殺意視認、故に 綾瀬真
「真君!コッコちゃん!一緒に帰ろうです!」
放課後、トモが僕らを訪ねてきた。トモはいつもこんな感じだ。いつも元気で何も考えていないような行動力。ある意味尊敬するよ。
「うん。一緒に帰ろう、トモちゃん」
それに応える小鳥。彼女は僕の知り合いで一番優しい。一番優しく、何でも受け止めてくれる。そして誰よりも純粋だ。僕は本当に尊敬しているよ、小鳥。
「ごめん、トモ。僕、君代先生に呼ばれているんだ」
「え?そうなのですか?」
「あ、そうなんだ。マコちゃん」
「うん。まあ、大した用事じゃないんだけどね。急いでいるんなら先に帰っちゃってもいいよ」
「いえ、待ってるですよ!やっぱり三人一緒に帰った方が楽しいですからね」
「うん、そうだよね」
僕のことを待ってくれているという、トモと小鳥。
僕は、本当に、友達に恵まれたのかもしれない。
「じゃあ、できるだけ早く済ませるようにするよ」
そう言って僕は教室を出て行った。
僕としてはどうでもいい、真実とやらを知りに。
指定された場所は、視聴覚室だった。
学内で五本の指に入るほど使用されない教室。昨日君代先生と、タマミさんに偶然出会った教室。そして……彼女が事故を起こした教室。
僕が視聴覚室の扉を開けると、そこには既に君代先生が机の上に座っていた。
「遅いよ、綾瀬。何で私のクラスの生徒なのに私よりも遅いんだ?」
「無茶言わないで下さいよ。君代先生はホームルームが終了したら、すぐ教室を出て行ったじゃないですか。こっちは小鳥にこれから君代先生と話をすることを言わなきゃいけなかったんです。そのタイムロスぐらい許してくださいよ」
「そんな言い訳なんてしなくても、小宮山はきっと許してくれるぞ」
「そうでしょうけど、それはそれでいろいろと面倒なんですよ」
「そうか、まあいいや。私もどうせ一、二分しか待ってないしな」
全然時間差がなかったりする。
そのくせ時間のことを愚痴愚痴言うなんて、君代先生は本当に人が悪い。
ゴン。
「っつ。思想の自由は法律で認められているはずですけど?」
「私の法典ではそんなものはない。ってこのやりとり昨日もやったな」
全く、僕も飽きずによく考えるよ。
さて挨拶はこれぐらいにしておこうか。
「さて、綾瀬。挨拶はこれぐらいにして……」
どうやら君代先生も同じことを考えていたようだ。
「挨拶で殴られたんじゃ、僕の身体が持ちませんけど」
「お前の身体のことなんて、私は知らないしどうでもいいよ」
それはそうだ。
僕が痛かろうがなんだろうが、君代先生には何ら影響は無いのだ。
「まさかね……一日で解いてくるとは正直思わなかったよ」
「正確には土曜と日曜に調査をしているから三日なんですけどね」
「でもその二日は、全く情報が得られなかったんだろ?」
「ええ。意味の無い二日間でした」
犯人探しをするという意味では、だが。
「それなら一日で解いたと言ってもおかしくはないだろ?」
「おかしいですよ。僕のやる気がなかったにせよ、調査は土曜から始めたんです。それで何の情報を得られなかったにせよ、僕らは土曜から動き出した。だから三日でいいんですよ」
「ふん。まあ日にちなんてどうでもいい話か。そう長々と話をしてもなんだからな。いいよ。昨日言ったとおり教えてやるよ」
「川瀬さんの最後に思ったこと、ですか?」
「そうだ。お前はそれが聞きたくてここに来たんだろ?」
「確かにですね、それも知りたいのですが……それ以上に知りたいことがいくつかあります」
「?何だよ、それ?」
「今回の事件で納得がいかないことですよ」
今回の事件……僕は納得がいかないことばかりだ。
事件を解いたと君代先生は言うが、僕は犯人を見つけただけで事件など解いてはいない。
僕はこの事件の真実が何一つわかっていない。
その真実は今の僕にはどうでもいいことなのだけど、わからないことというのは僕は好きではないので、おそらく真実を知っているであろう君代先生に訊くことにしたのだ。
「納得がいかないこと?そんなものがあるのか?」
「ありますよ。納得がいかないことだらけです。そうですね……まずトモの能力でしょうか?」
「……何だ?風間から聞いていなかったのか?」
