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85. 小麦輸入の行方

 「ゲインズ領の領主のエルデン・ゲインズは私の友人で、先代が亡くなってしまった為に若くして領主の座を継いだんだ。本来、エルデンには二人の兄がいて先代と共に領地経営に携わっていたが、病気や事故で次々亡くなり、王都でアカデミーの助教授になる予定だったエルデンが急遽呼び戻された」


 シンクレアは話を続けた。


「エルデンは領地に戻ってすぐに奇妙な異変に気付いたそうだ。ゲインズ領南側のティレリ領は以前はゲインズ領やサロワ領と小麦取引をしていたけれど、いつの間にかスタリオン領のみに変わっていた。それだけでなく、やはり以前ゲインズ領と小麦の取引をしていた南西側のドミニク領もスタリオン領とだけ取引するようになっていた……疑問に思って調べてみると、スタリオン領から採れる石炭と抱き合わせで小麦の取引を契約させられていた事が分かった」


 ティレリ領は土地が小さいうえに三分の一が山で農地が少なく、林業が盛んな領地である。

 ドミニク領は古代の宗教遺跡が集まっており、観光地として有名で世界中から巡礼が訪れる。領地の多くが世界保護遺産なので農地として利用できる場所が定められており、食糧の大部分を輸入に頼っている。


「――つまり、スタリオン領と取引すると何かしら抱き合わせで物を売り付けられると言う事ですか?」


 フェリシテが困惑を隠せずに聞き返す。

 幸いと言うか本来は微妙な話なのだが、ラザフォード領では大して企業の機械化や領民の生活の近代化が進んでいないので石炭の利用があまり普及していない。


 国内ではスタリオン領とダレル領の二カ所で石炭が採れ、王都やノアゼット領では先に石炭採掘されていたダレル領と取引契約を結んでいる。国内の大口取引はほぼダレル領が占めており、スタリオン領は最近になって石炭が採掘されるようになったので、新規の取引開拓に勤しんでいた。


「それが、抱き合わせだけなら良いんですけどね……」


 眉をひそめて、シンクレアが真顔になった。


「小麦取引契約を独占したとたん、質の悪い小麦を送ってきたり、重量の誤魔化しが横行しているそうですよ。今年は不作だったと連絡なく突然価格をつり上げたり、配送の遅延や衛生管理に問題がある事もしばしばで、輸送中にカビを生やしたり雨に濡らす事もあるんだそうで。それで、取引を止めようとすると石炭の輸出も止めると脅すんですよ。東部のダレル領から輸入すると輸送費がかさむ。経済的に余裕が無い小規模領地は、仕方ないと我慢してスタリオン領と取引しているそうなんです」


 何と、父親より悪徳な領主が他にも居たとは。

 フェリシテは熱心に相槌を打った。

 娘に嫌がらせをするのが目的の小物の父親より、スタリオンは大物だったらしい。

 ――しかし、よくそんな話を聞き出せたなと思う。

 貴族は特にプライドが高いから、弱みになるような情報をさらけ出さないものなのに。


「しかもそれだけでは無くてですね。エルデンが領主になってからサロワ領と和平条約を結んでいるんですが、紛争自体も妙だと感じたんだとか。サロワ領主との話し合いで『紛争が落ち着きかけると相手から攻撃されて平和が台無しにされる』とお互いが思っている事に気付いたんだそうです。これまでエルデンとサロワの両領主共に血の気が多かったので、攻撃されたらやり返すのが恒例になっていて、冷静に話し合う機会が無かった」


