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35. 垂直落下

 そこからすぐに温泉の源泉へ辿り着いた二人は、少々早めの昼食をとることにした。


 ほかほかと湯気が立つ、水溜まりくらいの源泉が見える位置の岩に座り、使用人が作ってくれたサンドイッチにかじりつく。

 お弁当は、ハムとチーズ、そしてクリームチーズとアプリコットジャムを挟んだサンドイッチと、青りんごを薄くスライスしてブラウンシュガーをかけて焼いた、サクサクの焼きリンゴだ。

 水筒には冷ましたエルダーフラワー茶が入っていて、歩き通しで乾いていた喉をさっぱりと潤してくれた。


「うわあ、このチーズ美味しいですね……!ちょっと癖があって、これ牛のじゃありませんよね?」

「ヤギの乳で作ったチーズですよ。ラザフォード領では、こちらのほうがポピュラーなんです」

「これ、お土産に買って帰ろう。ワインにも合いそうです」


 他愛ない会話を交わしていると、シンクレアがキョロキョロ周囲を見回した。


「やはり硫化水素が発生してませんね。その割に、獣の姿が見当たらない。本当に静かです」

「ええ、もっと北側の山には獣が良く出没するそうですが、この辺りでは滅多に見かけないんですよ。不思議なんですが」

「ふむ。それは興味深い」


 手についたパンくずを払ったシンクレアが、岩を降りて付近を歩き出す。


「あっ、硫黄が露出してるってこれですね。ハハハ、近付くとツーンと来る!目にしみますねえ!こりゃ野生動物の嗅覚には辛いでしょうね!」


 シンクレアは何故か楽しそうだ。

 鼻をつまんでいる彼にハンカチを手渡すと、礼を言って受け取る。


「こっちがミョウバン石か。おやっ、ここらへんは黒色の蛇紋岩が露出してますね……ああ、土の下は蛇紋岩の岩盤か。なるほど、これじゃあ獣が住みにくそうです。蛇紋岩は風化しやすくて、ここまで地層が古いと、もろく崩れて地滑りしやすいんですよ。木の根が生えている所は良いですけど、あそことか危ないですよ」


 木々の間に枯れ葉の落ちた、なんのへんてつも無い空き地の様な空間があり、その地面を指差すシンクレアに、フェリシテは首を傾げた。

 足元にあった握りこぶし大の石を、ポーンとそこへシンクレアが放り投げると、地面に跳ね返って転がるかと思っていた石が、ズボリと落ち葉を貫通して消え、辺りに落ち葉が舞い散った。


「はあ⁈」


 驚いて近付くと、そこは1m程の深さの穴となっていて、地面と思っていたのは、木の枝が重なった上に落ち葉が堆積していただけのものと分かった。


「天然の落とし穴になってますね。さっき登りながら確認しましたが、水道管を通している部分は人工的に石を組んで、足場を強化していたんですよ。なので、他の斜面を登る最中には足元が崩れたり、滑ったり、こんな風に地面にボコボコ開いている穴に落ちたりしやすいと思います。天然のダンジョンですねえ。多分そこらの穴の底で、出れなくなった動物の骨が大量に見つかると思います」


 木の枝を拾って、辺りの地面をつつきながらシンクレアが言う。

 トラップか!とフェリシテは突っ込みたくなった。

 うっかり、別な場所から入山しなくて良かったと冷や汗が出る。


「ああ、硫黄があるなら、アレもあるかな?」


 再び歩き回り始めたシンクレアが呟き、枯れ葉の下を木の枝で探る。

 落とし穴があると指摘しながら、平然とうろつく彼にフェリシテはハラハラつつ、何を探しているのだろうと疑問に思った。


「ーーあっ!あった、あった、ヤッタぁーーーー‼」


 間もなく源泉からだいぶ離れたところで喜びの声を上げ、熱心に何かを探していたシンクレアが、がばっと地面に這いつくばる。

 何事かと驚くフェリシテの目の前で、そのまま木の枝を垂直に地面に突き立てた瞬間。


「ーーーーあれっ?」


 ガキン!と言う、土にあるまじき硬い音が響くと共に、シンクレアの足元を中心に、蜘蛛の巣の様な亀裂が放射状に走る。

 

 え?


 ぼこっ、と地面に穴が開き、悲鳴を上げる前に、シンクレアの姿が消え、その穴の中に吸い込まれていったのだった。



 

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