25.閑話 フリートベルクの守護者
わたくし、波間の魔女ことアレクサンドラはマークヴェスト候爵夫人とのお茶会を終えて、馬車で故郷のフリートベルクに帰る途中でした。
「……っ! 馬車を止めてちょうだい」
「は、はい。かしこまりました」
不意に国内であってはならない気配を感じ、わたくしは御者に呼びかけて馬車を停めてもらいます。後ろの窓から覗くと、冒険者らしき集団が見えました。
他の者は通り過ぎた馬車に興味を示していないのに、黒髪の少女だけが焦げ茶色の瞳でこちらを見ています。目が合ったような気がして、わたくしは走るよう指示を出しました。
「奥様、どうかなさいましたか?」
「何でもありませんわ。少し懐かしい気配を感じただけです」
「魔女の気配というものですかね」
「そんなところよ」
御者と会話する間も、先程の少女のことが頭から離れません。
一目見ただけでわかりました、彼女が魔女であることが。それも、わたくしのように百数十年しか生きられないような薄い血ではなく、谷の魔女を上回るほどの濃い血の持ち主です。見た目は十代前半なのに、それ以上の年を歩んできたような目つきと気配に、全身が震え上がる心地がしました。
きっとわたくしよりも長く生きた魔女なのでしょう。殺した人の数も両手では数えられないほど。冒険者のような装いも擬態に違いありません。
「おかえりなさいませ、奥様」
領都フリートベルクの高台にある館に馬車を停め、わたくしは建物の中に入りました。情報収集が得意な者を二階の執務室に呼び出し、ロイス村で見かけた少女の正体を探るよう命じます。
数日後、届いた報告書にわたくしは目を瞠りました。
「ソフィ、十四歳。中級冒険者パーティー『狼の集い』の土魔法使い。王都で冒険者登録し、今は南街道沿いを旅している……そのまま旅を続ければ、終点であるフリートベルクに辿り着きますわ」
領主の任から降りましたが、亡き父や今は遠い地にいる双子の妹とこの地を護る約束をしました。ソフィという魔女が街に災いをもたらす者かどうか見極めなければなりません。
その一方で、その名に聞き覚えがあることに気づきます。ありふれた名前ではありますが、魔女ソフィはほとんどいないでしょう。傾きかけた国が落ち着きを取り戻した頃、妹が棲む森に行ったあの日が脳裏をよぎります。
――あら、貴女に隠し子なんていたの?
――わたしの子じゃないよ。ソフィは親に捨てられたんだ。
妹は魔女の赤子を抱いていました。生後半年ほどで、丸みのある焦げ茶色の瞳が特徴的でした。
――大変だ、ソフィがどこにもいないんだ!
四年ほどの歳月が流れたある日、妹は血相を変えて高台の館に現れました。
――わたしが転移魔法を見せたせいだ。早く見つけないと、大惨事になりかねない。
――ソフィは魔女といえどまだ五歳よ。転移魔法のような高度なものは使えないのではなくって?
――サシャはソフィの凄さを知らないんだよ! あの子は谷の魔女よりも魔女の血が濃い。悪い子ではないけど、まだ魔力の扱いに慣れてないんだ。
よほど慌てているのか、ここで魔力感知を試みる妹の肩に手を置きました。
――落ち着いてちょうだい。転移魔法は一度行ったことのあるところにしか行けないのでしょう? 貴女がソフィと会った場所はどこかしら?
――国王直轄地南部のクノール村。でも、あそこは火事騒動で人を探せる状況じゃなかった。
――ソフィの魔力適性は?
わたくしがそう聞くと、妹は青ざめました。
――火だけど……まさか、ソフィがやったと言いたいの? そんなことする子じゃないよ。
――えぇ、わかっているわ。ですが、普段はやらない人でも混乱し魔力が暴走すればやってしまう可能性があることを、貴女は身をもって知っているでしょう。
――……。もう一度クノール村に行ってみる。
あの後クノール村では突然の豪雨が発生しましたが、ソフィが見つかることはありませんでした。手がかりがないまま九年が経ち、当時五歳だったソフィも成人である十五歳が近づいた頃でしょうか。
奇しくも名前も目の色も年齢も一致する魔女ソフィ、もしかすると本当に妹が育てた魔女かもしれません。
「奥様、狼の集いがランメルツの領都に到着したようです。ここフリートベルクに姿を現すのは確実かと。いかがなさいますか?」
先祖代々フリートベルク辺境伯家に仕えるカサンドラがわたくしに決断を求めます。報告書から顔を上げて、わたくしは答えました。
「街に受け入れて構いません。ただし、貴女を監視役に任命します。害がないと判断できたらこの館に招待してください」
「かしこまりました」
貴女が妹の養い子であろうとそうでなかろうと、悪しき魔女でない限りわたくし達は貴女を歓迎します。ここフリートベルクは先の魔女狩りで処刑されそうになった者が集まって発展した街ですから。




