ウンディーネの城 4
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一、二、三……。
わたしの頭の中が数秒間完全に停止する。
……えっと、いま、ウンディーネって言った?
聞き間違いだろうか。うん。そうに決まっている。
だってウンディーネだよ?
何でウンディーネが普通に人間の姿をしているの?
サラマンダーはでっかいトカゲみたいだったわよ? 意思疎通もできなかったし。
わたしは聞き間違いだなと判断し、お姉さんを見つめた。
「お姉さん」
「だからウンディーネよ。ディーネって呼んでくれてもいいけど」
聞き間違いじゃなかった!
そしてなんでこんなにフレンドリー⁉
わたしはスマホ画面に出てきたサラマンダーの「レベルが低いということを聞いてくれません」という忠告文を思い出す。
ついでに言えば、サラマンダーを召喚したとき、本当に死にかけた。
つまり、精霊とは危険なものだと認識していたわたしの頭の中は、にこにこと笑うウンディーネに「???」でいっぱいになる。
「ウンディーネ、さん」
「ディーネ」
さっきどっちでもいいみたいに言わなかったでしょうか?
「さあ呼べ」と言わんばかりの圧の強い青い目を向けられて、わたしは腑に落ちないと思いつつも言いなおす。
「ディーネ、さん」
「さんはいらないわ。マリアちゃん?」
何故わたしの名前を?
もうわけがわからなくて大混乱です。お兄様早く来てください! おばかなわたしじゃあ状況判断ができません! というか今が現実なのか夢なのかももはやわかっていませんよ!
「……おうちに帰りたい」
くすんと鼻を鳴らしつつつぶやけば、ウンディーネが笑顔でこてんと首をかしげる。
「あらまだだめよぅ、お話しましょ? いろいろ聞きたいことがあるのよ。ってああそうそう、その前に!」
ウンディーネはにこにこと優しそうな笑みをすぅっと消すと、ついと入り口の扉――正確にはその扉の奥を見透かすように目を細めた。
「マリアちゃんの乗っていたボートを転覆させて溺れさせようとしたあの男、どうする? わたくしもいろいろ思うところはあるし、ノームがあの男をやけに目の敵にしていたから、なんならここでさくっとサメの餌にしちゃうけど」
「…………。………………」
ひいいいいいいいいいっ‼
わたしはしばらく固まったのちにぴゃっと飛び上がって、わけもなく壁にしがみついた。
待って待って待って!
今すんごいこと言った!
この人、さらっとサメの餌とか言った‼
ヴィルマも似たようなことを言っていたけど、ウンディーネは絶対にマジだ。マジで言ってる。
……どうしてわたしの周りにはこんなに怖い人ばっかりなの⁉
がくがくぶるぶると震えていると、ウンディーネがおっとりと頬に手を当てた。
「実際にボートを転覆させたのはあの男が雇った男たちみたいだけどぉ、指示した人間が一番悪いわよねえ? 今は気絶しているみたいだけど起こして、サメの中に放り込んじゃう♡」
「じゃう♡」じゃなーわーっ!
お兄様ああああああ‼
この人怖い! いや精霊だけど、怖いっ!
あまりの怖さに涙目になったわたしに、ウンディーネは困ったような顔になった。
「あら、どうしてわたくしのほうが怯えられているのかしら? マリアちゃんを溺れさせようとしたのは、城の外にいるあの男の方なのよ?」
本気でわかっていなさそうな顔だった。
やはりサラマンダーと同類の精霊である。人と感覚が違いすぎる!
