17.グラッツェルを発って
「もう行くんだね」
翌日、私達を見送りにヘルガが西門前に来た。
「あたしはもっとゆっくりしたかったんだけど、ラットさんがどうしても早くフリートベルクに行きたいみたいで。理由は聞いてないけどね」
「……そいつ、信用して大丈夫なの?」
「悪い人じゃないよ、多分」
「多分って……まぁ、あんたらしいか」
エマの言葉に苦笑したヘルガは、表情を引き締めてヴェラットを見た。
「おい、ヴェラット」
「なんだ?」
「エマを泣かせたら承知しないからね」
「……そうか」
「反応薄っ! ありゃ脈なしだね」
ケラケラと愉快そうに笑う。私達を順番に見た彼女は「あれ?」と私を見下ろした。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。おチビちゃんは何て言うの?」
「ソフィ、十四歳。子供扱いしないで」
「まだ成人前じゃねぇか。それにしても小さいな。二歳くらい鯖読んでない?」
ヘルガにチビと馬鹿にされている私は、まだ伸びる余地がありそうなのに十二歳で成長が終了した。エマやカイと比べても頭一つ分近く小さい。それは事実だけれど、指摘されるといい気分がしない。
「ヘルガ、さすがにそれは失礼だよ。ソフィに謝って」
「悪かったな、ソフィ」
「ソフィ、あたしは可愛くて大好きだよ」
「エマは年下好きだもんな」
私が口を開く前にエマがヘルガを咎めた。
「じゃあ、またね」
「おう、また会おうな」
一泊二日過ごしたグラッツェルとヘルガに別れを告げて、私達「狼の集い」と案内役ヴェラットは西へ行く。
「次はどんな領都なの?」
「アクス男爵領、規模はドルンとほぼ同じだ」
「グラッツェルみたいに綺麗?」
「いや、他の男爵領と変わらぬ街並みだろう」
「じゃあ似たようなものかぁ」
今まで次の街に行く度に興奮していたエマだけれど、今日は少し退屈そうに見える。
「海に着くのはまだか、と思っているのか?」
「ぎくっ!」
「まだ三分の一しか消化できていない。到着は先の話だろうな」
「あの山を登れば早く着けたりしないの?」
エマが指差したのは東西に山々が連なるドラッヘ山脈だ。
「ドラッヘ山脈は入山禁止と言っただろう」
「グラッツェルで聞いたよ。あの山を馬で越えた英雄がいたんだって! 実力があれば山越えできるんじゃないの?」
「ほぅ、お前は俺より強いと思っているのか?」
「へっ?」
ヴェラットは一度ドラッヘ山脈に目をやり、私達に視線を戻した。
「グラッツェルで英雄譚を耳にしたのなら、その英雄が戦った相手も知っているのではないか?」
「確か竜殺しの英雄……って竜!?」
「あの山、ドラゴンが出るんかよ!?」
目を輝かせるエマとレオ。ドラゴンは数が少なくてめったに姿を見せないから、ほとんどおとぎ話の存在だ。冒険者の憧れの的である。
「それだけではない。人間の上半身と馬の下半身を持つ人ならざるものや、グラオヴォルフを一瞬で仕留めてしまう魔物もいる。俺では手も足も出ないだろうな」
「ラットさんでも勝てないなんて……」
「すっごくつえーヤツがいっぱいいるんだな!」
ヴェラットの話を聞いた二人の反応は対照的だ。エマは絶対近寄らないと決心した表情で、レオはワクワクしている。相手が強ければ強いほど燃える人なのだろうか。
「竜殺しの英雄は自分の命より他者の命を優先したからこそ山越えに至ったのだ。急ぐ理由のないお前らが山に近づこうとするな」
「はーい!」
「わかったぜ!」
少しでも海に近づこうとエマが欲張って泊まる予定だった村を素通りした結果、日が沈むまでに次の村に辿り着くことができなかった。夜の移動は危険だから、今夜は比較的安全な場所で野宿をすることになりそうだ。
「夜間の見張りは俺がするからお前らは寝ていろ」
「ラットさん一人に任せるのは申し訳ないよ」
「一晩くらいは平気だ。それに、比較的安全とはいえ山を下りた魔物も稀に出没する。それが出たらどの道起きることになるのだから、それなら始めから見張っておいた方がよい」
ヴェラットの言葉は一理ある。けれど。
「案内役一人に護衛を頼むわけにはいかない。私も見張りをする」
私が発言したのが予想外だったのか、彼は眉を僅かに上げた。
「……お前が?」
「魔力感知は比較的得意。魔物を発見する助けになれる。自衛もできる」
「……好きにしろ」
ヴェラットの突き放した言葉を許可が出たと肯定的に捉えて、私は彼と一緒に寝ずの番をすることにした。
「何か話があるのか?」
他の皆が寝静まった頃、不意にヴェラットが尋ねた。
「……どうして」
「普段喋らないお前が積極的に動いたのは、仲間には聞かれたくない話でもあるのかと思っただけだ」
図星だ。これはヴェラットにしか聞けない悩み。
「ヴェラット、私は魔女なの?」
「……何を今更」
「私には五歳未満の記憶がない。だから自分の生まれを確かめる術がない。けれど、魔女は私のことを知っている。谷の魔女と接点のあるヴェラットなら聞いたことがあるんじゃないの?」
自分が魔女かどうか、私にはわからない。けれど、ここ最近は魔女扱いされることが多い気がする。
その根拠はどこから来るのか、仮に私が魔女なら母親は誰なのか。誰も知らないから興味がない振りを続けていたけれど、本当は自分の過去を知りたかった。
「確かにアレはお前が魔女だと言っているな」
「……」
「だがアレは妄想や虚言が多いから、信じない方がよい。ただ、相手が魔女かどうか見分ける方法が魔女にはあると聞いたことがある」
「それは何?」
一呼吸おいて、ヴェラットは答えた。
「魔女にしかわからない“気配”とやらがあるらしい」




