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鉄の竜騎士 -元AI少女の冒険譚-  作者: 御堂廉
第五章 英雄ディノス編
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第百四十話 英雄として6

『魔導兵隊!砲撃開始!』


 グランシミアの群れの登場によって、魔鎧兵の出番となった。

 上空の援護も有るため徐々に減らされていくが、他の場所からも次々と魔物が突撃をしてくるのだ。

 とてもではないが飛竜だけでは抑えきれない。


 巨大な猿……オランウータンの容姿とゴリラの筋肉質なシルエットを足したような魔物で、力が強く立木をそのまま片手でへし折って棍棒のように振り回すなど危険な部類に入る。

 動きも大きさの割にすばしっこく、知能も高いため罠にかけてから一気に殺すなどしない限りは安全に処理できない。


 それが見えるだけで約50程度の群れだ。

 普通、このグランシミアは群れを作らずに個で行動する。

 今回群れをなして襲ってきたということはつまり……操られているということだ。


 巨大な牙をむき出しにして吠えるグランシミアの群れに、魔鎧兵の持っている手持ち大砲が一斉に降り注ぐ。

 狙いをつけやすく、装填速度も早いそれは次々とグランシミアに風穴を開けていた。

 半数以上を仕留め、他も飛竜に襲われて絶命している中で生き残ったのは十数匹程度。

 しかし近づきすぎている。

 大砲は使わないほうが良いだろう。


 目の前まで迫ってきたグランシミアに大砲を手放した代わりに掴んだメイスを振りかざし、脳天めがけて思いっきり振り下ろした。

 スパイクの付いたメイスの先端がグランシミアの頭蓋を砕き、頭が首の中にめり込んだ。


「行ける……。これならばやれる」


 両腕を振り上げた状態で絶命しているグランシミアの腕を引き、邪魔とばかりに投げ飛ばす。

 今のを片腕でやってのけてしまうのを自分がやっておきながら少し驚いた。

 想像以上に膂力が有るらしい。


 となればもうこの目の前にいる猿どもは全く怖くない。

 掴まれさえしなければ、ただの馬鹿力なだけなのだ。魔法も自身の力を増すものであって防御ではない。

 遠距離手段は投擲だが、この位置と周りには何もないことからしても相手が武器を持つ暇などどこにもない。


 二匹目の腕が掴みかかろうと伸ばされる……が、横薙ぎにしたメイスが伸び切った腕の関節を破壊した。

 曲がってはいけない方向に大きくねじれた腕はちぎれかけておりブラブラと揺れている。

 想像を絶する痛みを感じていることだろう。転げ回って泣き叫ぶグランシミアの腹を蹴飛ばすと、衝撃に加えて腹につま先がめり込む感触とともに大量の血を吐きながら転がってゆく。


 周りを見れば同じようにグランシミア相手に魔鎧兵達が圧倒していた。


 やがて中型の魔物たちも魔法隊達によって狩りつくされ、一帯は血の匂いが立ち込める凄惨な現場となった。

 ここぞとばかりに飛竜達は魔物を食い漁り、兵達も食糧になりそうな物を解体しては凍らせていた。


 今日の飯は豪華になりそうだ。


 □□□□□□


「テイマーから報告。攻めてきました」

「規模は?」

「飛竜30匹、人数は約3万。……それと、妊婦らしき鎧を着た魔物が10匹います」

「何?あれを手懐けたのか?馬鹿な、テイマー達がいくらやっても出来なかったのだぞ!」


 妊婦……グランとミノスを指してエフェオデルではそう呼ばれていた。

 解体していると中に必ずミノスが入っていたことから、子を産む直前の母親のようだと言うことでこの名で通っている。

 いくら手なづけようとテイマーが苦心しても、何故か上手く操れなかった魔物の一つでグランとミノスは共存関係にある個体だろうと思われていた。

 ミノスを引き離すとグランは死ぬ、そう思っていたからこそ「中に代わりに入ってみる」などという考えなどにはたどり着くことはなかった。


「それと、テイマーが鳥から離れる前に1匹の妊婦がじっと鳥を見ていたと言っています」

「まさか、偵察がばれたのか?」

「テイマーの存在はまだ知らないはずです」


 クラーテルに送り込んだ兵が全滅し、目の前で捕らえられたのを見てもそう言えるのは、当然痛みも恐怖もあまり感じないためだ。

 そして、死ぬことに関しても敵の手にかかって死ぬのであれば、それは幸せなことなのだ。……そう、思い込まされて育ってきている。


 クラーテルに近づいてきた翼竜などが尽く落とされたことに関しても、魔物に襲われたクラーテルが異様なまでに早く壁を再建し、更に堅牢になったこととその防衛の厚さは以前の比ではない事からエフェオデルからの魔物による攻撃に神経質になっているからだと判断していた。