 ――確か、ゲインズ領とサロワ領の紛争は30年程続いていたはず。

 そこまで根深いと話し合いも難航するだろう。

 だが、まだ紛争をしていると思っていたが、和平条約が結ばれていたとは知らなかった。


「ところが、よく話してみるとサロワ領主は領民が疲弊するだけなので争いを避けたかったそうなんです。それはゲインズ側も同じで、他にも紛争状態になってから周囲の領地から農作物輸出を打ち切られたり、商会からは安全面が保証できないからと商品配送を断られたりで輸入が滞るようになった。収入が減少したのに防衛費が圧迫して良い事が無い。しかし手を引こうとすると攻め込まれそうになるから、やり返すしかなかった。……紛争の再開は常に領境での相手側からの銃の発砲が引き金になっていたが、お互いの領主は攻撃を控える様に厳しく命じていたらしい。何かがおかしいと思ってエルデンが領境の警備隊を調査してみると、スタリオン領出身者が驚くほど多く所属していた。しかも発砲していたのはスタリオン領出身者ばかり。それはサロワ領でも同じだったらしく、慌てて警備隊を領地民限定にして再編成したと言います。自領の人口が少なくて傭兵を雇っていたのが裏目に出ていた様で……バレた直後にスタリオン出身者たちは夜逃げしたと言う事なので、紛争に介入して長引かせていたのがスタリオン領ではと現在、ゲインズ領とサロワ領は疑っているそうです」


 話が大きくなって来た。

 だとしたらスタリオン領に近付くのは危険だろう。


「……それは知りませんでした。実家がゲインズとサロワ領の隣だったのに、紛争が停止していた事にも気付かないとは……ちなみに和平条約はいつ結ばれたんでしょうか?」


 フェリシテは社交に消極的だったが、社交好きな父親もそんな話は聞いていないと思う。

 何しろ紛争のとばっちりを受けないために、毎年かなりな額の領境警備費用を計上して警備隊を大量に配置していたのだ。

 平和条約が結ばれていたのなら、防衛費分を鉄道の駅周辺の開発に回したかった。


「和平条約は4年前に締結されています。それ以来紛争は起きていないけれど、何故かニュースにもならず、相変わらずゲインズ領とサロワ領は世間から危険と認識され続けています。商人の往来は戻りつつあるそうですが、経済の停滞が著しいそうで。友人が復興に躍起になっていますが、先は長そうですよ」


 シンクレアの返答に、フェリシテは気の毒になりつつ頷いた。

 紛争の停止が社交会の噂にならないのは、少々おかしい気がする……何しろ貴族達は噂話が大好きだ。自分の領地の事業計画に影響が出る様な事は見逃さないし、得になりそうな話もあっという間に広まる。

 目敏い貴族達に伝わらない様に、もしかして情報操作されているのだろうか?その操作をスタリオン領主が行っているのなら、相当な食わせ物だろう。


「では、スタリオン領と交渉するのは止めておきましょう。しかし、どこから小麦を調達したらいいか困りましたね……」


 悩みかけて、フェリシテはふと思いついた。


「――そうだ。ゲインズ領ではティレリとドミニク領から小麦取引契約を切られたんですよね。じゃあ、小麦が売るほど余っていませんか?ゲインズ領ならノアゼットを挟んだ隣の領地で、南北の街道を真っ直ぐ行けば到着して交通の利便性も良い。困っている者同士、手を組むのはどうでしょう……!」


 えっ、とシンクレアが目を丸くした後、ぱあああっと一気に明るい笑顔になった。


「それは助かりますよ……!何しろ友人の趣味が植物交配と品種改良で、ここ最近は毎年、農作物の収量がほぼ200%になっていたらしいんですよね。飛び切り美味しい野菜や果物がゴロゴロあるので、是非味わってもらいたい……!」


「農作物の収量が200%だなんて豪快ですねえ」


 優雅にお茶を飲みながら、イルサンがのんびりと感想を述べる。

 200%は驚異的な数字だが、何となくシンクレアの友人なら納得してしまう。


 急いで友人に連絡すると張り切るシンクレアとイルサンを見送ったフェリシテは、OKしてくれたらいいなあと思いつつ、シンクレアから手紙が来るのを待つことになった。




 

 



 

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