恐怖とドキドキの新婚旅行 4
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ああ、昨日は散々だったわ。
あのあと、お兄様がなんとかわたしを助け起こしてくれて、ヴィルマを呼んで着替えをすませた。
夜着がないと泣きつけば、お兄様が自分のシャツを貸してくれたのよ。
そして一夜明けて今日。
朝食を食べたわたしは、お兄様とショッピングである。
お兄様が手を出さないと約束してくれたとしても、あのスケスケなナイトウェアで同じベッドで休むとか無理だからね‼
今日は観光ついでにわたしのナイトウェアを買う予定なのよ。
ヴィルマはしれっと、「手を出さないって言っているんだからいいじゃないですか」なんてふざけたことを言っていたけどもちろん無視したわ!
……しっかし、見れば見るほど、サントリーニ島にそっくりね。
たぶんゲームの制作会社は、サントリーニ島を参考にこのリゾート地を作ったに違いない。
ゲームでも、何回か出てきたのよ、ここ。
ゲーム終盤だったり、エンディングだったりで、ヒロインと攻略対象が訪れるの。
……そう言えばラインハルトのエンディングでは、夕日に染まる海をバックにプロポーズするんだったわね。
ルーカス殿下に命を捧げていると言っても過言でないほどの忠誠心を示すラインハルト・グレックヒェンが、ルーカス以外に跪くなんてね。
前世では疑問に思わなかったけど、今なら「あのエンディングは現実にあり得るのか」って本気で思う。あいつは恋人相手にも絶対に跪かないと思うもの。
……あ~やなこと思い出した!
わたしを目の敵にしている(気がする)ラインハルトの顔なんて思い出したくもなかったわ。
せっかくの楽しい旅行気分が台無しよ!
「マリア、イルカのキーホルダーがあるよ」
お兄様と手を繋いで真っ白な道を歩いていると、白い壁に水色の扉のお店でお兄様が足を止めた。
ショーウインドウには、お土産物だろう。イルカのキーホルダーやぬいぐるみ、アクセサリーなどが並んでいる。
「可愛いですね。ジークハルト、ちょっと寄っていきましょう! みんなのお土産も買わなくちゃ」
「四週間もあるんだから今急いで買わなくてもいいとは思うが、まあ、こういうのも一期一会というからね」
長期間の旅行なので、スケジュールはまったく詰め込んでない。
行きたいところに行って、やりたいことをやって、のんびりと楽しくすごすのだ。
扉を開けると、カランと涼やかなベルの音がする。
「いらっしゃいませ」
中にいたのは、四十代くらいのご夫婦だった。夫婦で経営している雑貨屋なのだろう。
店内はそれほど広くないけれど、リッチーの雑貨屋リーベと違って雑然とした印象は受けない。きちんと整理されてあった。
……イルカが多いけど、それ以外もあるのね。
空のような青い色をしたイルカのキーホルダーを手に取る。
「ジークハルト、ブリギッテとアグネスにこれを買っていこうと思います」
もちろん他にも選ぶけど、このキーホルダーなら喜んでくれる気がした。
するとお兄様は爽やかな笑みを浮かべて、口を開けたサメのキーホルダーを差し出してきた。
「ブリギッテ王女にはこちらがいいんじゃないかな?」
……あのお兄様、ブリギッテに何か思うところがあるんですか? そのサメのキーホルダー、なんというか、まがまがしいオーラを放っている気がしますけど。
やめておけばいいのに、お兄様はそのサメのキーホルダーも買い物かごの中に入れてしまった。
可愛いイルカのキーホルダーと同じ買い物かごの中に入れておくと、なんかイルカのキーホルダーが食べられる気がして嫌なんですけど。
わたしが微妙な顔でサメのキーホルダーとお兄様の笑顔を見比べていると、ご夫婦店主さんが微笑みながら話しかけてきた。
「新婚さんですか?」
どうしてわかったのかしら?