「聞いてないですよ。やっぱりおかしいんですよ。説明がつかない。トモには異常者がわかる能力がある。『共振』とトモは言っていました。その能力があることは僕も認めます。トモが僕を異常者だと判断したのはその能力があったからでしょう。だから認めます。だけど、それならば何故マカベ君が犯人だと、異常者であるとわからなかったのか?それがわからないんです」
トモはマカベ君が異常者であるとわからなかった。だからファニーボムを取り付けられたし、木村先輩が犯人じゃないかと疑った。
僕を異常者であると見破った以上『共振』の能力は嘘ではないと思う。だが、それなら何故マカベ君の接近を許した。
それがわからない。
「私は言ったはずだ。お前と風間の相性は最悪だと」
「聞きましたよ」
「それが答えだよ。風間の『共振』がどんな能力か、聞いたことはあるか?」
「聞きましたけど、いまいち理解できませんでした」
「ふん。まあ、あいつは説明がうまくないしな。風間の『共振』は異常者特有の波を察知するもの。私もその力があるわけじゃないから説明は難しいんだが、水面を思い浮かべろ。何もない水面だ。波紋も何一つ立っていない水面、静かな水面。思い浮かべたか?何もしなければその水面は動かない。つまり異常者じゃない人間ならそれは何にも反応はしない。そこに異常者が存在すると、波が立つ。どれぐらいの波かは異常具合によるんだとか。まあともかく波が立つ」
「そんなようなことをトモは言ってましたね」
それから僕が異常も異常と言っていた気がする。
「綾瀬、言っとくぞ。お前は異常者だ。しかも飛びっきりの」
「それ、昨日も言ってませんでした?」
「風間が言うにはな、お前の波は大きすぎるらしい。それは、他の異常者が察知できないほど大きいんだそうだ」
「……それでマカベ君が異常者であるとわからなかったと?」
「そうだろうさ」
「まだ、納得いきませんね」
「はぁ?まだ納得いかないのか?」
「トモと僕が最初に出会ったとき、トモは僕以外の異常者が大体調べたと言っているんです。つまり僕は東北宮にはもう犯人はいないと思っていました。まあ、それは最初だけですけど。それと、トモとマカベ君が接触したとき、僕は視聴覚室にいてトモの近くにはいなかった。それなのに何故トモはマカベ君が異常者だとわからなかったのですか?」
「質問をふたつもするなよ。答えるほうが面倒くさくなるだろ」
「すいません」
「まず後者の方から。昨日風間が気付かなかった理由、そんなものは簡単だ。それだけお前が異常だってことだ。ここから教室程度の距離じゃ、お前の異常具合は察知できたんだろう。だから気付かなかった。それだけさ」
「それだけですか?」
「それだけだ。綾瀬……これから風間とお前がこういうように事件を解決しなければならない時が来るかもしれない。その時は覚えておくんだな。風間の能力は戦闘能力以外は当てにはならないってね」
「僕はもう二度と御免なんですけど……」
「それでも、そういう未来があるかもしれないだろ?」
お断りしたい未来だなぁ、それ。
トモと一緒にいるのはいいけれど、もう探偵まがいのことは勘弁してほしい。
いや、本当に。
「それで、前者の方は?」
「真壁が異常者、つまり能力が使えるようになったのはつい最近だ」
「そうだったんですか?」
「そうだ。おそらく一週間ぐらい……いやもうちょっと前かな?ともかくそれぐらいから真壁は能力が使えるようになった」
「能力っていうのは後天的に使えるようになるものなんですか」
生まれつきそういうものがついているのかと思った。
あ、でも僕の殺意視認も後天的能力だった。
「確かに生まれつき使える奴もいるし、訓練して使えるようになる奴もいる」
「訓練すれば出来るんですか?」
それは、何て恐ろしいことなんだろう。
「誰もが出来るわけじゃない。才能がある奴しかできないよ。風間の戦闘用の能力だって、あれは訓練の賜物なんだから」
「あれもそうなんですか」
あんな殺意がわらわら出て来たら、本当にこの世界に居たくなくなるね。
「真壁の奴のは、そのどっちでもない。境遇が起こしたものというか、そんな感じだ」
「境遇?」
「そう。ごく稀に自分にとって非常にショックな出来事が起こると、能力が使えるようになる奴がいるんだ。真壁のはそれだった」
非常にショックなこと?