「……ならば大猿に追い立てられた風で魔物をけしかけてみろ。まずはどれほどの戦力かを確認するぞ」


 作戦通り魔物をけしかければどういう攻撃手段を持っているか、事前に把握できる。

 分かっていればそれに対抗するための策を立てれるのだ。

 ついでに何分の一でも減らしてやれば、敵はこの都へ来るまでに大きな不安を抱えることとなる。


 いつ魔物に襲われるのか。

 いつ自分が食われてしまうのか。

 いつまで続くのか。

 果たして最後まで生き残ったとして、勝てるのか?と。


 痛みを知らずとも、魔物に食い殺されると言うのは得も言われぬ恐怖が有るのだ。

 肉体を残すこと無く敵の腹の中に収まってしまう。

 痛みを感じる帝国の兵ならばなおさら恐ろしいはずだ。


 が。


「報告!敵の攻撃により魔物達は壊滅!敵の被害は軽微とのこと!」

「何っ!?」


 流石に損害を与えられないというのは予想外過ぎた。

 この後もここに来るまでに何度も何度も攻撃を仕掛けて行くつもりではあるのだが、あまりにもおかしい。


「どういう事だ、もっと詳しく報告しろ!」

「は、予定通りグランシミアを使いテイマーの制御下にある魔物と、近くに居た魔物を焚き付けて全てを敵の本隊中央部に突撃させました」


 そこまでは良い。

 しかしここで予想以上に飛竜が邪魔をしていることが分かる。

 なんと上空から見つけた魔物の移動に合わせて、ブレスを横一列に並んで吐き森ごと焼いてしまったという。

 てっきり個々で撃破してくるものと思っていたが、まさかそういう使い方をしてくるとは思ってもいなかった。流石に帝国を甘く見すぎていたようだ。


 それでも被害は3割程度という事でそのまま突撃させたものの、近づく前に飛竜によって焼かれ、大砲と魔法の雨で地形が変わるほどに攻撃を受けてほぼ壊滅。

 グランシミアも為す術無く半壊し、最後には「妊婦」らしき魔物に討ち取られていったという。


「あの「妊婦」は何かがおかしいということでした。鎧を着込み、武器を使い……更には大砲を放っていたといいます」

「まさか……そんなはずは……そこまで頭のいいやつではないはず……」


 棍棒などを使うことはあっても、力任せに振り回すものだったのだ。

 しかし報告を聞いていると、まるで熟練した兵のように巨大なメイスを振り回し、大砲を撃ち込み……あまつさえ高度な格闘を行っている個体も居たというのだ。


 振り回すだけなら納得できる。しかしメイスは明らかに人の技によるもので、関節を的確に破壊する高度な格闘術などは魔物が使えるはずがない。

 確かにおかしい。


「また、金属製の素早く動く乗り物ですが、そちらからも大砲による攻撃がありました。本隊の歩兵は一歩も動くこと無く戦闘は終了したとのことです」

「分かった。次の攻撃は真夜中奴らが寝ている時にやれ。休ませるな」

「しかし……魔物は……もう少し強いものを付けていただきたいという話が上がってきて……」

「駄目だ。今の話を聞く限り小出しにしてもあまり被害を与えられずに終わるだろう。数が少ないのだ」


 強い魔物はテイマーでもなかなか手懐けるまでに時間がかかるのだ。必然的に弱いものは多く、強いものは少ない。

 後は知能が高いものも手懐けにくい。


「しかしあの魔物であれば……」

「分かっている。しかし……あれは危険だ。分かっているだろう、テイマーですらまともに操れない魔物など、敵を殲滅したとしてもあれを野放しにするのは危険すぎるのだ!」

「……その心配はない」


 入り口からぬっと入ってきたのは身長2m程は有るだろう巨体に、これまた見ただけでも強さを伺わせる鋼のような肉体を持った黒髪の大男だ。

 このエフェオデルの長、アシュメダイが直々に部下の部屋へと入ってくるのは珍しい。


「長!な、なぜこのようなところへ……」

「興味が湧いた。クラーテル奪還の時から気になっていたが、相手には少々厄介なものが有るようだな」

