恐怖とドキドキの新婚旅行 1
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「お――」
「ん?」
「じ、じじじ、ジークハルト……様」
「マリアと私の仲だろう? 様なんてつけられたら悲しくて私は意地悪してしま――」
「ジークハルトジークハルトジークハルト‼」
「そんなに連呼しなくても、聞こえているんだけどね」
くすくすとお兄様が楽しそうに笑うけど、わたしは泣きそうですよ。
何を思ったかお兄様呼びを禁止したお兄様――もとい、ジークハルトと、わたしは夕食を食べている。
もちろん二人きり。
レストランではなく、広いバルコニーにテーブルと椅子がセッティングされて、真っ白なテーブルクロスとピンク色の花びらが散りばめられた。
向かい合って食事をとっているけれど、お兄様はにっこにこ、わたしはびっくびくである。
夕日は数分前に水平線のかなたに沈み、藍色の空に無数の星たちが煌めいていた。
華やかな室内。
バルコニーの外の絶景。
文句なしのロケーションなのに、なぜわたしはこんなに怯えながら食事をとらねばならないのか!
……お兄様、まさか初夜を遂行しようとか言わないよね? 言わないよね⁉ 契約結婚だもんね⁉ ああでもお兄様にそのつもりはなかったのかしら? ちょっとどういうことなの⁉
もしかしてお兄様はわたしのことが好きなのでは? と思いかけてぶんぶんと首を横に振る。
前世の記憶を取り戻すまでの十七年間、マリア・アラトルソワはそれはもうひどかった。
人様に嫌われてこそすれ、好かれているとは思えない。それがたとえ、お兄様であっても!
お兄様はなんだかんだと優しいから、ダメダメで迷惑かけまくりのわたしにも、嫌悪感までは抱いていないと思う。
大切にされている気もする。
というかわたしに何かあったら悪鬼が降臨するレベルで甘やかされていると思う。
だけどそこに恋愛感情は、ないと思うわけよ。わたしだったらこんな面倒くさくて鬱陶しい女と恋仲になろうなんて思わないもの!
……はっ! もしかしてこれは、お兄様なりの新手の遊びかしら? お兄様、わたしでよく遊ぶし! そうよ、きっとわたしがあわあわしているのを見て楽しんでいるんだわ! もうっ、なんて意地悪なのかしら!
そうよそうよと頷いてすっきりしたわたしは、フレッシュオレンジジュースに手を伸ばす。
もう、あわあわして損したわ。お兄様ったら!
くびくびとジュースを飲むわたしに、お兄様はふと食事の手を止めて視線を向けた。
「マリア、さっきから百面相をしているが……ははぁ? もしかしてこの後のことを想像しているのかな? ふふふ、もちろん私は可愛い新妻の期待を無下にしたりしないよ。楽しみだね、初夜」
「ぶ――――――ッ!」
わたしは口に含んでいたオレンジジュースを噴き出した。
けれどもお兄様はそれすら読んでいたかのように、さらっと魔法を展開して、危うく料理の上にぶちまけられそうになっていたオレンジジュースを、空中でひとまとめにしてしまう。
ぷかりぷかりと、宙にオレンジ色の水の塊が浮いていた。
……こ、小器用な……。
お兄様はそれをフィンガーボウルの中に落とすと、すっとテーブルの脇によける。
ここまでの一連の動作の中でも、お兄様の表情は変わらない。相変わらずの笑顔。
そして、テーブルに頬杖をつき、軽く首をかしげる。くっ。超絶イケメンのそのポーズは、わざとだとわかっていてもドキドキしてしまうわ。ずるいのよお兄様は!
「そうそう、バスルームは確認した? 赤いバラの花びらが浮かべてあって綺麗だったよ。あとで一緒に入ろうか」
「入りません‼」
もう、お兄様! いい加減マリアで遊ぶのをやめてくださいませ!
お兄様はつまらなそうな顔して肩をすくめる。
「お兄様、わたしとお兄様の関係はそんなんじゃないでしょう?」
「おや、私はいつでもそんな関係になる用意はあるんだがね。あとそれからペナルティだ。さ、こちらへおいで」
……ぅぐっ! ついお兄様って呼んじゃった!
ぽんぽんとお兄様が自分の膝を叩く。
つまりその上に座りなさいってことよね。
……拒んだら絶対にお仕置きレベルが上がる。うぅ。
ここは素直に従っておいた方がいいだろう。わたしもお兄様の妹歴は長いんだから、お兄様の思考回路は多少はわかる。わたしが嫌ですと答えた瞬間、笑みを深めてもっと難易度の高い要求をしてくるのだ。
しょんぼりと肩を落として、わたしは席を立つとお兄様の席まで移動した。
お兄様がひょいっとわたしを膝の上に抱き上げる。
「……食べにくいと思いますけど」
「大丈夫だよ、私が手ずから食べさせてあげるからね」
もうこれ、羞恥プレイだと思うわ。
お兄様が白身魚のムニエルを一口大に切ると、わたしの口元に近づけた。
仕方なくわたしは口を開ける。
だって、たぶん食事が終わるまでこのままだと思うもの! それなら従順に食事をとって、さっさと解放される方がいいわ!
結婚しようとどうしようと、意地悪なお兄様は健在である。
そう、これはお兄様に意地悪されているのよ。
わかっているの。
わかっているんだけど……。
お兄様が、とろんと紫紺の瞳を甘くとろけさせるから、わたしは無駄に緊張してドキドキしちゃう。
お兄様はお兄様だけど、でも今日からお兄様じゃなくて――ああもう、わけがわかんない!
自分で望んだことなのに、今のこの状況が理解できないわ! わたしがおバカさんだから? ねえ、そうなの⁉
「マリア、次はどれにする? あのパイみたいに層になっているグラタンも美味しそうだね。食べるかい?」
……う、確かに美味しそう。
「い、いただきます……」
ハイクラスのホテルだけあって、出される料理も天下一品なのよ。
お兄様がとろりととろけるチーズを丁寧にフォークに巻き付けて食べやすくした後で、ふーふーと息を吹きかけてからわたしの口元に運んでくれた。
「はい、マリア、あーん」
「……あーん」
うぅ、恥ずかしいけど美味しい!
わたしに「あーん」しながらも、お兄様の大きな手が時折わたしの髪を梳くように撫でる。
はたから見たら、わたしたちは新婚のラブラブ夫婦に見えるのかしらね。
わたしはもう、自分で立てた計画がいつの間にか自分の手からするりと逃げ出していたような、そんな不安な気持ちでいっぱいなんですけどもね。
「マリア、次はあのエビ料理なんてどうだろう?」
わたしの頭の中は大混乱中だけども、お兄様が楽しそうだから、今日のところはまあいいか。
あーんと口を開けながら、わたしはそんなことを思って笑った……のだけども。
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