一週間前……そうか、そういうことか。
「風間が調べたのは入学当時に異常者だった者だけだったんだろう?だから真壁は引っかからなかった。そして大きな波の異常者が近くにいて、真壁が異常者になったこともわからなかった」
「そう、ですか」
なるほどね。
これで、トモがわからなかった理由が理解できた。
「しかし、綾瀬。お前はそんなことが聞きたかったのか?」
「いえ、今のはジャブ程度の質問だと思ってください。これからが本番です」
そう、僕が聞きたかったのはそんなことじゃない。
いや、今の聞いたことも聞きたかったのだけど、まあそれ以上に聞きたいことがまだあるのだ。
結局、昨日彼はそのことについて教えてくれなかったわけだし。
「マカベ君は、どうして八重樫先生を殺したんですか?」
僕がその質問をすると君代先生はため息を一つついた。
そしてうんざりした様子で、言った。
「綾瀬……お前自分がわかっていることを聞くなよな?」
僕は、この事件について何一つわかっちゃいない。わからないうちにあの場を引き揚げたのだから。
だが、
「君代先生。勘違いしているかもしれないですけど、僕はこの事件のことについて何一つわかっていないんですよ。いえ、一つだけわかっていますけど、それはマカベ君が犯人だと言うことだけですよ」
「嘘付け」
「本当ですよ。ただし推測はしています。多分そうなんだろうなと、事件の真相について推測はしています。ただ、僕にはそれが当たっているか確かめる術が君代先生に聞くしかなくてですね……」
「はいはい。答えればいいんだろ。たく、多分お前が思っているとおりだが」
「はい」
「川瀬を殺したのは、八重樫だ」
「そうですか」
やはりそうか。いや、正確には違うのだろうけど……
「正確には違うんだけどな。まあ八重樫が殺したのと同じようなものだ。どうだ?推測どおりだったか?」
「推測どおりといえば推測どおりですけど。違うといえば違いますね」
「訳わからないことを言うな。全く……それでそのときの状況を知りたいか?」
「できれば」
「私もできればこの話は避けたい。思い出すだけでむかつくからね。それでも綾瀬が聞きたいなら話してやるけど」
「お願いします」
「聞いてて気分がよくなる話じゃないよ。川瀬がここで倒れたっていう話は知っているよな?」
「はい。聞きました」
君代先生から、そして川瀬さんのお母さんから。
「川瀬を視聴覚室に呼んだのは八重樫だ」
「……」
「呼び出した理由はこうだ。『休みがちな生徒であるので進路相談をしようと呼び出した』。しかし実際には違う。川瀬に乱暴をしようとしたんだ。川瀬は身体が弱いし、あまり学校には来ないし、どうにでもなると考えたらしい」
「どうしてそこまでわかるんですか?」
「『残念感知』でね。桜守から聞いた」
「そんなに詳しくわかるものなんですか?」
「わかる場所だったってことさ。ここは滅多に使用される教室じゃないから、人の思念はあまりなかった。強い思念はその時のものぐらいだった」
『残念感知』か……
そこまでわかるなんて、脅威であると思う。
わかることがいいのか、悪いのか……結局僕にはわからないけど。
「だけど、それは至らなかった。八重樫が迫った直後に川瀬はバランスを崩し、そして頭をぶつけて意識をなくした」
「……」
「八重樫はこのとき嘘をついた。自分が視聴覚室を偶然通りかかったら物音がして、見たら川瀬が倒れていたと。だから、私は気付かなかった。くそ!気付いていたら私が殺してやったのに!!」
君代先生は本当に悔しそうに言った。
