後ろに向けて空気を押し出せば、前に向かって突き進む。
羽ばたく度に加速し、自分の身体に沿って流れる空気を感じる。
僅かに身体をよじり、翼膜を傾ければ自在に向きを変えることが出来、その目は動くものを見れば瞬時にそこへ視線が行き、その物を大きく見せる。
それが同時に何個もだ。
人の頭で考えているのであればとてつもない負荷を感じただろう。しかし、この身体はそれを当たり前のものとして処理している。
試しに地面を走る大きな猿にブレスを放ってみる。
ブレスというよりも、魔法弾だが。
通常力も早くそして威力の高いそれは青い軌跡とともに吸い込まれるように猿の魔物へと迫り、大地を抉った。
魔法を放ってみれば、つららの様なものしか出せなかったものは、巨大な氷柱となり恐ろしい速度で敵へと向かっていく。
突然空から飛来した電柱の如き氷の槍は、硬い鱗を持つ魔物を貫き地面に縫い止めた。
炎を放てばそれは広範囲を焼き尽くす業火となり、起こす風は近くにいるものを尽く切り刻む。
これだけやっても魔力は尽きない。
面白いと思っていると、体中の鱗が逆立つような気配を覚えた。
すると……周りにあるマナを吸い込んでいるのを感じる。それを魔力に変え、どんどん溜まっていくのを感じた。
『これは……飛竜が持っている能力なのか?なるほど、魔力が尽きないわけだ。周りからマナを吸い上げているとはな!しかし、良いぞ。これは良い。この万能感……すばらしい!!』
今まで使ってきた魔鎧兵とは完全に別物だ。
身体は20m程もあり、翼を広げるとそれよりも長い。
太く強靭な足と、細めではあるが魔鎧兵よりも遥かに強い腕。
以外にもこの4本の指は器用に動く。
剣をもたせることも出来るだろう。
試しに後ろ足だけで立ち上がってみれば、とてつもなく高い位置から見下ろすことが出来る。
尻尾でバランスを取って歩く、という感覚がなかなかに面白い。
意識的に尻尾を動かしてみれば近くにあった木をなぎ倒した。
『人がこの飛竜を倒すのに苦労するのがよく分かる。これはまさしく化物だ。しかし俺は今、その力を手に入れたぞ……!』
残念ながら、この飛竜型はもう作れないだろう。
流石に使用する素材の量が多く、そして複雑過ぎた。
時間も掛かる。
いくつもあれば心強いがその労力で魔鎧兵と魔鎧狼を作ったほうが良い。
魔鎧兵に乗ったレギオン達はその力をどんどん上げており、自分達が持ち得なかった力は彼らにさらなる自信を与えたようだ。
強いものだけが生き残るという厳しいレギオンの兵の中でも、更に精鋭がその力を手にする。
その動きは、以前帝国に居た時に共に戦った仲間達よりも思い切りがよく、そして鋭い。
号令をかければ一糸乱れぬ動きを見せ、敵に殺されるその瞬間まで恐怖を感じない。
まさに完璧な兵士だ。
海は船乗りをしていたエフェオデルの者達に任せる。しかし、地上でエフェオデルの兵士を支配し、上に立つのはこのレギオン達となるだろう。
前時代的な武器と装備のエフェオデルの者達などはどうでもいいのだ。
一通り魔鎧竜の動きを楽しんだ後、ふと、思った。
……レギオンはどんどん知恵をつけていつしか本当に人族を超えるのだろうか。
あれは人族を元にして作ったという存在だったはずだ。
人はいつか裏切る。
今までもずっと裏切られ続けてきたではないか。
こいつらもいつか裏切るのではないか?
すべてが終わり、俺がこの世界を手に入れた時……反乱するのではないか?
技術は持っている、武器も持っている、知識もある、そして数が多い。
自分が要らないとなれば、奴らは俺を切り捨てるのではないか?
そうなった時、俺はどうすれば良いのだろうか。
あの憎い帝国と、それと手を組んだハイランドの連中、それらを倒し、他の国へ攻め込んでいき全てが終わった後、俺の存在価値はどうなるのだろうか?
