精霊信仰 1
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……なんか、釈然としませんよ。
お兄様は冗談で「雨が降る」なんて言ったんだろうけど、一度ホテルに昼食を取りに戻って、さあ資料館へ出かけようとホテルの玄関を一歩踏み出したところで、ぽつぽつと雨が降り出した。
「本当に降ったね」
「……ジークハルトは預言者ですか?」
「それを言うなら、マリアは雨乞い師かな。それとも水の乙女かな。どちらにせよ、勉強しようとするだけで雨が降るなんて、水の少ない地域に行けばさぞ重宝することだろうね。さすがマリアだ」
楽しそうなところすみませんが、それ、ちっとも褒めてませんよね?
というか、わたしが勉強することと雨がイコールなら、水不足の地域に行ったら、わたし、ずっとお勉強をさせられそうなので、そんな前例いりませんよ。雨よやめ~! 早くやめ~!
「まあ、陸が近いとはいえ、島だからね。海の天気は変わりやすいというし、仕方がないかもしれないね。わざわざ雨の日に出かけるのも億劫だし、資料館は明日以降にして、ホテルでゆっくりしようか」
「そうですね」
旅行は長いのだ。今日急いでいく必要はどこにもない。
ハイグレードのホテルだけあって、ホテル内には遊ぶところも充実している。
ええっと、インフィニティプールだっけ? プールの境目がわかんないやつ。あれもあるのよ。
ホテル自体が高台にあるから、プールからは海と空が一望出来て、すごく綺麗なんだって。
あとホテルと渡り廊下でつながっている別の建物にはカジノがあるし、ライブラリーや、ロンベルク島出身の画家の絵を集めたコレクションルーム、エステ、ミニコンサートが開けるサロンも充実していた。
この時期は三日に一度くらいの頻度で、ダンスパーティーも開かれている。
これは、貴族客の多いハイグレードホテルならではだろう。
夏は王都はシーズンオフなので、リゾート地に足を運ぶ人が多いのだ。
だから、外に出なくとも充分に時間が潰せるのである。
「お兄様、カジノに行きましょう!」
「行くのは構わないが、マリアはそもそもゲームのルールを知っているのかい?」
「知りませんがこういうのはビギナーズラックと言うものが発動するものです!」
「お前がおばかさんなのは今にはじまったことじゃないが、つくづく幸せな思考回路をしているね」
あるわけないだろうと肩をすくめつつも、お兄様は苦笑してオッケーを出してくれる。
カジノはドレスコードがあるので、一度部屋に戻って着替えをすませ、わたしはお兄様と共に渡り廊下の向こうの建物へ向かった。
カジノの入り口には二人の警備員が立っていて、身分証を提示するように言われている。
わたしたちの場合は宿泊客なので、宿泊者カードを出せばオッケーである。
警備員さんたちに笑顔で「グッドラック」と送り出されて、わたしはドキドキしながら初のカジノに足を踏み入れた。
この世界にはスロットはないので、あのガチャガチャいう音は聞こえない。
かわりに、優雅な音楽が流れていて、紳士淑女の談笑の声が響いている。
……この世界のカジノって、社交場みたいね。
優雅なカジノと言うのも不思議な気がするが、まさにそんな感じだ。
ドレスアップした紳士淑女が、シャンパングラスを片手にテーブルにつき、微笑みながらチップを置いている。
前世でも確か、もともとカジノは上流階級の遊びだったはずだ。
それこそ中世は王侯貴族の遊びだったと聞いたことがある。どこでかって? 前世でプレイした何かのゲームで、イケメンで賢そうな登場人物が言っていたのよ。
だからこの世界のカジノは上流階級の遊び場なのかもしれない。
……カジノで儲けることより、ゲーム自体を楽しんでいる感じがするもんね。
高い天井から吊り下げられている大きなシャンデリアに照らされている室内は広い。
昼なのに窓にはカーテンが引かれていて、夜と錯覚しそうな雰囲気だ。
お兄様と一緒にカウンターへ向かい、お金をチップに両替する。そのときにドリンクを訊かれたから、わたしはノンアルコールカクテルを頼んだ。お兄様はシャンパンだ。
チップを受け取り、ドリンク片手にどこのテーブルに向かおうかと物色していたら、近くにいた三十代ほどの男性が声をかけてきた。
「こんにちは、フライシャー子爵」
わたしは記憶になかったけど、貴族の名前と顔を全員分覚えているんじゃないかと言うくらい知り合いの多いお兄様は、にこやかに挨拶をしていた。
……マリアちゃんはイケメンにしか興味がなかったから、普通のおじさんのフライシャー子爵に興味がなかっただけかもしれませんけども。
うちはポルタリア国内に五家しかない公爵家の一つだから、どこに行っても目立つのよねえ。特に貴族がたくさんいる場所だと、声をかけられない方が珍しい。
前世の記憶を取り戻す前のマリアも社交の場には顔を出していたから、それなりに挨拶はされてきたはずなんだけど、いかんせん記憶に偏りがあるのよ。まったく、面食いなんだから困っちゃうわねマリアちゃんてば!