「はっ……。敵は飛竜と妊婦と思われる魔物を従えています」

「面白い。しかし奴らが滅びるのはこの目で見たい。近づいてくるまでは適当に相手をしてやるが良い。ここに来るまで後3日、夜のためにエンプサを使うが良い」


 エンプサは黒い魔物の一種で寝ているものに醒めない悪夢を見せる。

 夢に干渉してその夢から逃れられなかったものは、翌朝夢で見たときと同じ位置に傷を負っているのだ。エンプサはその血を啜り糧としている。

 夢の中で死ぬことはなかなか無いが、あれほどの人数だ、誰かは眠ったままずたずたになって死んでいてもおかしくはないだろう。


 長の言うことしか聞かず、夜にしか行動できないエンプサだが、眠ることすらも恐怖に変える事が出来るという意味では適任だ。


 他の魔物をけしかけようと思っていたのだが、眠っているからこそ効果がある。

 寧ろ混乱しているところにすばしっこい者などを突っ込ませたほうが効果があるだろう。


「はっ、ではそのように……」


 戦力を削ぎつつ、こちらに来るまでに消耗させれば良い。

 何よりもあの大砲などは弾数に制限があるのだ。

 体力も、食糧も、薬も全て数に限りがある。

 昼間はその弾薬を削り、夜は体力を削る。


 そして最終的に近くまで引きつけた後は、持っている魔物を大盤振る舞いしてやればいい。

 ようやく手の届くところへたどり着いた時に、目の前に立ちふさがっているのは巨大な壁と無数の魔物だ。

 絶望だろう。

 長が興味を示したことによって、帝国軍壊滅への道が開けてきたのだった。


 □□□□□□


「今日はここで野営とする!」


 将軍の号令が伝えられ、それぞれのテントを張っていく。

 土魔法よって簡易の防壁が作られ、充てがわれたテントの中へ入る。

 すぐにこの後将軍の所へと行かなくてはならないので軽装にするだけだが。


 将軍のテントにはまだ人があまり集まっていなかった。

 しばらく待って全員が集まった後に会議が始まった。


「既に我々の手の内は向こうに筒抜けとなったと思っていいか……」

「魔物でもない普通の鳥でしたが、ずっと隊列の上を円を描いて飛んでいるのが気になりました。更に魔物が襲ってくる直前に不自然にふらついたのを見ています」

「ならその時に鳥の目から逃げたか。忌々しい奴らめ」

「少しよろしいだろうか?」

「どうした?グレアラン」


 グレアランという兵站をまとめている者から発言があった。


「先の戦いにおいて我々は勝利した。それは良いのだが……弾薬の消費が早い、少し抑えてもらわねば最後まで持ちませんぞ?」

「む……」


 失念していた。

 ここは敵地で後ろからの補給はない。

 あの時の調子で撃ちまくっていれば被害は少ないだろうが、逆にこちらの首を絞めることになりかねない。


「食糧、弾薬、薬全てに限りがある。被害は最小限にしつつも消耗は避けたい」

「……食糧は襲ってきた魔物の肉でも相当足りるのではないか?」

「それはそうだが……では、こちらが必ず魔物の肉を食うとわかった時、わざと遅効性の毒でも入れられていたら、と考えると恐ろしいくは無いか?」

「毒か……」


 向こうの得意なことだろう。可能性は大いに有り得る。

 明日からは大丈夫そうでも必ず毒のチェックをさせたほうが良いだろう。

 腹を下すだけでも大打撃だ。これで混乱でもしてしまえば収集つかなくなってしまう。


「一応、言いたいのは特に弾薬の方だ。火薬も弾丸も持ち込んだ分までしか無い。奇襲などを食らってそれがなくなったときはもう飛び道具は無くなると思っていい」

「魔法もあまり使うと1日で魔力が回復するラインを超える……。次からは歩兵や騎兵を上手く使うとして、やはり大型の魔物に関しては魔鎧兵に頼りたい」

「歩兵達も騎兵も出番がなかったために出たくてうずうずしているようだ、少し見せ場を作ってやってくれ。だが確かに中型程度まではいいが、大型は荷が重すぎる。あの巨大なメイスだけでも行けるか?」

