ログインボーナスなどはない
とりあえず応急処置的にアリアには革鎧を着てもらい、その間に俺は質屋に走った。
召喚でやってきたティーカップや杖を二束三文で換金し、その金で安い下着を買ってアリアの下へ戻る。革鎧を直に着てたら擦れて痛いだろうからな。
「擦れるだろうからこいつを着けてくれ」
「ありがとうございます……」
彼女は下着を受け取ると、物陰に隠れてもぞもぞし始めた。
俺は彼女に背中を見せながら、先ほど見たアリアの裸体を思い出す。顔立ちや美しい銀の髪もさることながら、やはりあの大きな胸だ。あの一瞬だけ、ほんの少しの動きだけでも、あそこだけ別の生き物みたいに跳ね回っていた。俺の手のひらじゃあ半分も覆えないだろうな……。前におっぱい星人の謙介に色町に連れて行かれたときのお店の子でもアリアほどの大きさはいなかった気がする。まあ、俺はこっそり抜け出してその金で召喚したからあんまり覚えてないけど。
「あの、着替え終わりました……」
後ろから声を掛けられたので振り返ると、そこにはあまりの大きさに丈夫なはずの革鎧をパツパツにしたアリアが立っていた。
どうしよう、すごいエッチだ。一切色気のない革鎧なのに、こんなんじゃ少年たちに悪影響だよ。鼻の奥が熱くなってきた……。
「……あんまり見ないでください」
「あっ、ご、ごめん!」
胸を腕で隠しながら顔を赤らめる彼女に、俺の胸がときめく。くそぅ、健全な青少年には本当に目の毒だ。
俺は着ていたローブを脱いだ。
「とりあえずこれを羽織ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
アリアがそそくさとローブを身に着けたので、二人でようやく一息つく。男性用のローブを着ているはずなのに内側から布地が押し上げられいて、それはそれで需要がありそうな感じだが、さっきよりはマシだ。
いや、まったく心臓に悪いぜ。
「あー、そういえば自己紹介してなかったな。俺は粕谷富嶽」
「ええ、存じて上げています。召喚の際にその情報は付加されましたので」
「それだよ、それ。召喚ってどういうことだ? 俺はいままで誰かと契約なんてしたことないし、人間どころか生き物を召喚したことだって……」
普通の召喚師は事前に召喚される対象と契約することで召喚できるようになるらしい。だが俺はそれをやっていない、アリアと会ったのもこれが初めてだ。人間が出るとは思ってもなかった。
そう俺が言うと、アリアは微笑んだ。
「富嶽さんの【ガチャリオン】にはその……契約でしたっけ? それが、すでに含まれているようですよ」
「えっ、そうなの? でも、そんなのやったことないし……一体誰と? アリアとは会ったことないよな?」
「ええ、私ではありません。私は言うなればそこから派遣されたようなものですね」
「一体……どこから?」
アリアは微笑みの表情を崩さずに、白魚のような指を首に添えながら答えた。
「冥界、冥府、黄泉の国。有り体に言えば死後の世界ですね」
「……は?」
どういう……ことだ?
「なっ、あ……えっ? 一体どうして、いつ、そんなものと俺が契約を!? 死者蘇生の能力は見つかってないはずだろ!? っていうかあんたは死人ってことか!?」
「富嶽さんがどうして死後の世界と契約できたのかは知りません。そして、これは通常の死者の蘇生とは少し具合が違うようです。最後に私のことをお話ししておきましょう」
混乱する俺の質問を捌いたアリアは胸に手をあててから語り出す。
「私は異世界の【勇者】アリア・ハーゲンティと申します。私はこことは違う世界で【勇者】として魔王軍と刃を交えていました。魔王と刺し違えて命を落としました」
「ずいぶん軽く言うんだな」
「過ぎたことなので」
本当に気にしてなさそうだ。俺だったらもっと気にしそうなものだけど、そこは個人の気質ってやつなのかね。
「それにしても、もう日もかなり翳ってきましたね」
「ああ、そうだな。こんな空き地にいても仕方ないか、とりあえず宿屋にでも……あっ」
「どうかしましたか?」
「……お金がない」
やっべ、召喚用の魔石に全額突っ込んだんだった。さっき出たガラクタも、アリアの下着に変わってしまったし、マジで無一文だぞ俺。野宿とか無料で泊まれるような大部屋は女性的には避けたいだろうし……。
どうする? さっき出たレアアイテムを質に入れて金を作るか?