それは生徒を思って出た発言なのか、それとも八重樫先生がむかついたから出た発言なのか、今の僕にはわからなかった。
「どういう経緯かわからないけど、その事実が真壁の耳にも入って、そして真壁は八重樫を殺した」
「そうだったんですか」
「ふん。あまり驚かないところをみるとこれも大体は推測済みだってことか?」
「どうでしょうね」
「綾瀬……お前今回の事件、推測でいいからどの段階で解いていたんだ?」
「そうですね……マカベ君が怪しいと思ったのは一昨日、川瀬さんの家にお悔みに行ったときです。僕はそのとき殺意を見る気はなかったのですが、でもわかりました。彼が僕を殺そうとしたことが」
「そうか」
「理由はわからなかった。だけど、あれほどの殺意……僕に向けたことはなかったですから、何かあったと思いました。それで、昨日の君代先生との会話で、さらに推測ですけど、確信しました」
「あ?何でだ?」
「過剰すぎたんです。君代先生の反応が。君代先生言いましたよね?確か『川瀬ミコを知っているか』と。僕は彼女と中学が一緒だったから、『知っています』と応えた。すると先生は『どうして知った』と言った。これはおかしい。どうして知った?どういう経緯で知った?という意味だ。先生は僕らが八重樫先生の事件を追っていることを知っている。そしてこの時先生は勘違いしたんだ。僕らは事件の真相に触れているんじゃないかと。だから聞いた。『どういう経緯でそれを知った?八重樫と川瀬の事件の関連性にもう気付いたのか?』とね」
「あちゃー。それは失言だったなぁ。わからないように聞いたつもりだったんだけどね」
「よって、僕は推測ですけど八重樫先生と川瀬さんの事件は何か関連があるのでは、と考えました」
「はん。お前のその推察力には恐れ入るよ。しかしそれだけ推測していたのに少し手際が悪かったな」
「そうですね」
僕が今まで話したのは所詮は推測だ。事実と確信するには至らなかった。
至らなかったから、僕は犯人を待った。
推測できていたが、犯人を待った。
それが一番確実な方法だとわかっていたから。
「……マカベ君は、どうやってこの事を知ったんでしょうか?」
「それはわからない。直接八重樫に聞きに行ったのか……」
そう言えば木村先輩が事件の起こった日に八重樫先生を訪ねる生徒を見たと言っていた。あれはマカベ君だったのだろうか?
今では確かめる術がないけれど。
「しかし、八重樫先生がそんなに簡単に口を開くでしょうか?」
「さあな。開いたかもしれないし、開かなかったかもしれない。真壁だってもしかしたら聞きに行った時点で犯人を八重樫と断定していたかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「……曖昧なことを言いますね」
「お前を真似てみたんだよ」
失礼な。僕はそんな曖昧に物事を済まそうとすることなど、あまりない。
「とにかく、今回の事件……動機は復讐だな。真壁が、川瀬を殺した八重樫を殺した。それだけのことだ」
「そうですね」
結局、彼は最後まで八重樫先生をむかついたから殺したと僕に言ったけれど、本当のところはそうなのだろう。
彼にとって、川瀬さんとは全てだったのだ。
僕は彼がどれだけ川瀬さんとの時間を過ごしたかは知らない。そんなことには興味がない。
ただ川瀬さんが死んで、その現実を直視していないマカベ君を見てそう思った。
彼にとっては川瀬さんが全てだった。だから川瀬さんが死んだ後も、川瀬さんのために彼は動いた。
それが、彼女が望んでいたことかどうかは別にして、彼は彼女のために動いた。
美しいと思うか?この一途な行動が?
