第十話・霧訪山を登って未確認生物の獣人を探せ!
その日の天候、やや良好──穂高、梓、巴の三人は天龍の自動車で、塩尻市と辰野市の市境にある、標高1305mの霧訪山の小野地域側の登山口駐車場にやって来た。
登山口が近く、登山者の車両が数台止まっている駐車場で、車から降りた梓を穂高は冷ややかな目で見ながら言った。
「車に乗った時から、一言言いたかったが……なんだ、その格好は?」
「山登りの格好だけど?」
簡単なナップザック、ハーフな膝出し半ズボンで半袖……足元はサンダル履きの梓は、一本だけ持ってきた炭酸飲料のペットボトルのフタを開けて少し飲んだ。
帽子も汗を拭くタオルも用意していない軽装な、梓に穂高が訊ねる。
「クマ避けの鈴とかベルは? 虫よけとかは?」
「何それ? おいしいの?」
ここで、穂高がブチッと切れる。
「山をナメるな! 低山でもナメていたら死ぬぞ!」
「そんな、たかが山登りで」
「たかが、山登りだとぅ!」
穂高が念のために用意してきた、登山服と靴と帽子を梓に差し出す。
「コレに着替えろ、駐車場でパンツ丸出しの生着替えだ」
「そんな、大袈裟な」
穂高が少し離れて、登山装備の点検と、日焼け止めを肌に塗っている、山ガール姿の巴を指差して言った。
「巴を見習え、山登りは遊びじゃねえんだ! 山との真剣勝負だ! 着替えろ!」
梓が渋々、パンツ姿で着替えていると、山から降りてきた山ガールギャルの二人組が、梓のパンツを見てクスクスと笑う。
穂高と天龍と巴は各自で、山登りの準備運動をした。
入念な準備運動をしながら穂高が、ボーッと立っているだけの梓に言った。
「今回の霧訪山登山を、ただの登山だと思うな……目的は、山中での獣人発見だ」
穂高は、ヒバゴンとかサスカッチとかビックフットみたいな、人型の野人を見つけるための登山だと、最初から宣言していた。
「登りながら周囲を注意しろ……黒や茶色の動くモノを見たら慎重にな、霧訪獣人かも知らないから」
穂高は勝手に、この山に未確認生物が生息していると予測していた。
その根拠を梓が聞いても「なんとなく……オレの野生のカンだ」としか答えない。
「信州の山人をナメるなよ……まさか、こんな山でも……と、思うくらい里山登っていると人に合う……どんだけ山が好きな県民なんだ」
膝の屈伸運動を続けながら天龍が言った。
「でも、この霧訪山には、野人とか獣人が隠れていても不思議じゃない山の生気がある」
天龍の話しだと、霧訪山を選んだのはここに来る途中に、以前『善知鳥峠』という場所を通過した時に、霧訪山には野人もいるんじゃねぇ? と、確信したらしい。
「海鳥の善知鳥が、こんな山の中まで飛んできたんだぞ……山に野人とか、獣人がいてもロマンがあっていいだろう」
巴が山登りの注意を梓に与える。
「最近は日本中でクマの出没が目立っているから注意して……特に体力が無い梓は、最後尾を歩くコトになるけれど……振り返った後方に黒や茶色の人がいたら、よく見極めて……ツキノワグマか、獣人か、それとも九州の某県のマスコットキャラの着ぐるみを着た人が登って来ているのかを」
歩きはじめて穂高が言った。
「あと、緑色のリンゴ頭をした県内の某人気キャラのアルクマだったら、その時はオレに知らせろ……握手してサインをもらう、それじゃあ獣人探索の霧訪山登山開始!」
穂高たちが登山口から、いきなりプラスチックの階段山道を登りはじめる。
巴が登山口近くの登山ノートに、入山人数と開始時刻を書き込んでいる間に、スタミナ配分を考えない梓が穂高たちを追い抜いて先頭になった。
全速力で登ってきた梓に驚いて幹を駆け上がるリス。
梓が叫ぶ。
「オレがこの山の、頂上をとってやる!」
数十分後──山道の途中で、ぜーっぜーっ言って果てている梓の姿があった。
霧訪山は結構、休息する場所が限られている。
送電線鉄塔がある、昔の居城跡の『かっとり城跡』近くで、息を切らせている梓に登ってきた穂高が余分に持参した、ペットボトルを分け与える。
「ぜーっぜーっ、城の石垣とか天守閣を期待していたのに、なにもないじゃないか」
「山城にそんなのあるか、ほら、飲め……山を甘く見るな……この霧訪山は特に」
軽く休憩して、開けた鉄塔の場所で外界を双眼鏡で見ながら穂高が言った。
「獣人いないな……下山してくるクマみたいな、おっさんなら遭遇したけれど……梓は獣人見なかったか?」
首を横に振る梓。
軽くお菓子をモグモグしながら、巴が言った。
「あたしも、獣人とかクマは見なかったなぁ……」
巴は鉄塔近辺の伸びた草むらを見ている。
◇◇◇◇◇◇
立ち上がって穂高が言った。
「もうひと頑張りだ、獣人探しながら霧訪山登るぞ」
三角形のトタン屋根の避難小屋のベンチで少し休憩してから、獣人探索隊は霧訪山の頂上近くまでやって来た。
「この急坂を登れば頂上だ梓、先にいけ」
梓は見た……急傾斜の両側に、数本の鎖とロープがあるのを。
「ここ、登るのか……ムリムリ」
「いいから行け! 山のテッペン取るんだろう! 槍ヶ岳を登るつもりで登れ!」
梓は必死に鎖とロープをつかんで登る。
そして、霧訪山の頂上に到達して、山を登った者にしか味わえない達成感と、一望絶景の景色を梓は見た。
疲れも忘れて頂上から望む、絶景に感嘆の声を漏らす梓。
「オレたちが、テッペン取ったぞ!」
頂上には、数人の登山客もいた。
巴が頂上の小さな石祠に祀られている、伊邪那岐命・伊邪那美命に、向かって手を合わせ。
穂高は頂上の鐘を連打で鳴らした。
汗だくで登ってきた天龍が言った。
「弁当食べたら、すぐに下山するぞ……雲の流れを見ると夕方には、土砂降りになる」
◆◆◆◆◆◆
穂高たちは、往復三時間程度の霧訪山を下山した。
登山口を出て、駐車場に向かいながら穂高が漏らす。
「結局、この山にも未確認生物はいなかったな……未確認生物で町おこしは難しいな」
一番後ろから、腕組みをして考えながら歩いている巴が心の中で呟く。
(鉄塔近くの草むらの中から、こちらに向かって軽く手を振っていた大きな黒目で、銀色をした子供みたいなアレ……なんだったのかな?)




