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港街編第25話 人魚の正体

「前、みんなで海に行ったの覚えてる?」

「ん」

「あれからほとんど毎日海を見に行ったんだけど、一度も人魚に会えなかったんだ」


 海へと続くなだらかな坂を下りながら、エマの話を聞く。

 人魚に会えるのは何年かに一度と聞いたけれど、エマは一目見るだけでもいいと通い続けたようだ。


「どうしたら人魚に会えるのかなって色々考えて、ソフィを誘うことにしたの!」

「何で私?」

「うーん、何となく!」


 私と海で遊ぶ口実が欲しかったのだろうか。会うことは叶わないだろうけれど、本調子ではないし、宿屋でのんびり過ごすのも退屈だ。一日くらいは付き合ってあげよう。


「着いた!」


 夏の終わりが近づいているけれど、ビーチは相変わらず混雑している。浜辺で寝転がったり、砂の城を作ったり、裸足で押し寄せる波と戯れたり、海で泳いだり。楽しみ方は人それぞれだ。

 私達は泳ぐことができないので、靴を脱いで砂浜を歩いている。海の水を手につけて舐めたエマが「しょっぱいね」と顔をしかめた。


「冷たくて気持ちいいね、海。泳げたらもっといいんだけど」

「王都に泳げる場所がどこにもないのだから仕方ない」


 川や湖はフリートベルクに行く途中にあったけれど、濁っているか魔物の巣窟になっているかで遊泳禁止になっているのがほとんどだ。この海も沖合に出れば危険な魔物が出没するらしいし、泳ぎ方など知らなくて当然なのだ。


「砂はサラサラで綺麗だなぁ。海ってどうしてこんなにも魅力的なんだろうね?」

「知らない」

「わっ、あっちにカニ? がいるよ!」

「少し待って」


 そう言うや否や、エマは指差した方に駆け出してしまった。後を追おうとするけれど、足のだるさがまだ残っていて走ることができない。


「きゃあっ!」


 エマの歓声が悲鳴に変わる。疲れを訴える足に鞭を打って、彼女の元へ必死に走った。

 エマと向かい合っているのは、彼女の腰辺りの高さのある蟹だ。片方の鋏だけ極端に大きい。エマは警戒もせずに近寄ったけれど、どこからどう見ても魔物だ。


「土の槍」


 槍で甲羅に穴を開ける。魔法で遠隔操作しようとしたら、鋏で根元から断ち切られてしまった。先端は甲羅に埋まったままだけれど、蟹は気にした様子を見せずに大きな鋏で迫ってくる。


「海、帰る」


 誰かの声と共に、水の塊が飛んできた。水に飛ばされた蟹はしばらくひっくり返って目を回していたけれど、身体を起こすと海に入っていく。

 その様子を目で追っていると、海から頭を出す少女がいることに気がついた。


「あれってもしかして人魚!?」

「ほんとだ、人魚様だ!」

「こんなにも近くで見られるなんて珍しいな」


 エマの言葉に周りの人達も少女に気づいて歓声を上げる。けれど、私だけ息が詰まるような心地だった。


「……違う」


 あれは人魚なんかじゃない、魔女だ。

 波間の魔女と違ってはっきりと魔女の気配を感じる。この強さ、谷の魔女を上回る血の濃さかもしれない。


 少女から目を離せずに見つめ合っていると、彼女が先に動いた。海を手で弾いて水の球を飛ばす。真っ直ぐ私に向かってくるけれど、殺意を感じないのでそのまま受け止めた。

 水の球は私の手前で弾けて大きな泡になる。私を包み込み、宙に浮かせた。


「何この泡! ソフィを帰して!」


 エマが必死に泡を叩くけれど、泡は割れることなく空を目指す。エマの拳が空を切ったところで、少女の元へ吸い寄せられていった。少女が海に潜ると、私も泡ごと海に飛び込んだ。


「ソフィ!?」


 エマの悲鳴に似た声が聞こえたけれど、少女と泡はどんどん潜っていく。泡の中には水が入ってこず、空気も吸える。これがなければ溺れ死んでいただろう。少女に目を向けると、人間と同じ足が見えた。やはり人魚ではない。


 海底に沈んだ船の隙間から、少女と泡の中にいる私は船内に入る。少女が横倒しになった船の壁に立って、泡を消した。思わず手で口と鼻を押さえて息を止めたけれど、ここには水がなく、普通に呼吸ができるようだ。


「初めて見る顔。誰?」


 私の顔をまじまじと見つめて、少女は首を傾げる。それを聞きたいのは私もだ。


「ソフィ、二つ名はない。あなたこそ誰?」

「海の魔女。名前……忘れた」


 二つ名持ちの魔女だ。泡で私をここまで運ぶ魔法は見事だった。きっと強い魔女なのだろう。


「戦うつもり、ない。いとこ同士、話したいだけ」

「いとこ?」

「親、姉妹。祖母、災厄の魔女」


 海の魔女の話し方は断片的でわかりにくいけれど、親が兄弟姉妹で、祖父母が同じの人をいとこと呼ぶのだろうか。


「わたしの親、ニケ。初代山の魔女。あなたの親、は?」

「知らない」

「そう」


 災厄の魔女がアテナの子と言っていたけれど、信憑性に欠ける情報だ。あの人の言葉は嘘が溢れている。


「アテナという名前を聞いたことがある?」


 それでも可能性はゼロではないので、海の魔女に聞いてみると「ある」という答えが返ってきた。


「災厄の魔女、末女。二つ名なし」

「……災厄の魔女の、末女?」


 森の魔女が白の魔女は災厄の末女と言ってなかっただろうか。

 つまり、白の魔女はアテナで、私の母親?


 ……いや、アテナの子と言ったのは災厄の魔女だ。可能性があるだけで、信用してはいけない。


「災厄の魔女の末女には放浪の魔女という二つ名があるんじゃないの?」


 私がそう尋ねると、海の魔女は「違う」と一言だけ言った。しばらく間を開けて、言葉を付け足す。


「放浪の魔女、災厄、化けたもの」

「え?」

「幻影魔法、使った」

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