南街道編第5話 山脈の魔物
男爵領アクスは少し冒険者ギルドに顔を出して護衛依頼を受けるだけにとどめ、依頼主の準備が整うとすぐに出発した。次はマークヴェスト候爵領にあるロイス村らしい。
「ロイス村まで護衛してくれるのは助かるけど、あなた達は領都に寄らなくていいの?」
護衛対象である商人ベルタにそう尋ねられた。
「領都は後で行くつもりなの。まずはフリートベルクで海を見る!」
「へぇ、海を見るためにわざわざ王都から……」
「ベルタさんは海見たことある?」
「もちろんあるわ。フリートベルクは様々な国や種族のものや文化が集まる大陸一の港街よ」
「外国……! いつか行ってみたいなぁ」
エマが目を閉じてうっとりとした表情になる。まだ見ぬ異国に思いを馳せているのだろうか。
「そういえば、マークヴェストにも国境門がありますよね?」
「えぇ、よく知ってるわね。でもあそこはどの国とも接してないわ」
「どうして?」
首を傾げてエマは尋ねる。
「門の先は『西の荒れ地』と呼ばれていて、何百年も前にあった魔女同士の戦いで草木の生えない荒れた土地になってしまったの。近くの遺跡にドラゴンがいるだけで、人の集落はないわ」
「今、何て言った!?」
ベルタの言葉にエマが身を乗り出す。突然距離を縮められて、ベルタは少しのけ反った。
「ええと、人の集落はないわ」
「その前!」
「近くの遺跡にドラゴンがいるだけ」
「ドラゴン! マークヴェストに行けばドラゴンを見れるの!?」
グラッツェルで竜殺しの英雄の話を聞いたのもあって、エマはドラゴンに興味津々だ。
「見れるかもしれないけど、そうなったときは街が厳重警戒になって一歩も動けなくなるわよ」
「え?」
「ドラゴンの脅威度は災厄級。無闇矢鱈に人を襲うことはないけど、その気になれば街一つ消すことは容易いもの」
「そんなに強いんだ……」
ドラゴンが強いのは知っていたけれど、具体的に何が強いのかは知らない。グラッツェルでもう少し英雄譚を聞くべきだっただろうか。そこまでのんびりする時間はなかったけれど。それに、その話ならフリートベルクでも聞けるだろう。竜殺しの英雄譚が山越えして向かった先がフリートベルクなのだから。
「いつドラゴンが現れるかわからないのに、ベルタさんはマーク……何とかに行くの?」
「まぁ、あそこが生まれ育った街だからね。ドラゴンが姿を見せるのも年に一回あるかどうかよ。こっちが攻撃しない限り向こうから襲ってくることもないし」
エマとベルタを中心に話しているのを聞きながら歩いていると、ヴェラットがドラッヘ山脈の方を見て眉間にシワを寄せた。
「ソフィ、魔力感知に反応はあるか?」
「特にないけれど?」
ヴェラットに問われて探ってみるも、やはり何も感じない。けれど、ヴェラットはより一層警戒を強める。
「あの岩の陰に魔物が隠れている。魔力感知に引っかからないということは、隠密に長けたものだろう」
「え、魔物がいるの?」
「気配、感じないぜ?」
エマとレオが首を傾げつつ荷馬車を守れる位置につこうとする。それを制したのはヴェラットだ。
「お前らは下がっていろ。魔物の正体が俺の想像通りなら、お前らでは足手まといになる。護衛対象と共に後方で待機しておけ」
「じゃあ、ラットさんは……」
「俺一人で戦う」
この人はいつも一人になる道を選択する。私達が弱くて頼りないせいだ。本来案内役に任せることではないけれど、私達をフリートベルクに送り届けるのもヴェラットの仕事なら、何も間違ったことはしていない。ここは大人しくベルタの護衛に専念しよう。
不意にヴェラットの魔力が爆発的に増加し、彼が足で地面を蹴ったのが見えた。一瞬で魔物が隠れているらしい岩に到達し、剣の一振りで岩を縦に割った。岩の隙間から見えた魔物は……
「ネコ?」
エマの言う通り、猫に似た姿をしていた。王都周辺にも猫型の魔物は出没するけれど、ヴェラットの目の前にいる魔物はそれより二回りくらい大きい。そして、自然に溶け込むような色合いや模様をしている。
「カイ、あの魔物は?」
「君は僕が全ての魔物を知ってると思っているのかい、ソフィ? 僕の頭に入っているのは王都周辺の魔物だけだよ。山脈の魔物ならヴェラットさんに聞いてくれ」
「あの人に答える余裕はあるの?」
ヴェラットに視線を向けると、猫型の魔物相手に手こずっているように見えた。彼の目に止まらない剣戟を魔物は俊敏な動きで避け、驚異的な跳躍力と鋭利な爪を利用して喉元を掻っ切らんとする。剣に防がれるけれど、続けざまにひっかき攻撃を繰り返す。ヴェラットが勢いに押されて後退するのを初めて見た。
「あれはシュピオルクス。普段は山脈にいる魔物だけど、偶に下りてくることがあるのよ。こっそりと獲物に近づいて喉元を掻っ切る山の狩人ね」
ヴェラットの代わりに商人のベルタが魔物の正体を教えてくれた。
「それにしても彼、凄いわね。大抵の冒険者はシュピオルクスに気づくことなくやられてしまうのだけど。気づいた上に互角にやり合うなんて、何者なの?」
「実はラットさん、元は……」
「エマ、ヴェラットさんの過去は明かさない約束だよ」
騎士、と言おうとしたエマの言葉をカイが遮る。「あ、そうだった」とエマは言葉を呑み込んだ。
「ヴェラットって言うの、とっても強いよね!」
「フリートベルクまでの案内と護衛をしてくれています」
瞬時に距離を詰めて以降全く感じなかったヴェラットの魔力を再び感知して、意識を戦いに戻す。身体強化とやらで動きが速くなったヴェラットは、シュピオルクスに攻撃する隙間を与えずに攻め続けた。そして、首を切り裂いた後胸に突き刺す。シュピオルクスが魔石となって草むらに落ちた。
「すっげー! やっぱつえーな、ラットは! どうやって鍛えたんだよ」
「押されてるのかなってヒヤリとしたけど、とどめを刺すのはあっという間だったね! 目で追えなかったよ」
「そんなことはどうでもいい」
レオとエマが駆け寄り褒めるのを、ヴェラットは冷めた表情で制した。
「シュピオルクスは人間同様番や子と行動する魔物だ。アレは雄だったから、近くに雌がいるかもしれぬ。急いで移動するぞ。……それでいいか、商人?」
「ベルタよ。えぇ、魔物の正体に気づいた時点でそのつもりでいたわ」
「依頼主の許可も出た。早く集落に移動するぞ、狼の集い」
「わかんないけど、りょーかい!」
勝利の余韻に浸る間もなく、私達は南街道をやや西寄りに走るのだった。