「仕方ないですね。では今から稼ぎに行きましょうか」
「え、どこに?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
銀髪の彼女は地面に落ちていた鳥飾りの剣を手に取った。
「ダンジョンですよ。この街はそういうものなのでしょう?」
さきほどいた場所からほど近いダンジョンをスマホで調べ、そこに向けて歩きながら話を続ける。
「今向かってるダンジョンは最下級のランク1だけど……本当に大丈夫なのか? 召喚されたばかりで調子が悪いとか、それに準備もろくに出来てないし、装備もそろってないじゃないか」
「問題ありませんよ。特にこの剣がいいですね。元の世界でもこれだけの業物は滅多にありませんよ」
たしかにアリアが持っている剣は素人の俺でもわかるくらい素晴らしい一品だ。それこそ一流と呼ばれる者たちが持っているような。
でもダンジョンはお遊びじゃない、たとえランク1でも死人が出ることは少なくない。
なお心配な俺の心の内を見透かしてか、アリアは笑う。
「まあ見ていてくださいよ。私はこのSSRの剣よりも上のURなんですよ。【勇者】の力を見せてあげますから!」
そして俺たちはダンジョンにたどり着いた。
ダンジョンの入り口は簡素なプレハブで囲われていて、〈ギルド〉の職員によって管理されている。ここからダンジョンに入るためには……。
「あぁあああああああああ!!」
「どうしたんですか!?」
「アリアの〈会員証〉がない! あれがないとダンジョンに入れないんだ!」
「なんですって!?」
そうだ、どうして忘れてたんだ!? あれがないとダンジョンの前で職員に止められちまう!
「待ってください。私は召喚獣みたいなものですよ。それでも必要なんですか?」
「そもそも人間の召喚とか隷属は犯罪なんだ! バレたらどうなるか……」
ヤバいよ。どうしよう。このままじゃ豚箱送りだ! この年で臭い飯を食べる生活なんて嫌だ!
「人間じゃなければいいんですよね?」
「そんなこと言ったってどうにもならないだろ!?」
「そんなことありませんよ、ここをこうすれば……」
アリアが自分の耳を手で覆い隠す。そして離すとそこからロバのように長い耳が現れた。俗に言う「エルフ耳」というやつだ。
「簡単な変化魔術です。これならどうでしょう?」
「人間以外なら大丈夫……だと思う。エルフや獣人なんかを使役してる冒険者の情報は聞いたことあるしな」
「では問題ないですね。参りましょう」
アリアは自信満々にプレハブの扉を開ける。中にはいくつかの机と簡単なショップ、そしてダンジョンの入り口と受付があるだけだ。
金もないのでショップに行くこともできない俺たちは、そのまま受付に向かう。
「ダンジョンに入りたいんですけど」
「では〈会員証〉をお願いします」
受付の眼鏡をかけた爽やかなお兄さんに〈会員証〉を渡す。
彼はそれを機械で読み取ると、一つ頷いた。
「粕谷富嶽様、ランク4ですね、確認いたしました。それではお連れ様の〈会員証〉もいただけますか?」
「彼女は俺の召喚獣です」
そう言うと、お兄さんの目が細くなり、探るようにアリアを見始めた。
……大丈夫だよな? これで人間だってバレたりしないよな?