「使ってみた感じでは予想以上の力がありました。あの猿程度なら相手にもならないでしょう。強敵であっても何機かで一斉にかかれば対処は可能と思われます」


 体力の心配がないため、ずっと全力で動き続けられるのは大きい。

 力もあり背負子のようなものさえ作っておけば荷物を運ぶことも出来るだろう。

 様々な可能性のある兵器だ。活用できなかったミレスはやはりどうしようもなかったのだろう。


「こちらの位置も人数も構成もバレていることにはどう対処する?」

「……どの道、これから魔物をけしかけられれば戦わなければならん。そうなれば生き残るためにも全力を出さなければならない事もあるだろう」

「物資の消耗を減らし、人も減らさず……しかし戦い方は知られている。予想以上に厳しい戦いになるかもしれんな。向こうの出方は明白だ、魔物をぶつけてこちらを消耗させ……あわよくば辿り着く前に殲滅もしくは撤退させる事。エフェオデルの首都は早ければ2日後辺りに到着予定だ」


 後2日から3日程度で到着とは言え、かなり分が悪い。

 戦力を保ちながら進まなければ首都へ行くまでに力尽きるし、付いた所で壁を突破することも難しいだろう。

 補給ができれば……。


「……補給、出来るかもしれないぞ」

「何を言っている。クラーテルからここまで来ると言うのが無理な話だろう。日にちはこれ以上伸ばすわけにも行かないのだぞ」

「いや、クラーテルに行く必要はないのですよ。失礼、地図を……」


 テーブルの上に広げられた地図に皆を集める。

 ホーマ帝国とこのエフェオデルは深い谷で分かたれている。

 だからこそ、クラーテルからのみ出入りすることが出来るわけだが……。

 こちらには地形を無視して進むことの出来る飛竜がいることを失念していた。

 飛竜も大きな獲物をもって長距離を移動できるくらいなのだ、荷物だって運ぶことは出来る。


「……なるほど……盲点だったな……。帝国に残っている飛竜とこちらの飛竜をリレーすることで迅速に物資の移動が出来るか」

「飛竜の速度は我々の進軍速度など無視できる程度。伝令を飛ばし至急指定した地点まで必要な物資を持ってこさせる。明日の休憩時間に持って来れるように伝えておく」

「谷の向こう側ならば魔物の襲撃の心配もかなり減らせるか……考えたなディノス。流石に飛竜を荷運びだけに使うなど考えもしなかったが」


 ホーマ帝国とエフェオデルを分断する深い谷。

 その谷を超えるには空を飛べる飛竜が適任だ。加えて飛竜の持ち運べる重量は馬車を凌ぐ。

 馬車一台分程度ならば問題なく運ぶことが可能なため、かなりの物資を補給できる。


 詳しくは……こちらの進軍速度に合わせ、到着予定地から谷向かいにあるホーマ帝国側の場所まで飛竜を使って物資を持ってこさせる。

 そしてこちらとその場所との距離が最短になる所で、こちらの飛竜が谷を超えて物資を受取り戻ってくる。


 迅速に補給が可能で、指示ならば伝令として使っているラプテアという隼に似た高速飛行が可能な鳥がいるため不便はない。今までもラプテアを使って進軍状況などを逐次報告している位だ。


「……となると怪我人と補充人員も同じように出来るか?」

「人数は限られるだろうが、何度か往復することで可能だろう。物資を入れる箱などに入ればそれなりの人数は動かせるはずだ。……よし、不安材料は大分消えたな、では諸君。今決まったことを隊長以下に伝え全軍で共有するように。加えてグレアラン、常に在庫を確認して不安があるものはすぐに伝えろ」

「はっ。最善を尽くしましょう。……つきましては先の戦闘で消費した大砲の弾と火薬、250発分を補充していただきたい。これから大型の魔獣をぶつけられる可能性を考えると、少しでも弾数は欲しい所、馬には少々苦労をかけるが……」


