89.
無事に第二騎士団の出発を見送ったフェリシテは、そのまま応接室でエリオットにお説教されていた。
「――ですから、何かしでかす時は知らせてください。陛下からの遣いが突然やって来た時の驚きと言ったら……本邸が引っ繰り返るほどの騒ぎになりましたよ!」
「済みません。まさかこんな大事になるとは思わず。補助や褒賞は有難いですが……少々厄介な事になりましたね」
大盤振る舞いを受けるのはいいが、喜んでばかりもいられないな、と思っていたフェリシテの口からポロリと本音が漏れる。
「おっと」と慌てて口を塞いだが、さすがヒューイットの右腕だ。
フェリシテの懸念を見透かした様子でエリオットが渋い顔になり「気付きましたか」と溜息を吐いた。
「陛下からの褒美を受け取って浮かれるだけかと思っていましたが、少しは使えるようですね」
失礼な事を言うエリオットに、フェリシテは苦笑した。
「今回の訴状で判明した事件が大きかったのは確かですが、それにしても褒美の額が多過ぎますよね。ラザフォードが王を裏切らない様にしたいのは見え見えなんですけど、被災調査と支援のための騎士団も滞在すると言う話でしょう?とすると、ラザフォードでも反逆の恐れが無いか、王に隠し事はないかをコッソリ調べるつもりなんだろうなと察しがついたんですよ」
多分、騎士団がやって来ると聞いたヒューイットが慌てて誰か――外国等に連絡していないか、見つかるとマズい品を移動させないかを、すでに見張っているんじゃないだろうか。
エリオットが仕方なさそうに肩を竦める。
「まあ、探られて困る事は全くありませんから、いくら探られても良いんですが。むしろこの機会にヒューイット様の素晴らしさを知ってもらえれば」
ウサギをも虜にするヒューイット様の守備範囲は広い。
主人をこよなく愛するエリオットがほくそ笑むのを見守りつつ、フェリシテは尋ねた。
「それで、ヒューイット様は今回の支援拠点になる事や道路整備については、どんな反応をされてるんですか?」
「勿論、かつてない破格の補助の提案を歓迎していらっしゃる。王の監視が強まる事については仕方ないと諦めていて、領民に恩恵があるなら最大限利用させてもらおうと仰っていました」
領民が良ければいいか、と言うあたりがヒューイットらしい。
「ラザフォードの道路改修が終わるまでに、王都から支援物資や騎士団がフェアファックスへ到着する予定です。各領地から集められた物資と医師団等が明日王都を出発し、工事の進行具合を見ながら進むと言う話で、1週間後にはノアゼット領まで進んで来ると思われます。ただ、そこで問題になるのが食糧でして……」
北部は現在は医療団が多数派遣されていて、2週間後までにさらに感染者を抑え込む算段らしい。
ラザフォード側からは北部領へ入るのに制限はないが、北部側からラザフォードに入るには領境に設けられたテント村で10日間待機し、待機期間中にコレラを発症しなかった者だけに限定されていた。(*特殊部隊は例外)
もちろん一般の領民は移動制限されており、支援に関わる国王の認可証を持った人間に限られる。
北部側に余裕がない為そのテント村へ物資を提供するのがラザフォードの役目となっており、さらに今後は団体が次々訪れてフェアファックスへ滞在するとなると、北部から輸入できない今、現在は間に合っている食料が不足し高騰する恐れが出てきた。
富裕層は大したことは無いが、せっかく余裕が出て貧困を抜け出しかけていた層が高騰のあおりを受けて、困窮生活に逆戻りする問題が浮上しているのだ。
ノアゼット領から輸入していた貧困層向けの安価な小麦は、今月分しか市場に残っていない。
ノアゼット伯爵の嫌がらせは効果的で、ヒューイットが探しているが、急に安価で小麦を取引できるような相手は近隣に居なかった。
なにせ北部の被災で生産量が減ったぶん、市場の小麦価格が値上がり傾向が続いていた。
他領よりいくらか値引きした額でスタリオン領が交渉を持ちかけて来ていたのだが、今回の事件を受けて取り止めになり、後はノアゼット領から定価で小麦輸入するしかない所まで追いつめられていた。
遠方の領地との取引では、運賃が上乗せされて小麦価格は安くなるどころか高くなる。
食糧だけでなく何もかもが高騰してラザフォード領内だけ急激なインフレに陥る可能性が高くなっており、補助を歓迎すると同時に悩みも発生してしまっていたのだった。
普段、北部領に関心が無い王や貴族院のお偉方がラザフォード領の食糧自給率の低さを把握しているわけが無い。こういう所の詰めが甘いんだよなあ、とフェリシテはいまいち陛下の求心力が低い原因を分析してしまった。