まあ、そうなるならなるでいい。
そうなったら、この世界に意味はもう無い。
自分を受け入れない世界など要らないのだ。
全てを消し飛ばし、無かったことにしてやろう。
俺を裏切るのであれば……皆消えればいい。
「おい」
「ハッ!ナニカゴヨウデショウカ??」
「機密性の高い兵器を作る。これは他の者達にも知らせるつもりはない、奥の手だ。その為に最小限の人数で開発に当たる。20匹、優秀なものを選べ」
「キキッ!スグアツメル!」
アレを作ろう。
以前にも作ろうと思っても作る前に邪魔されていたアレを。
全てを消し去るというのであれば、俺の考えていることに丁度いい。
俺が王となり、全てがひれ伏すならばよし。
全てが敵になった時には全てをなかった事にする。
サイラス。奴が何故ここに来たのか……それは知らないが、きっと俺の望みを叶えるためだろう。
アシュメダイは面白いからというだけで戦力を出してくれる。
金ももう問題にならない。
全ては俺に有利に働いているではないか、俺は、このまま突き進めばいい。
ただ、奴らはこの手で叩き潰さなければ気が晴れることはないだろう。
□□□□□□
「……ニール?」
「あ、起きた?疲れが溜まってたんだね。もう出発してるよ」
「今は……」
「もうお昼近くだよ。ここまでずっと働きっぱなしだったんだから、仕方ないよ」
会議が行われてから3日後、クラーテルを出発した。
それまでデータを纏めたりなどしてテンペストはあまり休む暇がなかった訳だが、ついにここで力尽きたというわけだ。
書類をまとめている最中に眠ってしまっていたテンペストをニールがベッドに運び……そのままテンペストは半日ほど寝ていた。
途中で起こそうという者は誰も居らず、眠ったまま移動を開始したということだ。
「すみませんでしたニール。今すぐまとめて……」
「あ、続きは僕がやっておいたから。誰よりも働いてたんだから、ゆっくり休む権利はあるよ」
「しかし……」
「良いから。あ、お腹すいたでしょ?」
そう言ってニールが朝食をテンペストの前に並べる。
移動しながらでも溢れることのない物を選んで作られていた。
いい匂いが漂ってくるとテンペストのお腹が鳴る。
さっきまで感じていなかった空腹感が酷い。
よくよく思い出してみれば昨日は夕食すら取っていないはずだ。
「ぐっすり寝てて、夕食のときも起きなかったからさ……。あ、身体は拭いておいたから大丈夫」
「ありがとう。……美味しい」
「冷めても美味しいやつにしてくれたみたいだよ。今飲み物持ってくる」
寝間着に着替えさせられたままでかなり軽めの朝食をとる。
昼食までの繋だからこれでいい。
パンに卵とハムを挟んだものを食べれば、我慢ができないほどの空腹感が薄らいでいく。
「索敵は良いのですか?」
「うん。昨日テンペストが持ち帰ったデータがかなり精度が高くてね。ついでに帰りに進軍経路もデータ取ってきてくれたでしょ?お陰でちゃんとした経路設定できたんだ。今日は……ここまで移動する予定になってる」
ニールが指差したのは狭くなる谷と言われている2箇所の内、最初の場所だ。
そこの手前まで行くと川があり、大昔にそこにあった川が削った場所が丁度魔導車なども隠せる程度の高さがあるらしい。
ホーマ帝国が進軍した時には中途半端な位置になってしまうためにそこは使えなかったが、今回は魔導車という速度のある物で移動できる事もあって、そこによっても大した時間的なロスは出ないという判断だった。
「帝国の竜騎兵が怪我人を送り届ける途中で休憩地点にしたみたいなんだ。現地もちゃんと知ってる人からの情報だから大丈夫だと思うよ」
「なるほど。それならば問題ないのでしょう」
「川の近くってことで水の補給もできるしね。綺麗な水みたいだから良いんじゃないかな」
しばらくして到着してみると、絶壁の下側が大きくえぐられた所に到着した。
奥行きもかなりあり、突き出した崖がそのまま巨大な屋根になっている。
幾つかかなり昔に掘られた跡もあり、ここで生活していた人も居たようだ。
「すごい……。でも、川が近いって聞いてたけど意外と距離はあったね」
「昔はまさにここを川が通っていたのでしょうけど、途中で川の位置が変わったためにここだけ取り残されたようになっているのでしょう。戦争に来ていないのであれば観光として訪れたいところです」
「天井までも高ぇな……これならエキドナも……いや、魔導騎兵も立たせて置けるくらいだぞ。何よりこの大所帯が全部入るってのは凄いな」
奥行きに比べてその範囲がかなり長いため、少し詰めた感じにすれば全ての装備が中に入れられた。
洞窟の奥は基本的に壁で、たまにある穴も小さく魔物の気配はしない。
