言いがかり 9
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……うーん、いないわね。
いないのはいいことだが、ヒメルだけではなく、他のイルカの姿もない。
イルカは群れで生活するというし、住処を移したのではなかろうか。
魔石を動力源とした魔法具の動力がついたゴムボートが、ゆっくりと青い海を進んでいく。
「少しばかり探したふりをしたら船に戻るよ、マリア。いつまでもこんな茶番に付き合ってやる必要はない」
あ、茶番って言いきっちゃったわ。
まあわたしたちはギューデン伯爵が言いがかりをつけるから仕方なくお付き合いしているだけですからね。そもそも、付き合ってあげる義務はないのだ。
「私の方もこの数日で準備は整ったからね。あの愚か者にいつまでも付き合ってやる必要はない。第一、新婚旅行なのになぜこのような馬鹿なことに時間を使わなくてはいけないんだろうねえ。……その件についても、きっちりと報復してやらなければ気がすまない」
……お兄様、準備っていったい何をなさったんですか?
これは思っていた以上にお兄様は怒り心頭なご様子である。大魔王様もはだしで逃げ出すかもしれないくらいお怒りだ。
「ジークハルト、あの……、ほどほどにしてくださいね?」
「もちろんだよマリア。あの愚かものに、ふさわしい、適度な罰を用意しよう」
そういう意味じゃなくてですね、あの、加減してあげてねって言いたかったんですが……。
うん、これはだめだ。わたしでは止められない。怖いから目と耳を塞いで知らなかったことにしよう。わたしは何も見ていないし何も聞いていないし何も知らない。
お兄様が日々恐怖を与えてくれるおかげで、わたしの自己防衛能力も進歩しつつあるのです。わたしは自分が可愛いから、怖いことには目をつむるのですよ!
……今度お母様に、振り切れたら恐怖大魔王な男性との賢いお付き合い方法を聞いておこう。お兄様と傾向が似ているお父様の妻を長年務めているお母様なら、きっといいアドバイスをくれるはずだ。たぶん!
とりあえず今は無我の境地でいようと、微妙に間違って覚えている般若心経を心の中で唱えている。
……ぶっせつまーかーはんにゃーさんは、はらをみたしー……。
お坊さんが聞けば激怒しそうな、微妙に、けれども思いっきり間違っている般若心経で、わたしが心を落ち着かせていたときだった。
ぐらりとゴムボートが大きく揺れて、わたしは「ひゃっ」と悲鳴を上げる。
「マリアッ」
「お嬢様‼」
お兄様とヴィルマが、わたしに向かって手を伸ばすも、それを掴む前に三人が三人とも海に投げ出された。
突然下から突き上げられるように、ボートが転覆したのだ。
……しまった! わたし、泳げな……っ!
必死にお兄様に手を伸ばしたけれど、大きな波がわたしに襲い掛かり、ざぶんっとそのまま海に引きずり込まれる。
「マリアッ‼」
こぽこぽと口から空気が泡となって零れ落ちるのを、わたしは海に沈みながら、消えゆく意識の中でぼんやりと見上げていた。
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