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53.閑話 二人の親

 白の魔女が闇を払ったときには既に、災厄の魔女はどこにもいなかった。

 ソフィを転移魔法で送ったわたし、森の魔女ことエリザベートは、項垂れている白の魔女に目を向ける。ソフィに言われたことを気にしているのだろうか。


「娘に突き放されて辛いのかな?」

「……そうですね。一緒にいることができなかったので、どのように接すればいいのか……」


 顎に手を当てて呟く白の魔女だけど、違和感に気づいたのか顔を上げた。


「待ってください。いつわたくしがソフィの親だと言いましたか?」

「言ってないけど、あなたのソフィを見る目を見れば何となくわかるよ」


 ソフィの安否を心配する顔、彼女を守るため果敢に災厄の魔女に挑む姿、何より慈愛に満ちたあの眼差し。

 自分に母親の記憶はないけれど、もしもいたら白の魔女と同じ表情をするかもしれない。


「あと、ソフィは災厄の孫だ。つまり、七魔女の娘になる。それにあなたには姉が六人いるらしいね?」

「……はい」

「それは七魔女の末っ子である証だよ。七魔女のうち長女に子どもがいるとは思えないし、他は亡くなった。あなた以外はね」


 長女である孤島の賢者は大陸から少し離れた島に閉じ込められた魔女だ。

 女と扱われるのが嫌らしく、賢者と名乗っている。魔女を観察するのを趣味とする変わり者だ。


「でも、不思議なんだよね。あなたからは全くと言っていいほど魔女の気配を感じない。でも魔力の波形は魔女そのものだ。白の魔女、あなたはいったい何者なのかな?」

「……」


 少し考える素振りを見せた後、白の魔女は真っ直ぐわたしを見た。


「おっしゃる通り、わたくしは災厄の魔女の七女、名をアテナと申します。なぜ魔女の気配を感じないのか、それはわたくしの本当の姿をご覧になればおわかりいただけるでしょう」


 白の魔女が光に包まれて姿が見えなくなる。光が弱まったとき、彼女の容姿は様変わりしていた。

 その予想外の姿に、わたしは呼吸を忘れて見惚れた。再び光が差して元の姿に戻ると、はっとして息を吸う。一瞬時が止まったかのように感じられた。


「あれがわたくしの本当の姿です」

「……だから『白』、か」


 魔女の象徴たる黒ではなく、白と名付けられたのは闇の対極にある光を操れるのは勿論、あの姿も理由の一つだろう。むしろ、後者が二つ名の由来に違いない。


「わたくしは黒ではなく白として生まれたため、魔女の力が始めから弱いようです。ですから、気配もさほど感じないのでしょう」

「……あの姿はどれだけの人が知ってるの?」

「わたくしが自らの意思で明かしたのはこれで五人目です。……お一人は記憶に残っていないと思いますが」


 白の魔女の寂しげで申し訳なさそうな顔を見れば、それがソフィなのは何となくわかった。サシャ――波間の魔女アレクサンドラの手紙によると、ソフィは記憶を失ったままらしい。

 故意かどうかは知らないけど、転移魔法を使って見知らぬ土地に移動したのだ。気が動転して魔力暴走を起こしてもおかしくない。命があっただけましと思える状況である。


「魔女の気配が弱い理由はおわかりいただけたでしょうか?」

「だいたいね。でも、ソフィを預かった身としてどうしても聞いておきたいことがあるんだ」

「……何でしょう」


 白の魔女の顔が少し強張る。


「どうしてソフィ……ソフィアをわたしに託すという形で捨てたのかな? そのせいでソフィは二度も親に捨てられたと勘違いしたんだよ」


 一度目は実の母親である白の魔女。二度目は育ての親であるわたし。

 後者はソフィ自身が転移魔法を使って迷子になったからと理由が明らかになったけど、前者はどう説明するのだろうか。


「……ソフィアをあなたに預けたことは申し訳なく思っています。しかし、あのときはそうするしかありませんでした。災厄の魔女と戦いながらソフィアを守ることは難しく、信頼できる人に護衛を任せたかったのです」

