港街編第26話 今後について
「皆、放浪の魔女、英雄呼び。でも違う。そんなんじゃない」
放浪の魔女は災厄の魔女が変装した姿で、災厄の魔女と戦った英雄ではない? 海の魔女はそう言いたいのだろうか。
常識が根本から崩れていく。誰もが知る大陸の歴史なのに、災厄の魔女は滅びていないし、放浪の魔女は英雄ではない。何を信じればいいのだろう。
「今言ったことは事実なの?」
「孤島の賢者、言ってた。事実かどうか、知らない」
「孤島の賢者?」
「孤島、私達、見てる。暇人」
「『は』とか『を』とかをつけて」
「孤島の賢者、は暇人」
「それはわかった」
「……」
それきり海の魔女は口を閉ざしてしまい、孤島の賢者が暇人であることしかわからなかった。
「街にいる魔女、確認とれた。帰って」
しばらくして口を開けたかと思えば追い出そうとしてくる。至近距離で泡を作る魔法を使われたら避ける術がない。
私は泡で身動きがとれないまま海上に顔を出す。波で砂浜まで運ばれて、泡が弾けた。
「ソフィ、大丈夫!?」
人が泡で運ばれて戻って来る一部始終を見ていたエマが、私の元へ駆け寄る。海の中に入ったのに、どこも濡れてないのを不思議がっていた。
「大丈夫。人魚に会っただけ」
「人魚!? やっぱりあの女の子が人魚なんだね!」
エマに嘘を吐くのは申し訳ないけれど、他に人がいる場で人魚伝説の正体を明かしたくない。知らないままでいるのが一番だ。人魚の正体も、魔女の本当の歴史も。
「あたしも海の楽園に招待されたかったなぁ」
「楽園?」
「人魚と魚達の隠れ家が海の底に眠ってるんだって!」
「……誰から聞いたの?」
「吟遊詩人!」
何より、エマの夢を潰したくない。冒険は未知が多ければ多いほど楽しいものだろう。
エマと一緒に宿屋に戻ったら、カイが部屋の前で待ち構えていた。
「おかえり、エマ、ソフィ。海は楽しめたかい?」
「あれ、どうして海に行ったことを知ってるの?」
「エマが行きたがる場所なんて簡単に想像できるよ。それより、今後についてヴェラットさんも交えて話したいんだけど、いいかい?」
「はーい!」
私達はカイ達男三人が泊まる部屋に集まった。
「ソフィも目覚めたし、フリートベルクにはそれなりに滞在したから、ソフィが回復次第王都に戻るのはどうかな?」
「はいはい! あたし、その前にマーク何とかに寄りたい!」
カイの提案にエマが挙手して要望を述べる。
「マークヴェストね。ロイス村から乗合馬車で行けますよね、ヴェラットさん?」
「あぁ、護衛を引き受けたら半額で乗れるだろう」
ロイス村はフリートベルクに向かう途中で訪れた村だ。マークヴェスト領南部に位置し、村なのに珍しく冒険者ギルドがある。フリートベルクから帰る途中に、ロイス村と領都を結ぶ定期便に乗ることになっていた。
ただ、私は高台の館に向かうときに一度馬車に乗ったし、マークヴェストの国境門から出た景色を知ってしまった。近くにドラゴンの住処があるとも聞いたし、あまり気乗りがしない。一人だけ別行動も嫌だからついていくけれど。
「マークヴェストに寄るのは確定として、その後はどうする? 同じ道のりが嫌なら西街道から王都に帰る方法があるけれど」
「西街道?」
「王都西門からマークヴェストの領都を結ぶ道だよ。グラッツェルに湖があっただろう?」
グラッツェルは南街道の途中にある子爵領だ。エマの友達で上級冒険者パーティー「鷲の爪」のサブリーダー、ヘルガがその街を活動拠点にしている。
「うん!」
「その北側を通る道なんだ。南街道と違ってドラッヘ山脈の側を通ってないから、比較的安全な道だよ」
「……本来は遠回りでも途中まで西街道を通ってフリートベルクを目指すのが一般的なやり方なのだが」
「あれ、そうだったの? ま、細かいことはいっか。無事に辿り着けたんだし」
ヴェラットの指摘にエマが首を傾げるも、終わった旅より次の旅の方が気になるようだ。
「せっかく王都に帰るんだから、その前にあたし達の故郷を訪ねてみるのはどうかな?」
「ベルーナ村のことかい? 確かに孤児院を抜け出してから一度も帰ってないね。今更冒険者を辞めろとは言われないだろうし、寄ってみるのもありか。レオも自分が生まれ育ったクノール村に帰りたいかい?」
長話は飽きると早々に部屋の隅で身体を動かしていたレオにカイが声をかけた。
「どっちでもいいぜ。あんま覚えてないしな」
それだけ言ってレオは運動を再開した。自分の故郷に興味関心はなさそうだ。
「ソフィの故郷はわからないままだし、ヴェラットさんは……」
「レヴィンならば既に行った。家族に冒険者をやっていることを明かすつもりはないし、行く必要はない。そもそも、何故俺がお前らと旅をする前提なのだ?」
ヴェラットとの約束はフリートベルクまで案内兼護衛をしてもらうこと。部屋が空いてないから今もカイやレオと同じ部屋で寝泊まりしているけれど、仲間ではないのだ。
「ねぇ、ラットさん。お願いがあるんだけど」
「却下だ」
「まだ言ってないのに!」
エマの頼みは内容を言う前に断られた。それでもこりずに彼女は誘う。
「狼の集いに入って、一緒に冒険しようよ」
「断る。俺は一人を好む」
「そう言わずにさぁ! ほんとは一緒に旅したいと思ってるんでしょ?」
「まさか。足手まといを庇いながらの旅を何故楽しめるのだ?」
「あ、足手まとい……」
「ここでは俺の目的を果たせなかったから、俺は俺の旅をする。お前らとはここでお別れだ」
ヴェラットが一人席を立つ。扉を開けようとして、不意に動きを止めた。
「あれ、ラットさん?」
エマが呼んでも無反応だ。しばらくすると、何事もなかったかのように振り返った。いや、眉間にシワが寄っている。どうしたのだろうか。
「先ほどの言葉は撤回だ。お前らの仲間に入れてくれないか?」
「え?」
急な方針転換に、私達は喜びよりも驚きが勝った。なんでだよ? と首を傾げるレオの前を通り、ヴェラットは私の側で腰を屈めた。
「谷の魔女からご命令だ。引き続きお前を監視し、必要とあらば助けろ、とな」




