19.ロイス村到着
「はぁ……はぁ……」
「もう追ってこねーよな?」
「二日連続で夜まで走り続けるのはさすがに疲れるね……」
ヴェラットがシュピオルクスの存在を感知して逃亡を繰り返すこと二日、私達は目的地であるロイス村に到着した。疲れ果ててエマとカイが道の端でへたり込んでしまう。
私も杖を支えにしなければ立っていられないほど疲労している。狼の集いで元気なのは、毎朝走り込みをしているレオくらいだろうか。
「マークヴェスト騎士団が守護する地に着いたからもう安全だ」
「中級冒険者のあなた達にはまだ早かったようね」
「どうして二人とも涼しい顔なの……」
元騎士で現在上級冒険者のヴェラットだけでなく、商人のベルタもそれほど疲労していないように見えるのは何故だろう。
「この程度の移動、日常茶飯事だ」
「よくマークヴェストからフリートベルクやグラッツェルまで往復しているからかしら」
「明日一日いっぱい休息日にするから、先に冒険者ギルドに行くぞ」
「待って……足がガクガクで歩けない」
立ち上がろうとして失敗したエマに、ベルタが手を差し伸べた。
「仕方がないわね、荷馬車に乗りなさい」
「いいの? 大切な商品が載ってるんじゃ……」
「あなたが商品を傷つけるようなことはしないでしょ。道中に寄った村で多少売れたから、一人分は座る余裕があるわ」
「ベルタさん、ありがと!」
エマが荷馬車に乗り込んで、私達は歩みを再会した。僕も限界なんだけど、というカイの言葉を無視して。
「そういえば、どうして逃げたの?」
「あ?」
ふと気になったことをヴェラットに聞くと、軽く睨まれた。不機嫌そうな雰囲気を無視して私は続きを言う。
「シュピオルクス、あなたなら身体強化を使えば問題なく倒せる相手だった。なのに、どうして逃げる選択をしたの?」
「……」
ヴェラットが足を止めて私をしっかりと見据える。聞かれたくないのかもしれないけれど、今後も行動を共にするならあそこでシュピオルクスを倒さなかった、いや倒せなかった理由を知りたい。
しばらく見つめ合っていると、ヴェラットが先に折れた。
「……あれは肉体への反動が大きいから、一日に三度が限界だ。初日はシュピオルクスと距離を詰めるのに一回、とどめを刺すのに一回使った。いざというときに最後の一回はとっておきたいものだろう」
「確かに」
「シュピオルクスがどれだけ潜んでいるかわからぬ上に、他の魔物もいた。だから逃げを選択したことは間違っていないと思っている」
これで納得か? と問われ、こくりと頷いた。カイは「そんな事情があったのか」と納得した様子だ。
「僕達はソフィと違って魔力の増減に気づけないから、いつ身体強化を使ったのかわかりませんでしたよ」
「ソフィの魔力感知に引っかからない魔物を発見できるのもすごいよね! どうして気づいたの?」
「魔力なら薄っすらとだが漂っていたぞ。そちらの魔力感知が鈍いだけだろう」
「むぅ……ソフィの魔力感知はすごいのにぃ」
むすっと頬を膨らませて抗議するエマ。彼女を無視してヴェラットは再び歩き出した。
「着いたぞ、冒険者ギルドだ」
「村なのにあるんだね」
今まで訪れた所は領都だったから、ギルドがあるのは当たり前だった。けれど、ここはロイス村。到着するまでにいくつもの村に立ち寄ったけれど、冒険者ギルドがあるところはなかった。
「南街道の宿場街だからな。領都マークヴェストやフリートベルク、グラッツェルと距離が近く、様々な物が集まりやすい。領都直通の乗合馬車もある」
「馬車! それってあたし達も乗れるの!?」
「安価だから乗れると思うが……エマは馬車に乗りたいのか?」
ヴェラットが意外そうな顔で聞くけれど、好奇心旺盛なエマが一度も乗ったことのない馬車に憧れを抱くのは自然のことだろう。
「もちろん、乗りたいに決まってるじゃない。お貴族様とか、お金持ちの人しか乗れないんだよ? ラットさんはそういうのに憧れとかないの?」
「……俺は日常的に乗っていた時期があるが」
「あっ……」
ヴェラットは元貴族、馬車に乗るのは当たり前だったから憧れを抱くことはないようだ。むしろ、あまりいい思い出がないように見える。
「そっか、そうだよね。馬車ってどんな感じなの? 快適な旅?」
「快適からは程遠いな。揺れがあって酔うことがあるし、数日乗ると身体中が痛くなる」
「……えーと、馬車はあんまり好きじゃない感じ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、乗合馬車に乗るのは諦めるよ」
エマの言葉にヴェラットが不思議そうな顔をした。
「何故諦める必要がある?」
「ラットさんが馬車好きじゃないから……」
「俺に合わせる必要はなかろう。フリートベルクに着けば別れるのだから、俺のいないところで馬車の乗り心地を確認すればよいだけだ」
「えっ? お別れ?」
エマも不思議そうな顔をする。
「案内はフリートベルクまでの約束だろう?」
「それはそうだけど……」
「俺はフリートベルクに用があるが、マークヴェストには用がない。お前らはフリートベルクの大自然を満喫すればよい。海を見るのが目標なのだろう?」
「うーん……」
エマはヴェラットとの旅がずっと続くものだと思っているのだろうか。利害が一致したから行動を共にしているだけで、仲間でもないのに。
誰かが手を叩く音にはっとして振り返ると、商人ベルタがいた。
「今後の話は食事の後でゆっくりすればいいんじゃないかしら。まずは護衛報酬を渡すわね」
「……依頼札に書かれていた額より高いですが、貰っても大丈夫ですか?」
「シュピオルクスから守ってくれたお礼よ。山脈の魔物は護衛任務の対象外だもの」
シュピオルクスは確かに危険な魔物だった。報酬の上乗せがあってもおかしくない。けれど、それを相手に活躍したのは私達ではない。
「そのお礼ならヴェラットさんの方に……」
「彼、お金に余裕があるからって受け取ってくれないの。だから、あなた達が受け取ってちょうだい。魔物から逃げつつ守ってくれたのは狼の集いも同じだから」
「……わかりました、ありがとうございます」
「あなた達のこと、応援しているわ。これからも頑張ってね」
「はい」
私達のどこを好いたのかわからないけれど、ベルタは「あなた達ならいつでも歓迎するわ。またどこかで会いましょう」と領都がある方へ歩いていった。