「それがわたしなんだね?」


 わたしが聞くと白の魔女は「はい」と頷いた。


「でも、初めて会ったばかりのわたしをどうして信頼できると思ったんだい?」

「それは、あなたがわたくしの姉の子孫だからです」

「えっと、六番目の姉だから更地の魔女のことかな?」

「はい」


 思わず視線を荒れ地に向ける。乾ききった大地には草木が生えず、生き物も寄りつかない。そもそも大地や大気中に含まれるはずの魔力をほとんど感じなかった。

 魔力がなければそれを食べる精霊もいない。精霊がいなければ自然は生まれない。


 このような地になったのは、六百年以上前に災厄の魔女と更地の魔女の間で激しい戦いがあったからだといわれている。


「お姉様は四大属性全ての精霊を使役する精霊使いでした。森の魔女もお姉様同様、精霊を視ることができるのですよね?」

「あぁ」


 精霊を視ることはできるけど、わたしが簡単に力を借りられるのは土の精霊だけだ。

 綺麗な水場の近くなら水の精霊の、わたしの魔力で満ちた魔の森なら風の精霊の力を借りることはできる。

 けれど、火の精霊は相性の問題なのか一度も姿を現したことがないし、火魔法どころか普通の火をつけたことすらない。


 精霊は術者の魔力を求めて姿を現すから、精霊魔法はかなりの魔力を消費する。わたしは自分の領域である魔の森ですら二属性が限界なのに、四属性を一度に呼べて巧みに操る更地の魔女は素晴らしい。


「ありとあらゆる精霊の力を借り全力で戦った結果、魔力が尽き六百年以上経った今でも草木の生えない地になってしまったのです」

「この地の成り立ちはわかったけど、どうしてわたしを信頼したかの理由にはなってないよ」


 更地の魔女がいかに凄いのかは認めるけど、同じ精霊使いとしてはもっと自然を大切にしてほしいものだ。


「お姉様はわたくしの仇を討つために災厄の魔女と戦っただけであって、このような自然破壊を好む方ではありません。普段は温厚で、名もなき花々を愛する素敵な方です。守りの魔法を日々研究し、人間と魔女の融和を望んでいました」


 災厄の魔女が大陸を支配して魔女といえば悪が浸透していた時代に、融和を望み守りだけに専念することはてきたのだろうか。いや、守るためなら攻撃も辞さないだろう。


「あなたの顔と目の色を見て一目でわかりました、お姉様の血を引いた方だと。優しさが(にじ)み出ていて、人を傷つけるのを嫌う方だと。この人ならソフィアを守れるのではないかと思いました」

「……あなたが守り続けることはできなかったの?」

「無理ですね。わたくしは常に災厄の魔女に追われていましたから。愛する我が子を守りながら戦うのは大変難しいことです」


 確かにあれは誰かを守りながら戦うものじゃない。大切なものが絶対に安全と言い切れる場所にいてこそ本気を出せる相手だ。

 わたしも白の魔女の立場なら同じことをしただろうから、ソフィをわたしに託したことを責めることはできない。


 不意に白の魔女が一点を見つめる。わたしもその方角を見ながら大地に魔力を流して探っていると、谷の魔女と同等の魔力を持った人がいた。

 目視できる距離ではないはずなのに、静かにわたし達を見ている気がして、魔力を探るのを止める。


 驚いた様子の白の魔女と目が合う。最初に口を開いたのは彼女だ。


「こちらにも魔女がお住まいなのですね。あの戦い以降、この地に生者はいないものだと思っていました」

「わたしもだよ」

「早急に縄張りから立ち去った方がよろしいですね。では、わたくしは……」

「最後に、一つだけいいかな?」


 わたしは別れの挨拶を告げようとした白の魔女を呼び止める。


「どうして助けに来るのが遅れたのかな? ソフィが感情を乱すのは珍しいから、理由を教えてほしいんだ」


 白の魔女が助けに来ることを信じて疑わないソフィにも疑問が残るし、遅れた理由も知りたい。

 そう思って尋ねると、「逆にあなたならばどうしますか、森の魔女?」と質問返しをされた。


「災厄の魔女に操られた者が、目の前で無辜の民を襲おうとしています。ソフィアが助けを求める声を耳にしましたが、彼女を助けに行けば何も悪くない人が殺されて、操られただけの人が罪を背負うことになります。それでも愛する者を一番に救出すべきなのでしょうか」


 白の魔女が遭遇した場面に自分が出くわした場合を想像して、わたしはすぐに首を横に振った。


「いいや、目の前で困ってる人を無視できないよ。その場にいる人全員を眠らせてからソフィの救出に向かうね」


 魔女やエルフをも眠らす強力な香りを放つ花型の魔物を使えば、敵味方関係なく一瞬で眠りにつくだろう。

 その一瞬が命取りになる可能性は否定できないけど、手に届く範囲の人を助けないと一生心残りになるに違いない。


 わたしの回答に白の魔女が笑みを見せる。


「やはりあなたを信じて正解でした。これからもソフィアを見守り、必要とあらば手を貸しましょう。わたくし達はソフィアの親ですから」

「うん、二度と目を離したりしないよ」


 大切な我が子を守ると約束して、わたしと白の魔女は西の荒れ地から離れた。

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