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80.ドラゴンファイア

 イルサンが言い切ったのに驚いて、ヒューイットが尋ねる。


「あの崖に宝が有るんですか?」


 何故分かるんだ?と怪訝そうなヒューイットだったが、フェリシテやシンクレアはイルサンの言葉の意味が理解できたらしく「なるほど、川か……」と納得している様子だ。


「恐らく、この山一帯に古代シダと言って鉱山に生える珍しいシダが生えている事からも、ここが鉱山である事は間違いないと思います。そしてレオンさんのお祖父様が見つけた黄金ですが、言い伝えが“水の精霊は金と黒に染まる”とあった事から、水の中から見つかる黄金……つまり砂金ではと推測しました」


「砂金……!」


 そう言われてヒューイットは腑に落ちた。


「土中の金鉱脈が、雨風等の浸食作用で砂状になって川などに流れ落ちたものですよね?」


 本で見た知識しかないが、川の底から小さな金の粒を拾う作業者の絵を見た事がある。国内では今は廃れたが、はるか昔にはいくつかの領地でゴールドラッシュがあったと聞いていた。

 そういえば先日、フェリシテに裏山で金が採れるかもと言われてはいたが、まさかラザフォード領で砂金が採れると言うのか。


「そうです。そして水に流されて、滝壺の様な場所や水が滞留する川底に砂金が溜まります。それと砂金と共に砂鉄が採れることが多いので、川は黄金と鉄の黒に染まると言う言い伝えと合致するんです。言い伝えでは鍛冶精霊を称えている事からも、砂金と共に砂鉄が採れると見て良いと思います」


 イルサンの説明にシンクレアがワクワクした様子で頷いた。


「そこで、あの崖が丁度上流から流れる小川の滝壺状になっているんだよ。きっとあの崖に、100年程前から手つかずの宝が溜まっているはず!」


 砂金か、とヒューイットはとんでもない物では無かった事に安堵した。

 フェリシテとシンクレアが絡むと、前回は世界でも類を見ない巨大紫水晶の晶洞が発見された事からも、予想外の展開になるのではとハラハラしていたのだ。


 凄いのは良いが、隠さなければならない程の大物は対処に困る。

 砂金や砂鉄が採れるくらいなら常識内だと、ヒューイットは張り切る博士とフェリシテと一緒に、大して苦も無く崖をよじ登った。


 *



 ――砂金や砂鉄なら常識内だと思った。


 だが、その常識は覆される。ヒューイットは思い知った。フェリシテとシンクレアの前では常識は斜め上の展開になる事を――――



 崖の上に立った4人が見た物とは、小さい家が一軒建ちそうな広々とした岩盤上に、豆粒大の砂金と手のひら大の石ころになった高純度の磁鉄鉱――いわゆる餅鉄が大量に堆積し、まさに金と黒の帯の様に太陽の光を浴びてきらきらと福々しく照り輝く、言葉通りの見事な黄金の小川であった。


 ここまで手つかずなのは『裏山に入ると妖精に攫われるから』と言うファンタジー溢れる言い伝えを律儀に守った近隣領民のお陰もあったとは思う。

 まさか黄金と餅鉄でびっしり埋まった小川があるとは――――



 唖然とするヒューイットの傍ら、フェリシテとシンクレアが大喜びで川から砂金……もとい粒金を手のひら一杯にすくい上げる。


「お伽話にしかないと思っていた光景を見られるとは……感無量です……!」

「わあ……この粒一つで1グラム位ありますね。現在の金価格は1g約2万ディールなので、両手にすくった分だけで70万から80万ディール……やりましたね、ヒューイット様!臨時収入ですよ!」


 ――――臨時収入の範疇を超えている。

 ざっと見て、岩盤上に流れる長さ7~8m、幅1mの小川に盛られた金と鉄の総額は億を超えているだろう。


「これは小川の上方に金脈と鉄鉱石の鉱脈があると言う事ですね。それにしても上質な円礫磁鉄鉱です。断面が綺麗なメタリックになっていて不純物が少ない」


 イルサンが瞳を子供の様に輝かせ、小型ハンマーで餅鉄を割って断面をじっくり調べている。


「どうします?金と磁鉄鉱を採掘するなら、鉱脈の位置を特定する調査もできます。これは行きますか⁈」


 黄金自体に関心があると言うより、探検したいのだろう。

 イルサンが今にも崖を駆け上りそうなヤル気を見せてヒューイットへ尋ねて来て、ヒューイットは慌てて止めた。


「待って下さい。さすがにこの軽装で崖登りは危険です」


 探検前提の恰好で来た博士達だが、崖をよじ登るとなると流石に装備が足りていない。

 ヒューイットとフェリシテは簡易な騎士服で動きやすいが、滑りやすいブーツでは崖登りに適していないのは明らかだった。

 このメンバーだとノリで金脈探しに行きそうなので、自分が常識を諭さなければと妙な責任感に駆られる。


「そうですね。足場が脆いので命綱がないと危険かもしれませんし」


 ふむ、と納得した様子のイルサンが頷いて、辺りを見回した。


「金と鉄以外の鉱物も堆積しているかもしれませんから、よく調べてみましょう。いくつかサンプルを頂いても宜しいですか?」


 もちろん、とヒューイットは了承した。

 