いや、僕はそう思わない。
醜悪だ。見るに堪えない。
「綾瀬……お前はこの事件どう思った?」
「はい?」
「仮にも知り合いが起こした事件だ。何か思ったことはないのか?」
「そうですね……僕にしては珍しくあるんですが」
「ほう」
「マカベ君が何もしなければ、僕はあの土日にいつも通りに過ごすことができたのに」
「……」
「姉さんから攻撃を受けることもなかったのに……それだけですよ」
「……くくく、ははは。それだけか?」
「はい」
「流石綾瀬だ。いい具合に狂っている」
「それはどうも」
僕にとってはもうどうでもいいことだ。
マカベ君がどうして八重樫先生を殺したのかも、真相がわかればそれ以上はどうでもいい。それから何か思うなんてことはない。
「いや、私はね綾瀬ほどは狂ってないから、この事件に共感できると思ったんだ」
「できませんよ」
「おいおい。仮にも好きな人が殺されたんだ。その犯人を殺したいと思うのは人間として当然の心理だろ?思わなきゃ人間じゃない」
「そうですね。人間ならそう考えるかもしれません」
僕も一年前ならそう思っただろうか?
一年前に同じように川瀬さんが殺されたら、僕も犯人を殺そうと思っただろうか?
いや、その答えはもう出ている。
「でもね、先生。僕には殺意が見える。うんざりするほど見える。そいつは普段は何の悪意もないようにふわふわ浮いているだけなのに、突然人を攻撃する。その様が見える。だからね僕には人がどのような理由で人を殺したくなるかわかるんです。だから、僕にはその気持ちがわからない。本当に脈絡なく殺意を向けてくる人だっている。そうじゃない人もいる。だからわからない。人の気持ちなんてね、わからないんです」
「真壁の気持ちもか?」
「もちろんですね。川瀬さんのための殺人だったわけですけど、川瀬さんはもう死んでいるんです。八重樫先生を殺したところで生き返るわけじゃない。それを知っていて、殺す。ただ憎いから殺す。僕にはわからないですね」
「確かに生き返るわけじゃない。だが、その人間を許せないと考えることが普通じゃないか?」
「人を許す?許さない?その考えこそ、おこがましいものですよ」
「おこがましいか?」
「おこがましいですね」
「昨日、真壁に許さないと言った人間の言葉か、それ」
はぁ、そういう細かい情報はどこから仕入れてくるのだろうか?
また『残念感知』なのだろうか?
「あれはですね、嘘です」
「嘘って……」
「僕の中で彼を許すも許さないもなかった。トモが傷つけられそうになったのは頭にくるけれど、しかし結果的に傷つかなかったから別にどうでも良かった。ただですね、彼が自分を許していなかった。いや、そのこと事態に気付こうとすらしていなかった。頑なにその事実から目をそむけ聞こえないようにしていた。だけど、それはいつかは気づくこと。だから、先に教えてあげたんですよ。わかりやすくまず僕が彼を許さないことを教え、まあ嘘ですけど。そして自分が自分を許しているのかどうかを聞いた。彼女のためだけに人を殺した自分を許せるのか聞いたんです」
「それが、どんなことになるのか、考えなかったのか?」
「遅いか早いか、だけですよ。いずれは気付くんです。人が生きていく時間は異常に長いですから、気付かないわけがないんです」
「……なるほどね」
僕は誰も許すも許さないも……しない。
マカベ君もそうだし、八重樫先生もそうだ。
許すから、殺さない?許さないから、殺す?
