仲間の故郷編第7話 純白の聖女
「ここが魔法陣が描いてあった小屋だよ。“まじょさん”に消されちゃったんだけどね」
私はエマに連れられて、村を見て回っていた。
ヴェラットとレオは村の人に頼まれて魔物討伐、カイは孤児院で休んでいる。先ほど明かされた自身の過去を受け止めきれていないのだろう。
エマが案内したのは“まじょさん”こと森の魔女に会うために、幼少期のエマが利用した小屋だ。
長年誰も住んでいないのか、小屋は朽ち果て壁の一部が剥がれていた。転移魔法陣も見当たらないし、ここから国外に行けたとは到底思えない。
「どうしていつ崩壊してもおかしくない小屋に入ったの?」
「前はそこまでひどくなかったんだよ」
一歩足を踏み入れただけで床が抜けた。
どうして村の人達はこの建物を残しているのだろう。エマのような好奇心旺盛な子どもが度胸試しに入る可能性もあるのに。
「前、村の長老さんに聞いたことがあるんだけど、この建物は魔女のものなんだって」
「魔女?」
「近くに魔女のお貴族様が住んでて、いざというときの隠れ家? 避難経路? みたいなことを言ってた気がする」
「……それ、カイも聞いてた?」
「ううん、聞いてないと思うよ?」
どうしてそんなこと聞くの? とエマが不思議そうに首を傾げる。
カイの方がより正確な情報を持っていると思っただけだ。エマの記憶力を疑っているわけではない。
「魔女がお怒りになるかもしれないから、小屋は壊さずにそのまま残してあるんだって。いつの時代からあるのか誰も知らない建物だよ」
その魔女が今も生きているなら、小屋が朽ち果てるまで放置しないだろう。それとも、もう必要ないのだろうか。
エマから小屋と魔女の話を聞いた私は孤児院に戻ることにした。日が傾いてきたし、そろそろ魔物討伐組が帰ってくる頃だ。
「あ、母さんの作るシチューの匂いだ」
風に乗って漂ってきた香りに、エマが早歩きになる。いつもと変わらないその軽快さに少し疑問を覚えた。
「エマは何とも思わないの?」
「ん、何が?」
「自分の過去、両親がもうこの世にいない可能性を知ったこと」
「うーん、全くと言ったら嘘になるけど、そこまで思い悩むことじゃないかな」
エマが立ち止まり、こちらを振り向いて笑みを浮かべた。
「だって両親の顔なんて覚えてないし、孤児院に預けられたからみんなに会うことができたんだよ? みんなと冒険するのがとっても楽しいから、あたしは自分がかわいそうだなんて思ったことは一度もないよ」
眩しい笑顔。彼女はどうして前向きでいられるのだろう。笑い方も忘れた私には無理だ。
「さ、早く帰ろうよ! 母さんの料理はとっても美味しいからね!」
「……ん」
孤児院に戻るともうほとんどの子が席についていて、私達が座るのを待っている。
テレージアが長机の短い辺の席に座り、手を合わせた。
「大陸に光を取り戻した純白の聖女に感謝して、この食事をいただきます」
「いただきます!」
エマとカイとレオは子ども達と一緒に言ったけれど、私とヴェラットはテレージアの言葉に驚いて思わず凝視してしまった。
「マダム、純白の聖女とは……?」
「その話をしていてはお料理が冷めてしまうわ。食べ終わってからにしましょう」
テーブルには野菜がたっぷり入ったシチューや卵料理などが置かれている。どれも美味しくて、どこか懐かしい味がした。
私はこの孤児院出身ではないのに。エマの料理と似ているからだろうか。
夕食を食べて後片付けも済ませたら、私達は再び孤児院長の部屋に集まった。
「純白の聖女とはなんだ? 大陸に光を取り戻した英雄は魔女ではなかったのか?」
昔話では、災厄の魔女が生み出した闇を打ち払ったとされるのは白の魔女または放浪の魔女だ。放浪の魔女は偽物という意見はあるけれど、聖女と呼ばれる存在はなかったはずだ。
私とヴェラットの疑問にテレージアが答える。
「えぇ、魔女よ。でも、英雄であっても魔女に感謝の祈りを捧げてもいいのかしら?」
テレージアは続ける。
「魔女の話は禁忌の時代もあったし、依然として魔女は悪という印象が強い。だから、魔女信仰と思われないように聖女と呼ぶようになったと聞いたことがあるわ」
魔女は悪だから食前の祈りに相応しくない。
それは端的かつ的確な回答だった。
「この地域では六百年以上前に、闇を打ち払った後の英雄を目撃した情報がいくつも残っているわ。隣村には英雄がかつて住んでいた館があるとかないとか。真偽のほどは定かではないけれど、気になるなら探してみてはいかが?」
魔女で唯一光魔法を操り、災厄を退けたとされる英雄。当時は二つ名もなかったから情報は少ない。
英雄と同じく光魔法の使い手である白の魔女。
災厄を討伐後に各地を旅する姿を目撃されたことからその名がつけられた放浪の魔女。
どちらが英雄なのだろう。それとも、同一人物なのだろうか。どちらも英雄でない可能性もある。
謎が多いけれど、答えを知る人はここにいない。
孤児院で一泊した私達は、次なる目的地へ向かう。
「母さん、そろそろ出発するね」
「まぁ、時間が経つのは早いわね。もう少しゆっくりしていってもいいのよ?」
「今、仲間の故郷を巡ってる最中なの。それに、ソフィがあたし達と会う前のことを覚えてないみたいで、ソフィと出会った場所に行けば何か思い出すんじゃないかなって」
「そうなのね。気をつけていってらっしゃい」
「うん、またね母さん!」
テレージアに別れを告げて、私達はベルーナ村の隣村であるクノール村を目指した。
そこはレオの出身地で、私がエマ達と出会った場所だ。