 本来進めば荷物が軽くなるはずの荷馬車だが、次から次へと補給されていけば重さは変わらない。

 確かに少し申し訳ない気になる。

 一度は消極的な行動に出なければならなくなりそうだったが、補給を行う目処が立ったことでまた全力で戦うことが出来る。

 前回と同じ程度ならば何とかなるが、こちらを消耗させようとしているのであればやはりこれからますます強敵と戦うことになるだろう。


 とりあえず方向性が決まった所で会議は終わり、休むことになった。

 食事は新鮮な肉が出され、全員が満足することが出来たようだ。

 その分全員に保存食を配ることが出来たので、進軍中に腹が減ってもそれを食うことが出来る。

 大分恵まれた状態での進軍だろう。


 □□□□□□


 気がつくと魔物の群れの中に居た。

 ぼんやりする頭で思考を巡らせる。

 敵襲か?しかし警告の鐘がなった覚えがない。


 近くに落ちていた剣を拾い向かってきていた魔物の口へと差し込む。

 情けない声を上げて絶命したそれを横目に魔鎧兵の元へと向かうが……。


「なんだと……!」


 それは既に引き倒され、様々な魔物が張り付いてその肉を食らっている。

 無残にも内部の骨格などが顕になったそれを、魔物を追い払いながら乗り込んで起動する。


「ぐっ……あぁぁぁぁ!!」


 身体のあちこちに痛みを感じた。魔鎧兵の元となったグランの痛みを感じているのだ。

 例え怪我をしたところで大した痛みは感じないのだが、流石にここまで破壊されていると凄まじい。

 いつもよりも狭い視界に、まだ足に食らいついている魔物を見つけ、力任せに叩き潰した。


 立ち上がるといつもと違う感覚で転びそうになる。

 うまく力が入らない。

 足を引きずるようにしながらメイスを振り回し、魔物を蹴散らしていくが一向に減らない。

 あちこちで火の手が上がり、大勢の悲鳴が聞こえてくる。


 唐突に視界が閉ざされ、鈍い痛みとともに地面に叩きつけられた。

 すぐに起き上がって顔をあげると、タラスクが迫っている。


「このような時に!タラスクだと!!」


 こんな本隊のど真ん中にタラスクなど居てはならないのだ。

 これがいるということはもう、ほとんど壊滅していると見ていい。

 厄災をもたらす象徴、タラスク。

 事実その純粋な暴力は足元にいる仲間達を周囲にいる魔物ごと踏み潰し、起動できていない魔鎧兵の腕を掴んで振り回す。


 そして、立ち上がろうとしていた俺へ顔を向けたかと思った瞬間、その図体とは裏腹に素早い動きで一気に迫ってきた。


 慌ててメイスを振るが既に懐に入られ、体当たりをモロに食らった。

 凄まじい衝撃に為す術無く吹き飛ばされ、とっさに胴体を庇ったせいで左肩が完全に壊れた。

 自分の肩が切り落とされたかのような痛みを感じて悲鳴を上げる。


 その間にゆっくりと近づいてきていたタラスクは……足を胸に乗せてこちらの動きを封じ、痛む左腕を持ち上げゆっくりと引きちぎる。


「がああぁぁぁぁぁっ!!糞がァァ!!」


 頭では自分の腕がもがれたわけではないと分かっていながらも、伝わってくる痛みは本物だ。

 グランの腕を食い終わったタラスクが今度は右腕を持ち上げる。


「ぎゃあぁぁぁ!!やめろ!!糞!死ね!何で俺がぁぁぁ!!死ね死ね死ね死ね!!」


 悪い夢だ、こんなもの。現実なんかじゃない。

 俺がこんな所で死ぬわけがない。俺は強運の持ち主だぞ!

 ふざけるな!!


 □□□□□□


 叫び声を上げて起き上がろうとした……ら、タラスクは居なくなっていた。

 いや、そもそも生身だ。さっきまでは確かに魔鎧兵に乗っていたはずなのに。


「……夢……か?」


 身体を触って確かめる。腕はついている。痛みはない。

 生きながらにして食われていく感覚と言うのはあのようなものなのか。何も出来ず自分の体が壊され食われていくのを黙ってみているしか無いあの恐怖。


 しかし夢だ。ただの夢。こうして戦場に立っていることで気が滅入っているのかもしれない。

 ぐっしょりと汗に濡れた身体が気持ち悪く、少し水浴びをしようと外に出ると……。


 うめき声と怒鳴り声が暗闇に響き渡っていた。



ディノス「俺の腕がぁぁ!」

サイラス「あ"ぁ!?まだ足残ってんだろが!!」

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