それから、その質問に肯定するのは、なんというか気恥ずかしいというか躊躇われるというか複雑な気持ちなんですけど。
「ええ、そうです。昨日結婚したんですよ」
わたしは返答に困ったのだが、お兄様はしれっと即答する。
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
お兄様、昨日から笑顔が多いですね。イケメンの爽やか笑顔に、ご夫婦店主さんもちょっと頬を染めてますよ。女性だけではなく男性にまで頬を染めさせるお兄様、怖いです。歩く媚薬は結婚しても健在ですね。
「えっと、このお店、イルカが多いですね。とっても可愛くて目移りしちゃいます」
新婚ネタから早く離れたくてわたしが話題を変えると、ご夫婦の奥さんの方が頷いて教えてくれる。
「ええ。このロンベルク島では、イルカは精霊の使いと言われていまして、うちの店だけでなくどこに行っても、イルカのモチーフのものが売られているんですよ」
あら、そんな設定はじめて聞いたわ。
乙女ゲーム「ブルーメ」のガチ勢だったわたしだけど、その裏設定は知らなかったわね。
知らなかった情報にほうほうと頷きながら聞き入っていると、お兄様が面白そうにイルカの髪飾りを手に取った。
「精霊ですか。海が近いですし、ウンディーネですかね」
「ええ、そうなんですよ」
「なるほど、では、この地では水の魔法の威力があがりそうですね。ウンディーネの加護がありそうですから」
イルカからウンディーネの加護まで思考を飛ばせるお兄様はある意味すごいわね。
わたしなんて、イルカがどの精霊の使いだとか加護とか全然興味なかったもの。
どのお店に行っても可愛いイルカモチーフのグッズが売られていて嬉しいな~くらいしか考えなかったわ。
お兄様が店主さんたちと話し込んでいる間に、わたしはどんどん買い物かごに可愛いものを詰め込んでいく。
旅行に行くと財布の紐が緩くなるとは言うけど、本当だわ。止まらない。というか全部可愛い。こういうとき、お金持ちの家に転生してよかった~って心の底から思うわね。財布の中身を気にしなくていいもの。これは、前世でブラック企業に勤めていたわたしに神様がくれたご褒美なのかもしれないわ。
いや、前言撤回。ご褒美が乙女ゲームで破滅が約束されている悪役令嬢とか、あり得ない。
……あのイルカの帽子、リッチーが好きそう。
変なものが大好きなリッチーには、やっぱり変わったものをお土産に買って帰った方がいいわよね。
……って、あ!
せっせと目についたものを買い物かごに入れていたわたしは、店の奥のマネキンに目を止めた。
マネキンが着ているのは、膝丈の綿のシャツワンピだ。イルカの柄が入っている。
……あれ可愛い。あれをナイトウェアにしよう。
半袖の膝丈だが、透け感はゼロだ。あれがいい。というかあれ着たい。
あの手の服を普段着にしたら間違いなくお母様あたりから「まあ、そんなに足を出してはしたない!」って怒られるけど、ナイトウェアなら構わないだろう。
ナイトウェアに使うから少し大きめのサイズがいいわよね?
わたしは並んでいたサイズから、少し大きめのものを手に取ると買い物かごに入れた。それを目ざとく見つけたお兄様が怪訝そうな顔をして近づいてくる。
「マリア、それをどうするんだい?」
「ナイトウェアにします」
「……へー」
お兄様、今馬鹿にしましたか? でもこれ可愛いですよ!
お兄様がぶつぶつと「もう少し色気と言うものが」とか言っているけど無視しよう。色気? 何それ美味しいの?
みんなのお土産と自分の欲しいものをたくさん買って、わたしたちは雑貨屋を後にする。
ナイトウェアを買うという目的は果たしたが、まだ昼にもなっていないので、もちろん観光を続けますよ!
「あ! お兄様見てください! あのお店にイルカの着ぐるみがありますよ!」
青い着ぐるみが可愛くて指させば、お兄様はあきれ顔でぼそりと。
「お前まさか、着ぐるみに目覚めたの?」
目覚めてません!