「さ、とりあえず休もう。明日の移動はマギア・ワイバーンが必要だからね」
明日は罠が張られている恐れのある場所を通る。
解除するためにはテンペストの力が必要なのだ。
□□□□□□
「……?」
夜中に突然目が覚めてしまった。
今日は起きるのが遅かったために眠れないのだろうかと思ったが、一旦エキドナの外に出て外の空気を吸うことにした。
青白くあたりを照らす月が眩しい。
さらさらと川の流れる音が聞こえる。
ざばっという水から上がった音がした。
「……そこにいるのは誰です!」
唐突に気配を感じて川縁に目をやると、
一人の裸の少年がいた。
遠目だが年は10前後だろうか。ぴちゃぴちゃと水を滴らせながら歩いてくる。
ここの近くに居る子なのだろうか、分からないが水浴びをしていた所に出くわしたようだ。
「お姉ちゃんこそ、誰?ここには誰も居ないはずなのに」
近くまで来ると、テンペストよりも拳一つ分小さいくらいの青白い肌をした子供であることが分かる。
その少年から声をかけられて、確かに自分達のほうが侵入者なのだろうと思った。
ここに居たのは元々の人たちで、テンペスト達は攻め込んできた側なのだ。
ただ、一般人には特に危害を与える気はない。
「失礼しました。私はテンペスト・ドレイク。移動の途中立ち寄りました。明日には出ていきますので安心して下さい」
「ふーん……。お姉ちゃん綺麗だね?」
「そう、ですか?」
そして自分の体を見て、薄い寝間着姿であることを思い出した。
下着が透けて見えているが、相手は子供だし特に問題ない。そうでなくとも羞恥心が薄めのテンペストは気にしない。
「ねえ!お姉ちゃんも遊ぼうよ。川の水冷たくて気持ちいいんだ。ほら、皆もいるよ」
「……いつの間に……?」
少年が指差した所には川で遊ぶ裸の少年少女が居て、こちらに手を振っている。
後ろを振り返れば、火が消えて皆寝静まっているようだ。
また前を見れば、ぱちゃぱちゃと水遊びを始めている子どもたちの姿。
「ねえ。行こう?」
人懐っこいこの子に負け、テンペストも川の近くまで行く。
服を脱いで裸になったところで、ふと、違和感を感じた。
先程の少年が手をこちらに向かって伸ばしている。
その手を取り、手の冷たさに驚いた。
手を引かれるままに、川に足を入れると、とても冷たくて確かに気持ちが良かった。
ただ、何か、頭の片隅で警告が発せられている。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと冷たいので、ゆっくり身体を馴染ませてから入らせてもらいますね」
「一気に入っちゃったほうが楽だよ?」
「そう焦らせないで下さい。私は川遊びは初めてで……」
川。
違和感の正体は川だ。
ここに到着したときのニールの言葉を思い出す。
『でも、川が近いって聞いてたけど意外と距離はあったね』
魔導車を停めた場所から少し離れた場所に川は流れている。
しかし今は……目の前だ。
先程まではここに川など流れていなかった。
「……っ!」
「どうしたの?お姉ちゃん」
「ごめんなさい。明日早く起きなければならないのを忘れていました。戻らなくては」
「だめ!遊んでくれるって言ったじゃない!」
「そういうわけには……。……なっ……」
手を掴んで腕を引く力が、強い。
踏ん張って対抗しようとするが、今のテンペストは丸裸だ。鎧をつけても居ないため力はさほど強くない。
無意識に掛けた身体強化でも対抗できない。
「……一体何者ですか!」
「遊ぼうよ!」
川で遊んでいた少年少女達も近寄ってくる。
腕を引かれ、腰に抱きつかれ、太ももを掴まれ……川へ引き寄せられる。
まずいと思っても、抜け出せなかった。
子どもたちの表情はニコニコと楽しそうで……それがよりいっそう不気味に映る。
『そこまでだ』
低く、そして安心する声が聴こえる。
ギアズの声だ。その声を聞いて子どもたちも身体から手を離して、残念そうな顔でこちらを見ている。
『幼くして死せる者達の慰みになるのならと思っていたが、この者を引き込もうとするならばそれは許さん。この者を仲間にさせるわけにはいかんが、皆の元へと旅立たせることは出来る』
子どもたちは顔を見合わせて居る。
「お父さん、お母さんに会いたい」
「お兄ちゃんの所に帰りたい」
口々に会いたい人を言う。その顔は先程までとは変わってとても悲しげで……。
『ならば、思い浮かべるが良い。会いたい者達の顔を。お前たちを縛る楔は解き放たれた。お前たちの魂は自由だ、還るが良い』
子どもたちの形が薄れていき、光の粒となって空に溶けていく。
先程まで流れていた川も姿を消し、そこにはただ、丸みを帯びた石が広がっているだけだった。
暖かくなってきたのでちょっと涼しい話も