ウンディーネはしばらく考えたあとで、「仕方ないわねえ」と嘆息した。
「ま、わたくしが手を下さなくても、人の法にのっとり処罰されるでしょうし、今はいいかしら。もし処罰されなかったらその時に考えればいいものね」
その時にってどうするつもりなんでしょうか。いえ、やっぱりいいです。もう聞きたくありません。
「さあマリアちゃん、お茶が用意されているから行きましょー! 陸だとお話しできなくて悲しかったのよー」
……海の中でお茶ですか。いえ。突っ込みません。もうわたしの容量の少ない脳がオーバーヒートしそうです。無の境地で従います。
ウンディーネにとぼとぼとついていくと、連れていかれた先は水色の壁の可愛らしい部屋だった。
ウンディーネは聞いてもいないのに、この丸いテーブルは桃色サンゴでできているだの、気に入ったら帰りにプレゼントするだの、とってもフレンドリーに話しては笑っている。
……桃色サンゴのテーブルは可愛らしいけど、持って帰ったらどこで手に入れたって騒ぎになりそうな代物だから、いりません。
わたしはもう、ハイライドのときで懲りたのだ。
質問攻めにあうとうっかりぽろりと余計な情報を喋ってしまうダメなわたしでは、質問された時に誤魔化しきれない。
海の底にお城があってウンディーネとお茶してきましたテヘペロ、なんて暴露した暁には、ニコラウス先生が暴走する未来しか見えなかった。
ハイライドのときですら妖精だなんだと、信じられないくらいにハイテンションになった先生である。その上精霊なんて言えば……、うん。わたし、実験台にされるかも。データを取るために、ちょっと解剖させてくださいとか言われるかも。あとで治しますからねと言われてオッケーですなんて言えませんから‼
メスを持った満面笑顔のニコラウス先生を想像し、わたしはガタガタと震えた。
わたしの中の良心だった優しいニコラウス先生は、タガが外れたらお兄様と別次元の恐怖大魔王だったのだ。怖すぎる。
なんでわたしの周りには怖い人(ついでに精霊も)がたくさんいるのかしら? わたしが悪役令嬢だから? そうなの⁉
「あらマリアちゃん真っ青よ? どうしたの?」
「な、なんでもないデス……」
「あらそう? まあいいわ。はいお茶よ~」
……何故海の中なのに、ティーカップにお茶が入って出てきて、ついでに湯気まで上がっているのかしら。もうわけわかんない。
これが水の精霊の力なのだろうか。
海の中なのに普通に喋れているし、多少体がふわふわと浮くような感覚はあれど、陸とあまり大差なく行動できている。
出された水色のクッキー(いったい何が入ったらこんな色になるのかしら?)を食べつつ、出されたお茶に口をつける。
「そう言えば、ディーネ。あの、ロンベルク島の言い伝えではイルカたちはウンディーネの使いって言われているけど本当ですか?」
「ええ。あの子たちはわたくしの可愛い子たちよ」
「それなら、ヒメル……ロイヤルブルーのイルカを、ここから離れたところに逃げしてあげることはできますか?」
せっかくだから、ヒメルがまた捕まらないようにできればいいなと思って聞いてみたら、ウンディーネがふんわりと微笑んだ。
「うふふ、やっぱりマリアちゃんはいい子ねえ。でもそれなら、やっぱりあの男をサメの餌にした方が……」
「そ、そういうのはなしでお願いします!」
「あらそーお?」
ウンディーネはくすくすと笑う。
「心配しなくても大丈夫よ。もし捕まるようなことがあれば、わたくしがまた助け出すから」
「また?」
またってどういうことだろう。
わたしがうーんと首をひねると、ウンディーネが優雅にティーカップに口をつけた。
「あらあらマリアちゃん、気づいていなかったの? どうしてわたくしがあのホテルにいたと思う? あの子を助け出す方法を考えていたのよ」
うん?
「ってことはもしかして、イルカの保護施設を破壊したのは……」
「わたくし。もっと言えば、あの嵐もぜーんぶ、わたくし♡」
なんてこったー‼
ウンディーネのせいでわたしはヒメルを逃がした犯人だと疑われていたわけ⁉
どうせ逃がすならもっとやり方を……って、まあ、わたしのタイミングが悪かったんでしょうね。がっくり……。
ヴィルマ、あんた大正解よ。
あんな偶然が重なるなんておかしいって言っていたけど、偶然でも何でもなかったわ。人の力が及ばない精霊様の仕業だったわよ‼
「ねえマリアちゃん。そんなことより、マリアちゃんはもっとわたくしに訊きたいことがあるんじゃないかしらー?」
「訊きたいこと? ここからの帰り方とか?」
「そうじゃなくて、もっと重要な事よ」
いや、ここからの帰り方以上に重要なことは、わたしにはありませんけど?
ヒメルは大丈夫そうだし、ボートが転覆したところでお兄様やヴィルマが溺れるとは思えないから、わたし、他に訊くことはないわよね?
なんのこっちゃと首をひねっていると、ウンディーネは「え? 本当に?」とものすごく驚いた顔をした。
「ねえマリアちゃん……、ノルンからの伝言、もらったのよね?」
「ノルンからの伝言?」
なんのこと?
きょとんとしたわたしに、ウンディーネは額を押さえて嘆息する。
「精霊を集めろって、指示されなかったかしら?」
わたしはしばしば考えて――
「はあああああ⁉」
素っ頓狂な声を上げた。