そんな感情おこがましい。おこがましいだけだ。
「真壁がその後どうなったのか、知りたくないか?」
「どうでもいいですけど」
「私が保護した」
「そうですか」
「間一髪とはこのことを言うんだろうね。真壁は私達が現場に居合わせたとき自殺をしようとしていた」
「はあ、そうですか」
「……自分で爆弾を生成してね、あと一秒でも遅れたら、奴は死んでいたよ。精神崩壊一歩手前だ。記憶をいじってなんとか普通に登校させたけどね」
「そんなこともできるんですか?」
記憶をいじるなんて、まるで悪の秘密結社だな。
改造手術もやっていたりして。
「私はね、こいつをこんなにするまで何をしたんだと思ったよ。そして、これをやった奴に恐怖したね」
「やったのは僕ですけど」
「正直に言おう。私はね綾瀬、あんたが怖い」
「……」
「殺意が見えるだけ、だから私は綾瀬をそんなに重要視していなかった。戦闘力では私の方が断然上だしね。怖くなかった。だけど今は……人間味がないあんたが怖い。感情がないようなあんたが怖い。何も思わないあんたが怖い。あんなことを平然とやるあんたが怖い。綾瀬が……怖い」
「大げさですよ」
「そうかな?本当にそうならいい。だけどね、私もあちらの『住人』だからどうしても考えてしまうんだ。つまり」
「……」
「綾瀬が敵になったことを」
「……」
「人間真っ当に生きている者などそう多くない。綾瀬ぐらいの年ならば、そんな人間いやしない。自分の今までの人生に何一つ汚点がないやつなんていやしないんだ。それなのに……その汚点を掘り返し、それを本人につきつける奴がいる。それがどんなにつらいことか……綾瀬、今回お前がやったことはそういうことだよ」
「そうですか」
「私は……いつかあんたに壊されそうで怖い。だから、そうなる前に……」
君代先生が僕を睨んだ。
僕は……
「綾瀬……あんたを殺そうと思う」
その言葉に、僕は……
僕は、表情一つ変えずに、言った。
「そうですか」
「……はぁ。私の殺意はおそらくお前に向いていると思うんだが」
「そのようですね」
眼鏡をかけているからわからないけど。
「何の反応もないんだな」
「何てこと、ないですよ。昨日と同じやりとりですから。君代先生が演技をしていることぐらい僕にもわかる」
そう、それは昨日と全く同じもの。
だから僕は表情一つ変えない。
これが本気だったら、僕は一目散にこの視聴覚室から出て行くね。あのトモと初めて会った時のように。
「ふん。つまらない。いじりがいのない奴だ。アホ、バーか」
悔しいのか、君代先生は子供のようなことを言う。
やれやれ。
「それじゃあ、僕はもう行きますね」
「あれ?もう行くのか?つれないなぁ、もう少し付き合っていけよ」
「トモと小鳥が待っているもので」
「そうか……と、ちょっと待て」
「はい?」
「川瀬が最後に何を思ったか、まだ言っていなかったな」
「あぁ、そうでしたね」
僕はそこまで興味があるわけじゃなかったが、一応聞くことにした。
「そんなに良いものじゃないよ。ただ『正直に生きたかった』。それだけだ」
「そうですか」
「それじゃあな、綾瀬。また明日。どうかお前が私の敵にならないことを」
「その言葉そっくりそのままお返ししますよ」
僕は、視聴覚室を、後にした。
放課後、皆が帰宅する時間。
僕は必ずその時間は眼鏡をかけている。
僕には人の殺意が見える。うんざりするほど見える。
前から、二人組みの女の子が歩いてきた。
何の悪意を持っていないかのような彼女たちでも、それは持っている。
眼鏡をずらせば、僕にはそれが見える。
人は時にそれを使い、人を傷つける。
しかし、傷つけた人も傷つけられた人もそれはわからない。
僕だけがわかる。僕だけしかわからない。
僕は人の殺意が怖い。僕は人が怖い。
あれを平然と向けてくる人が怖い。あれを向けられて平然としている人の神経がわからない。
鈍感だ。人は鈍感だ。
自分がどれだけ人を傷つけるかなんて、まるでわかっていない。
自分が人からどれだけ傷つけられたか、まるでわかっていない。
だから、人は会話が出来、触れ合うことが出来、友達が出来るのだろう。
僕は人が怖い。
だけど、彼女たちなら……トモと小鳥なら、僕は怖くないかもしれない。
まだわからない。僕たちはまだ始まったばかりだから。
まだわからない。
だけど……
僕は、前から歩いてきた二人組みの女の子、トモと小鳥に声をかけた。




