恐怖とドキドキの新婚旅行 3
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「…………ねえ、マリア?」
「はい?」
「私はお前のことをよーく理解していたつもりだったんだが、急激に自信がなくなって来たよ。お前は一体何をしているんだい?」
湯上りのお兄様が、じーっとわたしを見つめて来る。
わたしはといえば、バラの花びらが散りばめられているベッドの上でおとなしく横になっていた。
言い換えれば、横にならざるを得なかった。
何故か?
動きにくいから!
わたしは今、陸に上げられた魚ならぬ陸に上げられたビーバー状態である。
そう、大混乱に陥ったわたしは、何故かヴィルマに勧められるままにビーバーの着ぐるみを手にした。
手にしてしまった。
そして一周回って冷静になったけど、ヴィルマはとっとと控室に下がっており、そしてお兄様もそろそろお風呂から上がるだろう時間になって後に引けなくなった。
結果。
こうしてベッドの上に横になっている。
ビーバーの姿で。
ぽかーんとした顔をわたしに向けていたお兄様は、突然「くっ」と噴き出すと、お腹を抱えて笑い出した。
「は、あはははははっ! 信じられない! マリアっ、お前は本当に私の想像の斜め上をいくね! どうしたら新婚初夜にビーバーの着ぐるみを選べるんだか!」
お兄様がここまで馬鹿笑いするのも珍しいわ~。
自分がどれだけ間抜けなことをしたのかは理解しているので、わたしは現実逃避を試みる。
……イケメンって、爆笑しててもイケメンなのね。
ちなみに、ビーバーの着ぐるみの下は、あのスケスケのナイトウェア姿である。
さすがに下着姿のまま着ぐるみに収まる勇気はなかったので、ないよりはましかと一応着ておいた。
……つまりこの着ぐるみを脱がされたら大ピンチ!
いくらお兄様でも着ぐるみの着脱の仕方は知らないだろうから、はぎ取られることはないと思いたいけど……ちょっと待って。よく考えたら、わたし、今日はこのまま寝るの? え? 着ぐるみのまま? 盲点‼
全然盲点じゃないだろうというツッコミは聞きませんよ。だってわたし、そこまでは考えていなかったんだもの!
わたしがひとり百面相をしている間も、お兄様はお腹を抱えて笑い転げている。
どうやらビーバーの着ぐるみはお兄様のツボにクリティカルヒットしたらしい。
でもねお兄様。着ぐるみ姿のわたしを見て「もう一生お前に飽きる気がしないよ」ってあんまりじゃない? わたし別に一生着ぐるみ姿じゃありませんからね!
「お前はどうしてそう全力でボケるんだろう」
「ボケてません。真面目です」
「真面目に着ぐるみ?」
「……そ、そうとも、言えます」
真面目と言うよりは混乱状態での選択だったけど、決してボケようとしたわけではありませんよ。
ひとしきり笑って落ち着いたお兄様が、きしりと小さな音を立ててベッドの縁に腰かけた。
そして、ビーバーの着ぐるみから唯一出ているわたしの顔にそっと手を伸ばす。
「ああでも、お前は何を着ていても可愛いね」
ちょっとお兄様、馬鹿にしてます?
これが可愛いわけないでしょうが! ビーバーの着ぐるみですよ!
「お兄……ジークハルト、笑いながら言われても説得力がありません」
「仕方ないだろう、面白いんだから。私はてっきり緊張と恥じらいでパニック状態で待たれていると思っていたんだが、まさか着ぐるみ姿で堂々とベッドに横になっているとは思わなかったよ。真っ赤な顔で涙目になっているお前を揶揄って遊ぼうと思っていたけれど、これはこれで面白くていいね」
お兄様あんまりですよ。
自分の新妻を揶揄って遊ぼうとか、夫としてどうかと思います。
「だがまあ、おばかさんなお前がさらに馬鹿なことをしでかすほど追い詰めてしまったのなら、私も反省しなければならないかな」
いえお兄様。これはわたしの選択ではありますが実際のところは選択ではなくて、なんというかヴィルマの策略です。わたしはそこまで馬鹿じゃないです。信じてください!
と言いたいところだったけど、では着ぐるみを選択するまでのヴィルマとの攻防を説明しろと言われても困るので、わたしはぐっと我慢して黙り込む。
お兄様がごろんとわたしの横に転がって、着ぐるみ姿のわたしに抱き着いた。
「うんまあ、抱き枕と思えばいいか」
と笑ってから上体を起こし、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。
「なんて冗談は置いておいて。マリア、いくら私でも、心の準備ができていない女性に手を出そうとは思わない。お前は特にこんなことを想像すらしていなかったのだろうからね。せっかくの旅行だ。お前に怯えられながら過ごすのは嫌だし、誓っておくよ。お前が望むまで、私はお前に手を出したりしないよ」
「それって、つまり……」
「新婚旅行だし、同じ部屋では休むけれど、お前に襲い掛かったりしないから安心しなさい」
……お兄様‼
わたしは無性にお兄様に抱き着きたくなったけれど、着ぐるみのせいで断念せざるを得なかった。
知らなかったけど、着ぐるみって横になったら起き上がれない。どうしよう……。
わたしは半泣きになりながら、慈愛の笑みを浮かべているお兄様に言った。
「……ジークハルト。着替えたいけど、起き上がれません」
お兄様は、また爆笑した。
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