言いがかり 1
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
窓ガラスを激しく叩く雨の音が絶えず室内には響いていた。
昨夜、わたしが入浴をすませたあたりから激しくなりはじめた雨は、あっという間に嵐へと姿を変え、強風にあおられた横殴りの大粒の雨が今にも窓ガラスを割りそうだ。
……まあ、そんな気がするだけで、さすがに割れないでしょうけど。
ロンベルク島は年に一、二回ほど嵐がやって来るそうで、高級宿であるこのリゾートホテルはその対策もしっかりとされている。
ホテルに使われている窓ガラスは分厚く、多少硬いものがぶつかったくらいでは割れないそうだ。
さらに言えば、お兄様がさっき窓ガラスに強化魔法をかけていた。お兄様の魔法が風で飛ばされて来た物に負けるとは思えないので、少なくともこの部屋の窓ガラスが割れて部屋が水浸しになることはないだろう。
「それにしてもよく降るね」
窓の外はまるで日の出前のように暗いが、時間的には太陽が昇っている時間だ。
朝食を終えてぼんやりと暗い窓の外を見ていたら、お兄様がほかほかと湯気の出るティーカップを差し出してきた。そう言えばヴィルマがさっきお茶の準備をしていたなと思い出す。
嵐のせいなのかどうなのか。夏なのに、昨日の夜から妙に肌寒い。気温が十度くらい下がった気がするのは気のせいではないだろう。
「よく降りますね。こんなに降って大丈夫でしょうか?」
「ホテルの外の様子がわからないから何とも言えないかな。ただ、ホテルの支配人によれば、毎年、嵐は一日もしたら通り過ぎるようだから、今日の夕方か夜には落ち着くんじゃないかな?」
お兄様、いつの間に支配人とお話していたんですか。
わたしがぼんやりしている間に情報収集してくるお兄様はさすがですけど、わたしは時々お兄様は分身の術が使えるんじゃないかと不思議になりますよ。
温かい紅茶を受け取り、わたしはふーふーと息を吹きかけてから口をつける。ほんのり蜂蜜が落としてあるようで、優しい甘みが口に広がった。
「嵐だからね、外には行けないが、マリア、今日はどうする?」
「そうですね……。わたしは部屋でゆっくりしていようと思います」
昨日のヒメルのことが頭から離れなくて、何をしても楽しめそうにない。
お兄様はわたしの頭の中などお見通しのようで「あまり思いつめないように」と苦笑した。
「お前が部屋でおとなしくしているのなら、私は少し用事を片付けてこよう。ヴィルマ、マリアの側から離れないように」
「はい」
「ジークハルト、用事って?」
「ちょっとした仕事だよ。お前は気にせずのんびりしていなさい」
……まあお兄様、旅行中なのにお仕事ですか? お父様ってば、旅行中くらいお兄様をお仕事から解放してあげればいいのに。
お父様の元で公爵家のことを学んでいるお兄様だけど、たまにはゆっくりすべきじゃないかしら。まあ、次期公爵ともなれば学ぶこともお仕事も多いのでしょうけど。
人一倍どころか、一人で五人分くらいの仕事を平然とこなしてしまうようなチートなお兄様だけど、ちゃんと休息を取らないと過労で倒れちゃいますよ。まったく。
お兄様が部屋から出ていくと、わたしはそっと息を吐き出す。
「お兄様のお嫁さんは大変ね。公爵夫人のお仕事をしつつ、無理をするお兄様に休憩を取らせるっていうお仕事もあるんだわ」
「お嬢様、何を他人事みたいに言っているんですか。ジークハルト様のお嫁さんはお嬢様でしょう。まさか、結婚したことを忘れたんですか」
どんだけポンコツ脳なんだとあきれ顔をするヴィルマに、わたしはムッとした。
……将来の話よ! わたしとの契約結婚が終わった後、お兄様のお嫁さんになってくれる人の話なの!
いくらわたしでも、ついこの間あげた結婚式を忘れたりはしませんよ!
「今はわたしがお兄様の妻だけど、別れるかもしれないでしょう?」
「わけがわからないことを言わないでください。そんなことになればジークハルト様が世界を滅ぼしますよ。恐ろしい」
いやいや、あんたの想像の方が恐ろしいから。
え? お兄様が世界を滅ぼす?
お兄様は魔王か何かですか?
いくらチートなお兄様でもあり得ないから!
「お嬢様はジークハルト様の執着を甘く見てますよ。あれ、ヤンデレってやつです。舐めたことをしてると監禁されますよ」
「お兄様がそんなことをするはずないでしょう?」
「本気でそう思えるお嬢様がすごいですよね。ここまで危機感がないなんて、ある意味尊敬します」
あんたそれ、思いっきり馬鹿にしてない?
まったく、ヴィルマったらわたしやお兄様を何だと思っているのよ!
そりゃあ、何かお兄様、わたしと別れる気がないみたいなことを言っていたけど?
だけどそれは、きっとお兄様に好きな女性がいないからよ!
好きな人が出来たら、わたしとの契約結婚なんてとっとと解消しようって思うはずよね。
……って、それはそれでまずいんだわ。少なくともヒロインのリコリスが誰かとくっつくまではお兄様の妻の座に収まっていないと破滅が!
うぅむ、悩ましいわ。
お兄様にはわたしなんかに縛られずに幸せになってほしい。
お兄様を利用して破滅を回避しようとしているわたしが何言ってるんだって感じかもしれないけど、一生束縛しようなんて思っていないのよ。
お兄様にはお兄様にふさわしい賢くて優しいお嫁さんが来てほしいもの。
ついでにわたしに優しい女性だったらなおいいわ!
「ねえヴィルマ、お兄様ってどんな女性がタイプだと思う?」
するとヴィルマはじっとわたしを見つめてから答えた。
「そうですね。金髪で赤紫色の瞳で、出るところがしっかり出ているエロい体型で、ついでに頭はあまりよくなくて天然な女性ですかね」
「あら、やけに具体的じゃないの。でもある意味助かるわ! そういう女性を探せばいいのね!」
「ソウデスネ」
どうしてかしら、ヴィルマが片言になったわよ。
ヴィルマが頭を振りながら「いったいどういう思考回路をすればそうなるんでしょう」なんてぶつぶつ言っているけど、どういうこと?
「ちなみに、出るところが出ているってどのくらいなのかしら? どう思う?」
ヴィルマは面倒くさそうに姿見を指さした。
「あの鏡の前に立てば答えがありますよ」
わたしはようやくヴィルマに揶揄われたのだということに気が付いて、むっと口をへの字に曲げる。
「ヴィルマ! わたしは真面目に悩んでいたのに、ひどいじゃないの!」
ヴィルマははあ、とこれ見よがしなため息をついた。
……わたしは、怒っているんですけどー⁉