俺の心中にそんな不安が渦巻き始めたとき、お兄さんが何かを紙に書き留めた。
「召喚獣【エルフ】ですね。確認できました。会員証に追加で記載しておきますね。では行ってらっしゃいませ」
「あ、ありがとうございます」
お兄さんから〈会員証)を受け取り、そそくさとダンジョンに入る。
ふひぃ、緊張したぁ。
「うまくいきましたね」
「ああ、アリアのおかげだ。ありがとう」
さて、このダンジョンは廃坑のように木枠の付けられており、柱にはランタンが吊り下げられている。また大体のダンジョンで共通だが、非常に入り組んだ作りになっている。
ダンジョンの内部は、それぞれ大きく異なっている。今回のような洞窟型は多いが、水場や密林、一流冒険者が潜る高難易度ダンジョンには階層一つがもはや一つの国と変わらないほどの大きさを誇るとかなんとか。
「では私の能力をお見せしましょうか」
そう言うと彼女は黄金の剣を抜き、前方の曲がり角に向けた。……何もいないけど。
「あと数秒で、あそこから小型の魔物が5体現れます」
「え?」
すると、彼女の言う通りに5体の小さな影が顔を出した。禿げ上がった頭と薄緑色の肌、子供と同じくらいの背丈をした醜い顔立ちの小鬼——ゴブリンだ。
まあ、このダンジョンの1階はゴブリンしかいないらしいから当然だが。
しかし、よく気づいたな。
「探知か……?」
「そうです。ついでにこういうこともできます、よっ!」
アリアが剣を持っているのとは逆の手で指を弾いた。
その瞬間、迸る紫電。
バリバリッ、という空気を裂く音よりも速くゴブリンたちに届き、5体全てを丸焼きにした。
「こんなものですか……ちょろいですね」
「雷魔法か、実際に見たのは初めてだ。それに無詠唱か」
雷魔法も無詠唱も、テレビで一流冒険者がやってるのしか見たことないぜ。
「戦闘に役立つものは、あとは剣と回復魔法、それと各種支援魔法や属性魔法くらいですかね」
「戦闘に役立つものは、か。底が知れないな」
「元はずっと一人旅でしたからね。便利なものはなんでもできますよ」
そんなことを話している間に、こんがり焼けたゴブリンの身体が青色の粒子と化す。魔素化と呼ばれる現象だ。
どういうわけだか、ダンジョンの魔物は死体を残さない。死ぬと同時に身体が紫色の粒子——魔力なのだが——に変化してしまうのだ。
そして、その代わりに残すものがある。
「魔石が5個と腰布、棍棒、それに牙が3つか。まあ悪くはないな」
「本当に死体が消えるのですね」
「代わりに魔石と持ち物や体の一部を落としてく、まったくどうなっているのやら」
地面に落ちたアイテムを〈アイテムボックス〉に収納していく。
ゴブリンなんて雑魚中の雑魚、売値なんてたかが知れてるが、金欠の今は見逃せない。魔石は最優先だが。
「さて、これだけでも安宿なら泊まれると思うけど、どうする?」
「まだウォーミングアップも済んでませんよ。いっそこの階層のボスを倒すくらいしてしまいましょう」
「ボスか……まあこの調子なら問題なさそうだな。あっ、ちなみに俺は何もできないからよろしく頼む」
「えっ? ま、まあ構いませんけど……本当に何もできないんですか?」
「前の仲間にはアイテムの使い方が上手いとは言われたんだけどな」
今はアイテムも何もないのでマジでお荷物だ。
そう伝えるとアリアは眉を顰める。
「……富嶽さんはダンジョンに潜って長いんですよね?」
「まあな。大体1年ぐらいはやってるよ」
「だったらあのくらいは楽勝でしょう?」
アリアの指差す先からゴブリンが一体現れた。
「いや無理だよ!」
「私は手を出しませんので」
「ろくなアイテムもないんだぞ!?」
俺の必死の訴えも黙殺され、アリアは剣を収めて後ろに下がる。
俺の前には棍棒を振るう小柄なゴブリンが1体。
「くそっ! やってやる、俺だって冒険者なんだ! 行くぞぉぉぉおおおおお!!!!」
10分後、そこには1人の男が壁に背を預けてうなだれていた。
「燃え尽きたぜ……真っ白にな」
「本当に戦闘が苦手なんですね……」
傷を回復魔法で癒しながらアリアが呆れたように言う。
本当に戦闘はてんでダメなのだ。そもそも召喚師というジョブにはロクな攻撃魔法もないのだから仕方ないではないか。
「……余裕ができたら教えますか」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも」
そこからは特に何か大きな問題が起きることなく順調に攻略は進んだ。
アリアの言う通り、彼女は何でもできた。ゴブリンの出現を完全に予測し、その全てを異なる葬ってしまったのだ。ある時は炎で焼き、ある時は水球で窒息させ、またある時は正拳突きで頭蓋を砕き……。
特にその剣の腕は素晴らしいものだった。スキルに依らない、真の飛ぶ斬撃を俺は初めて見た。剣を抜いた瞬間も振った瞬間もない、わかったのはすでに首を飛ばしながらゴブリンが事切れたという事実のみ。……恐ろしいぜ。