 そのままヒューイットが見守っていると、小川に入って夢中で砂金や川底を漁る楽しそうな博士達とフェリシテの口から歓声が上がる。


「あっ、カゲロウだ!この水は綺麗なんですね。もしかして湧水だったりするんでしょうかね」

「水晶と白メノウらしき石がありました……!他の貴石も発見できそうです!」

「ヒューイット様、砂金を袋に詰めて持って帰りましょう!予算が不足したら即補充できますよ!」


 そう言って良い笑顔を見せるフェリシテに、ヒューイットが困惑する。


「いや、これまで縁が無かったので、鉱物の採取に関する国の税金がどうなっているのか詳しく分からないんだ。採掘は年間100㎏まで無税なはずだが、ここまで大量だと相当な税額になりそうで、手を出すのを躊躇ってしまうんだが……」


 すると、すかさずフェリシテと博士達が答える。


「確か、拾った鉱物については税金がかからないはずですよ。鉱山の採掘は地形を変える可能性があるから登録と許可が必要ですけど、公害が発生しない河原などでの鉱物拾いは無税です」


「フェリシテ嬢はよくご存じですね。ヴェルファイン王国で鉱物にかかる税金は、採掘権の許可申請の手数料と、鉱物を商業用に売買した際の流通税です。この採掘権取得費用が高いんですが、採掘で山崩れなどが起きた時の災害対応料を兼ねているので高いんです。なので、地形が変わらない程度の年間100㎏の採掘なら採掘権なしで地主が鉱物を利用できます。流通税も、国外への貴重な鉱物資源の流出を阻止する目的のものです。つまり、そこらで拾った石などには全く税金がかかりません」


「国もまさか、川で億単位の砂金が拾えるとは思わないでしょうね。まあ、そういう事でこの小川にある黄金と鉄は無税で使い放題と言う訳ですよ!」


 豪快に言い放ったシンクレアの発言を聞いたら、国王と財務大臣が悔しがりそうである。

 昔は必死で採ったらしいが、今では砂金採りは時間ばかりかかって少量しか採れず、コストに合わないと廃れてしまっていた。

 土を掘らずして大量の黄金と鉄を手に入れてしまったヒューイットは、唖然として黄金の小川を見やる。


「……この黄金と鉄が使い放題……?」


 ヒューイットが夢のような話に放心していると、持ってきた小さな麻袋に砂金を詰めていたフェリシテが「あれ?」と砂金の間にあったコイン程の大きさの小石を拾い上げ、指でつまんで太陽光に透かし見た。


「この石、水の中で一瞬赤く光った様に見えました。でも、くすんだピンク色の石ですよね……?」


「――赤く光ったですって⁉」


 これで少しは領民の暮らしが楽になるかもと感慨に浸っていたヒューイットだったが、静けさとは縁遠い博士とフェリシテによって、すぐにその場が騒然となる。


 目の色を変えたイルサンがフェリシテの元へ駆け寄り、受け取った石を細かく調査している間にシンクレアが移動してきて、フェリシテの居る近くの川底を漁った。

 すると、同じようなくすんだピンク色の十二面体の結晶石が次々と見付かり、石を割って日にかざしたイルサンとシンクレアが興奮し、手を取り合って喜んだ。



 「伯爵、フェリシテ嬢、凄いですよ!この石、ドラゴンファイアです……‼」


 「――ドラゴンファイア???」


何の事か分からずにポカンとするフェリシテとヒューイットへ、イルサンが興奮したまま説明する。


「非常に希少なガーネットで、ドラゴンガーネットの名を冠している宝石です。赤系のパイラルスバイト系統で、正式名はパイロープ・スペサルティンガーネット。――太陽光やランプの灯を浴びると蛍光する、カラーチェンジガーネットの一つです。このくすんだピンク色が太陽光で一瞬、濃厚な赤色に煌めく事から、竜の眼や竜の吐く炎に例えられてドラゴンガーネットと呼ばれている、珍しい石ですよ……‼」


 えっ⁈とフェリシテとヒューイットが驚愕する。


「やっぱりラザフォード領は秘境かもしれません……!ちょっと小川の上流に行ってまいります‼」


 ……いや、ちょっとと言うのは語弊があると思う。


 ヒューイットは嬉々として駆け出そうとするイルサンを全力で止めた。

 イチイの木がさらに上空にもぽつぽつ生えているけれども、ここから上は険しい階段状の岩盤が層をなしており、途中は垂直な崖の壁面をよじ登る事になる。


 うっとりと山の上を見上げるイルサンを止めるのにヒューイットが苦心していると、フェリシテがそっとイルサンの行く手を阻んで、宥める様に彼の肩をぽんぽんと叩いた。

 一緒にイルサンを止めてくれるのかとホッとしたのだが、フェリシテはふっ、とニヒルな笑みを浮かべてとんでもない事を言い出した。


「――イルサン博士。まだもう一つ謎が残っているのにお気付きですか?言い伝えの中でまだ解明していない部分は……“セイティアの山が緑に輝き”……ですよ。今、“ロヒカール(竜)の息”となるドラゴンファイアガーネットが発見されましたよね?ならば緑に輝くときたら、もしやダイヤと並ぶエステートジュエリー(資産価値の高い宝石)の、デマンドイトガーネットでは⁈……博士、ドラゴンガーネットは一旦置いといて、デマンドイトガーネットを探しましょう!全力で……‼」

 

 デマンドイトガーネットと言う物を知らないヒューイット以外の3人が、ヤル気を漲らせる。

 よく分からないが、ヒューイットはここまで来たらラザフォード領は間違いなく秘境だと認めざるを得ないな……と悟りの境地に至ったのであった。

 







 



*ドラゴンガーネットは実在する石です。桜色の可愛い石で、UVライトを当てると

 赤い蛍光色を発します。紫外線や灯に反応して変色する石です。

 デマンドイトガーネットは貴重なグリーンガーネットで小さいものが多く、

 3カラット(約9.4mm)以上の大きさだと約60万円から100万円で取引され

 たりします。ガーネットの中で一番高い石と言われています。

 

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