お兄様たちの会話を聞いていたら、どうやらフライシャー子爵は夫婦で旅行に来たらしいということがわかった。
奥さんがエステに行っているから、暇つぶしにカジノに来たんだって!
にこにこと笑いながら「結婚おめでとうございます」と祝福してくれるフライシャー子爵は、とっても人がよさそうだ。
フライシャー子爵がポーカーをしに行くというから、わたしたちも一緒についていくことにする。
「マリア、ポーカーのルールはわかっているかい?」
「もちろんです!」
ポーカーくらい知っていますよ。前世のゲームのミニゲームによく出て来たもの! ふふん!
自信満々に答えるとお兄様が意外そうな顔をしたけれど、それ以上は追及してこなかった。たぶん信じていない気がする。
……見てなさいよ。すごいので上がってびっくりさせてやるんだから!
わたしが椅子に座ると、お兄様も隣に座った。
フライシャー子爵はお兄様の隣。
ディーラーが魔法のような鮮やかな手さばきでカードを二枚配ってくれて、わたしは配られたカードを確認する。
……あ、ラッキー! 最初から同じじゃない。
「さあマリア、どうする?」
「もちろんベットします!」
「わかった、では私もコールしよう」
「私はフォールドで」
フライシャー子爵はいいカードが来なかったのか配られたカードを置いて、今回はゲームに参加しないことにしたようだ。
テーブルにはほかにお客さんはいなかったから、わたしとお兄様の一騎打ちである。
ディーラーが追加で三枚のカードを配ってくれて、わたしはうぅむと眉を寄せた。
今のわたしの手元には、二のワンペアと三と五と九のカードだ。
……このままワンペアを手元に残すか、ストレートを狙うか、悩む……。
ワンペアを手元に残した場合、狙うのはツーペアかスリーカード。まあ、ミラクルでフォーカードということもないわけではないだろうけど、確率は低い。
逆にストレートを狙うなら、二を一枚と三と五を手元に残して二枚チェンジで、連番のカードが来るのを待つことになるけど……。
ちらっと横のお兄様を見れば、微笑を浮かべた、まさにポーカーフェイス。読めん……。
……でもまあ、こういうのって運だもんね? 頭の良さは関係ないもんね? いくらチートなお兄様でも、ポーカーまで強いなんてことはないわよね。
と思いたいけれど、相手はお兄様だ。
……よし、勝負に出るわ!
わたしはストレート狙いにすることにして、二のカードのうちの一枚と九のカードを交換することにした。
何回かカードの交換を進めていると……きたきたきた~!
わたしの手元のカードが、二、三、四、五、六の連続になる。つまりストレートが揃った!
やっだ~! わたしもしかしてポーカーの才能があるんじゃない? ラッキーガールなんじゃない~?
どうやらお兄様もカードを交換しないらしい。
ディーラーに促されて、わたしはわくわくしながらカードをテーブルの上に置く。
「ストレート!」
……どう? どうどう? わたしの勝ちでしょ?
ちょっとドヤ顔でお兄様を見れば、お兄様は口端をニッと釣り上げる。
「残念マリア。フルハウス」
「……はあ⁉」
ちょっと‼ どういうこと⁉ え? フルハウスってそう簡単に揃うカード⁉
茫然としていると、お兄様がポンポンとわたしの頭を撫でる。
「まあ、マリアにしては頑張った方かな」
……くやしぃ~‼
ちょっとこの世界の神様! どういうことですか⁉ いくらお兄様がチートでも、ゲームまで強いとか反則だよ反則‼
わたしはぷるぷる震えながら、涙目でキッとお兄様を睨んだ。
「もう一回‼」
そして、フライシャー子爵に、笑われた。