精霊信仰 4
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
翌朝はからりと晴れていた。
朝食を食べた後、わたしはお兄様と一緒に昨日のカフェのお兄さんに教えてもらったロンベルク島の資料館に向かうことにした。
遠くに見える紺碧の海から爽やかな風が吹いてくる。
……そう言えば、前世でも海水浴なんて子供の時に行ったくらいだったわよね。
久しぶりに海で泳ぎたいなと思ったわたしは、そこではたと気が付いた。そう言えば、マリアは泳げないんだった。
きわどい水着は買ったことがあるくせに泳げないとか……マリア残念過ぎる。
「穏やかな海ですね」
「ここからだと穏やかに見えるが、波が荒いそうだよ。それから二十年ほど前までは沖のあたりには海賊が出没するとかで、治安が悪かったはずだ」
……お兄様、夢を壊すようなことを言わないでくださいよ。
「海賊はもういないんですか?」
「国がこの島に海軍基地を作ったからね。おかげで海賊はよそへ散ったみたいだよ」
お兄様、物知りね。
いえ、わたしが知らなすぎるだけかしら?
次期公爵ともなると、国内のあらゆる事情に精通していなくてはならないのだ。お兄様は大変である。
「あの……ジークハルト。変なことを聞いてもいいですか?」
「うん?」
お兄様と手を繋いで歩きながら、わたしはお兄様の横顔を見上げた。
「その、ジークハルトは今の立場が嫌だとか思わないんですか? ええっと、伯父様と伯母様……ジークハルトの本当のお父様とお母様が亡くなった後、ジークハルトはわたしのお兄様になりましたけど、アラトルソワ公爵家を継ぐのはわたしが婿を取ってもよかったはずです。ジークハルトが望めば、お父様もお母様も無理にとは言わなかったはずですけど」
「何を言っているんだ? お前の夫は私じゃないか。それともお前は、私以外の誰かと結婚する用意があると?」
あれ、なんか地雷踏んだ?
たら~っと冷や汗をかけば、お兄様がくすりと笑う。
「冗談だ。お前が言いたいことは理解したよ。その上で言うけれど、私は父上と母上の養子になる前も後も、公爵家を継がない未来を考えたことはないんだよ」
「大変なのに?」
「ああ」
お兄様の本当の両親は、わたしのお父様のお兄様夫妻だった。
お兄様の両親が生きていたら、もちろん公爵はわたしのお父様じゃなくてお兄様の本当のお父様だったから、お兄様が公爵家を継ぐ予定だったのは間違いない。
だけど、お兄様の両親が亡くなったのは、わたしが生まれる少し前。十七年前のことだ。お兄様が三歳の頃のこと。
三歳の子供が、公爵家を継ぐと、どこまで本気で覚悟していただろうか。
……少なくともわたしが三歳の頃は遊ぶことしか考えていなかったわよ。
こういう言い方をするのはなんだけど、お兄様の両親が亡くなった時に、お兄様は選択肢が増えたのだ。公爵家を継ぐか否かの選択肢である。
だけどお兄様は公爵家を継ぐ方を選択した。
重圧から解放される方は、選ばなかった。
お父様もお母様も鬼じゃないから、お兄様が落ち着いたころ……少し大きくなったころに、公爵家を継ぐか否かの確認は入れたはずである。
無理矢理その椅子に座らせようとはしなかったはずだ。
お父様とお母様は、両親を失ったお兄様に、さらに重圧をかけて押しつぶそうとするような鬼畜ではないはずである。
お兄様が公爵家を継ぐと選択したのが何歳のときかは知らないけれど、何故、自由を選ばなかったのだろうか。
うちはお金持ちだし、付随する爵位はいくつか持っているから、もっと気楽な立場にもなれたはずなのに。
お兄様は、風で乱されたわたしの髪を手櫛で整えながら目を細める。
「お前がいたからね」
……ええっとそれはつまり、お前が馬鹿すぎてどうしようもないから諦めたってことかしら?
わたし、気づかない間にお兄様の未来を摘み取ってしまったのかしら?
しょんぼりしていると、お兄様が青い空を見上げてつぶやく。
「……お前がいなかったら、たぶん私はいなかったと思うからね」
どうやらわたし、相当お兄様に負担をかけていたみたいね。
わたしはぐっと拳を握った。
お兄様にこれ以上の負担をかけないように、わたし、頑張りますからね!
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ
少し前から新連載もはじめています。
よかったらこちらもチェックしていただけると嬉しいです(#^^#)
「君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します」
https://ncode.syosetu.com/n2833kw/