そんなわけで俺たちは自分の背丈よりも何倍も大きな扉の前にたどり着いた。
「この先にボスがいるんですね」
「ああ、ここの階層ボスは……ホブゴブリンだな」
俺はスマホにメモしておいたダンジョンの情報をアリアに見せる。
「こいつ自体はゴブリンに毛が生えた程度の雑魚だ。だけど、何体かのゴブリンを眷属として引き連れているらしい」
「ということは稼ぎどころだ、ということですか?」
「残念ながら……そいつら全部合わせて、他の同格連中と同じくらいだ。追加の増援もこのランク帯では来ないしな」
「ならば一瞬で終わらせてしまいましょうか」
そう言ってアリアは大扉を開け放った。
内部には飾り気のない土壁で囲まれたドーム状の空間が広がっていた。低ランクダンジョンではありがちな地形だ。
その中央には一回り大きなゴブリンが10体ほどの小さめゴブリンとともに、こちらを見ていた。
「まあ、関係ないんですけどね」
「だろうな、道中出てきたのと大差ない。お前なら楽勝だろうさ」
「そうだ! せっかくですから、私の全力を見せましょう!」
彼女は右手で黄金の剣を構え、左手からは雷を迸しらせる。
雷を纏った手が剣身を撫でた。するとその紫電が黄金の剣に移る。
皮膚にチクリと何かが触れる感覚があった。アリアの銀の髪も先がふわりと浮いている。
剣先が空を刺した。
「下がっていてくださいね。これが私の得意技、天より下る神の裁きの代行者」
異変に気付いたホブゴブリンが何かを叫び、ゴブリンどもがアリアに駆け寄ってくる。棍棒や粗悪なナイフを振りかざし、彼女の剣を叩き落とすために。色欲に溺れた魔物として有名なゴブリンにとって、美しく豊かな体つきのアリアは絶好の獲物だろう。にもかかわらず彼らの表情には焦りの色しか見えない。
だが、もう遅い。
「喰らいなさい! 『ジャッジメント』!!」
剣が振り下ろされると同時、天井から幾条もの雷が降り注ぐ。地が砕け、空気が爆ぜる。続けてアリアが剣を横に振るうと、雷撃が分裂し部屋の壁全体に突き刺さった。
光と煙が消え失せたとき、もう部屋には俺たち以外の人影は残されていなかった。壁には雷の跡だけでなく、竜でさえも呑み込んでしまいそうな斬撃の跡が残されている。
「すごい一撃だな……」
「ちょっと本気を出せばこの程度ですかね。まあ、密室で使うと臭うのが難点ですがね」
「……ん? 臭う?」
そういや、なんか臭いな。でも雷って臭いあるんだっけ?
……あっ。
「まっず! 早くドロップ品を取ってズラかろう!」
「なぜですか? 敵もいませんし、落ち着いてもいいと思うのですが……」
「この臭いの原因はオゾンだ! 人体にとって有毒なんだよ!」
「なんですって!?」
二人で手分けしてゴブリンの落とした物を回収して、部屋の外へ出る。
ふぅ、という深い息がどちらからともなく漏れた。
「まさか私の使ってた技にそんな効果があるとは知りませんでした……」
「……まあ、扉を開けっぱなしにしておけば換気されるだろう。少量なら消毒に使われるくらいだから問題ないだろうし。そんなことより拾ったアイテムを見せてくれ」
「ええと、こんなものですかね」
アリアが手渡してきたのは、これまでと特に変わらない棍棒やゴブリンの体の一部、それと複数体分の魔石だった。俺が集めた分も似たり寄ったりだ。
「あと、これですね」
そう言って、アリアが二回りは大きな魔石を取り出した。
「おっ、デカい魔石か! ラッキーだな!」
「そうなのですか?」
「ドロップアイテムの代わりにたまに出るんだよ。ホブゴブリンなんて上のランクじゃあ雑魚として出てくるし、一番の当たりだよ」
売値もこの中じゃ一番高いしな、という言葉は出さないで飲み込んだ。そんなことを言ったら、次に言う提案を否定されかねない。
「これで魔石が大体10連分くらい溜まったから引いていいか?」
「ここで、ですか? 外に出てからでいいと思うのですが」
「魔石はダンジョンから出るときにギルドに没収されるんだよ、強制的にな」
「はぁ……ですが私が召喚されたときは外だったと思いますが?」
緑色の瞳が訝しげに俺を見やる。
……あまり言いたくはなかったんだけどな。
「……そういうルートもあるって話だよ。魔石は便利だ、ダンジョンでの外付けの魔力源にも、外でのエネルギー源にもなる。喉から手が出るほど欲しいって奴は山ほどいるってわけだ」
「そうですか……」
まあ端的に言えば違法で手に入れたということだ。
勇者様にとってはあまり良い物ではないのかもしれない。
「まあ、というわけで召喚するぞ!」
「ええ、構いませんよ。SSRかURを出せば大幅な戦力アップになりますからね」
さあ、進化してから2回目の10連。今日はツイてるから、良いのが出る気がするぜ!!