「その件に関しては、私の父の契約違反でご迷惑をおかけしています」
ぺこりと頭を下げたフェリシテを、苦虫を噛み潰した様な表情でエリオットが見やる。
「全く、その通りです。ノアゼット伯爵がまさか領地間の契約を破るなんて……」
ついフェリシテを責めそうになったエリオットだったが、これは完全にノアゼット伯爵の罪だと思い直して口を閉じる。
本当は裁判にかければ契約不履行と言う事で罰が下されるのだが、困窮者向けの小麦をかなり値引きさせていたから向こうも不満だったのだろうと思うと文句も言い難い。
「あっ、食糧の件ですが、何とかなりそうですよ。昨日連絡があったのですが、シンクレア博士のご友人のゲインズ領主であるエルデン・ゲインズ伯爵へ声をかけまして、小麦や野菜などの取引きが可能と返事をいただきました。ただ、品質などは実物を見ないと何とも言えないので、一度現物を視察しに行きたいのですが」
「――――ゲインズ領ですって⁈」
フェリシテが丁度ヒューイットへ相談しようと思っていた話を伝えると、エリオットは案の定、大きく目を見開いて驚いた様だった。
シンクレア博士が仲介してゲインズ領主へ連絡をつけてくれていたのだが、なかなか返事が来なくて心配していたのだ。
ダメかと思っていたが、『一度作物を見て検討して欲しい』と昨日、やっと慎重な返事が来た。
問題なければ取引きに応じるとの事で、とにかく利益重視の押しの強い領主が多い中、珍しく謙虚な手紙が来て好感を持ったのだ。
買えとゴリ押しして来る人物ではなさそうだ。シンクレアが褒めていたが、丁寧な手紙からも良い人そうな人柄が見て取れた。
「サロワ領と紛争を繰り広げている野蛮な領ですよね?冗談じゃありません、食糧輸送中に強奪されたら大損で目も当てられませんよ。しかも視察?あんな危ない所に行こうとしているんですか?仮にもラザフォード夫人なのですから、軽々しく命を粗末にしないでいただけますか」
思いっきり鼻であしらわれたフェリシテだったが、ここで負けたら父親の思うツボになるだけだと食い下がる。
「いえ、シンクレア博士からゲインズ領とサロワ領で4年前から和平条約を締結し、紛争は収まっていると聞いています。そこでローゼル商会にも確認してみた所、和平条約は事実でこの4年間は争いは起きていないと。……ただ、長年の紛争で産業が低迷し、現在はゲインズとサロワ共に貧しく他領との交流もほぼ途絶えているそうです。長期間の悪評で輸出入がうまくいかず、紛争領と言う噂が尾を引いている様です。ですが先代と違い、現在のゲインズ領主は温厚で争いを好まない静かな人物との事。このまま手をこまねいているより、一度直接この目で見た方が良いと思います」
それからフェリシテは、シンクレアから聞いたスタリオン領の話も伝える。
ヒューイットにはスタリオン領がゲインズとサロワ領の紛争に関わっているかもしれない事を手紙にして教えていたのだが、エリオットは知らなかったらしく愕然としていた。
フェリシテも父親に情報操作された噂をばら撒かれたが、スタリオン領主も情報操作に長けているのかもしれない。
紛争を続けて疲弊したゲインズとサロワ領にスタリオンが何をしようとしていたか定かではないが、ゲインズ、サロワ、ガイル、リュドミル、ミルドレットの諸領はノアゼットとラザフォードを包囲する様に取り囲んでいる。
もしその諸領が全てスタリオンの領地になっていて戦争を仕掛けられたら、ラザフォードもノアゼットも敵に取り囲まれて窮地に陥っていたに違いない。
ラザフォードは騎士団は優秀でも兵糧攻めに弱く、ノアゼットは豊かさにかまけて自領に騎士団や兵の育成に力を入れていなかったから、攻め込まれたらひとたまりも無かったと思う。
ラザフォードもノアゼットも領地が広大で、陥落すればヴェルファイン王国の約半分の領土が手に入る算段になる――
詳しく話さずともエリオットは少しの情報ですぐに察したらしく、顔色を変えて身を乗り出した。
「……ちょっと待って下さい。何です、その重要な話は。ラザフォード領の存亡に関わるとんでもない情報が混じっているではありませんか。聞き逃す事など出来ません。ゲインズ領の食糧の取引についても聞きたい事があるので、もっと詳細を教えてください……!」
詰め寄るエリオットは、詳細を聞くまでテコでも動かない様相だ。
「――分かりましたよ。確かに重要な話ですからね」
そう言ったフェリシテは、にっこり笑った。
「実はこの後、午後から用事が入ってましてね――それにお付き合い頂いて、その後でいいならお話しできますよ」




