プロローグ マリア、早くも大ピンチ!
お待たせしました!
第二部開始します。
8/1~8/5まで毎日投稿、それ以降は5の倍数の日に投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
やって来ました、リゾート地!
新婚旅行!
なんで契約結婚なのに新婚旅行しているの? って思った皆様、正解です! わたしもそう思いますからっ!
学園の夏季休暇を利用して、お兄様――ジークハルト・アラトルソワと結婚式を挙げたわたし、マリア・アラトルソワは、そのままあれよあれよと馬車に押し込められ、新婚旅行へレッツゴーとなった。
どうやら、残りの夏季休暇四週間を全部利用して、のんびりうふふな新婚旅行を楽しむ……らしい。
らしいというのは、わたしは花嫁なのにこの計画の蚊帳の外にいたからだ。
……お前を関わらせると話が進まないって思われていたんでしょうね。
花嫁なのに、お父様とお母様、そしてお兄様の三人だけで進められた新婚旅行計画。
……ふぅんだっ。いいんだけどねっ別に! いいんだけどねっ!
結婚準備をお母様に丸投げしたわたしに、文句を言う権利はない。
ないのだけど……やっぱり腑に落ちないっ!
「お兄様、どうしてわたしたち、新婚旅行をしているんでしょうか」
馬車に揺られ、転移魔法陣を使って目的地に移動して、また馬車に揺られ……ホテルに到着したわたしは、ザ・新婚夫婦仕様な室内に茫然と立ち尽くす。
するとお兄様は、部屋の中を確認していた足を止めて振り返った。
「マリア、何をおばかさんなことを言っているんだい? 結婚したんだから新婚旅行に行くのは当たり前だろう。ああ、見て見なさいマリア、ここから夕陽に染まった海が見えるよ」
胡散臭いくらいに爽やか~な微笑をたたえて、バルコニーに向かったお兄様がくるんとわたしを振り返ると両手を広げる。
……もしかしなくても、飛び込んで来いと言いたいのかしら。
ふっ、甘いわねお兄様。
マリアはもう、この前までのマリアではないのですよ。
結婚して、人妻になって、破滅の道を回避したマリアは生まれ変わったのです。
もう以前のように騙されて自ら危険に飛び込むようなことは――
「マリア」
「ひぅっ」
に~っこりと微笑むお兄様の背後に悪魔が見えた。今、悪魔が見えた気がした! いや大魔王だったかしら⁉ もしかしたら死神かも‼
「マリア、恥ずかしいのかい? それなら私の方から捕まえに――」
「マリア、いきまーすっ!」
前世の、某ロボットアニメの名台詞のような言葉をつい叫んで、わたしは大急ぎで駆けだした。
……新婚旅行初日からお仕置きとかされたくありませんから‼
新婚の夫の胸に飛び込むという本来であれば幸せな行動のはずなのに、わたしはすでに半泣きである。
勢い余って激突するくらいの勢いで飛び込んだというのに、お兄様は危なげなくわたしを受け止めるとふんわりと抱きしめた。
……うぅ、わたし、この四週間を無事に過ごせるかしら? 帰るころには灰になってないかしら?
新婚旅行なので、もちろんお父様とお母様はいない。
侍女のヴィルマと護衛たちはいるけれど、みんな新婚夫婦の邪魔をしないように心掛けているのか、最低限の接触しかしてこないのだ。
あのふざけたヴィルマでさえ、わたしの支度など必要な時以外は控室に下がっている。
ちなみにハイライドはお留守番だ。
行きたいと大騒ぎしていたのだけど、ハイライドがカナリアではなく妖精だと知っているお兄様が、新婚旅行に他の男を連れて行けるわけないだろうと一蹴した。
わたしたちが帰ってくるまで、ニコラウス先生がハイライドの面倒を買って出てくれたので、ニコラウス先生のもとに預けてある。
すっかり光魔法に魅了されたニコラウス先生だけど、わたしがいなければハイライドと会話もできないのにね。
ハイライドは、「こいつに預けられたら解剖されるっ!」って泣きそうな顔をしていたけど、優しいニコラウス先生がそんなことをするはずないでしょ。ないわよね。ないと祈っておくわ……。
お兄様に捕獲――もとい、抱きしめられたまま、わたしはバルコニーの外に出た。
ここはポルタリア国の南。
クリュザンテーメ公爵領内にある、ロンベルク伯爵の領地――ロンベルク島だ。
ロンベルク島はなんとなくギリシャのサントリーニ島を彷彿とさせる、綺麗な場所である。
高台の上にある真っ白な壁に目も覚めるような青い屋根のホテルのスイートルームは、爽やかな海の香りと、それから部屋に焚かれている少し甘いお香の香りが混ざり合っている。
あっちこっちに花が飾られ、新婚旅行というお客様の人生最高の時間を演出してくれているホテルの人には悪いけど、わたしはそんな浮かれた気分にはなれなかった。
夕日に染まる海も、綺麗だけど、その美しさに浸る余裕もない。
お兄様と結婚した。
うん、これは、わたしの希望通りだったんだけど……どうしてだろう、なんか、猛獣の檻の中に閉じ込められてしまったような焦燥感を覚える。
……わたし、この選択間違ってないよね。ないよね? あれ?
破滅を回避するためにお兄様との契約結婚を選んだ。
これでわたしは悪役令嬢のポジションから脱せられたはずだけど、新たな危険が身に迫っているような……というかすでに危険にさらされているような、そんな気がするわ。
「さてマリア、今日から私たちは夫婦だね」
「仮初夫婦ですわお兄様」
「何を言っているんだい? 夫婦に仮初も何もないだろう。結婚誓約書にもサインしたし神の前でも誓ったのだからね」
お兄様こそ何を言っているの?
怪訝そうに見上げると、お兄様はにっこりと人が悪そうな笑みを浮かべている。
「お兄様……わたしたち、契約結婚ですよね? わたしが学園の卒業までに結婚相手を見つけたら離婚するんですよね? ね?」
すると、お兄様はくつくつと喉の奥で笑い出した。
「あああれ。あれね。お前、本当に信じたの」
可愛いねえとお兄様がわたしの頭をよしよしと撫でたけれど、なんか思いっきり馬鹿にされている気がする。
わたしはむっと口を尖らせた。
「お兄様、約束しましたよ!」
「ああそうだね。そう言わないとお前、やっぱりやめますって泣きながら逃げそうだったから」
え? どういうこと?
ちょっと待って、混乱してきた。
……もしかしてわたし、騙された⁉
大慌てでお兄様の腕から抜け出そうとしたけれど、お兄様の力にわたしが敵うわけなかった。
がっちりホールドされて、どれだけ体をひねろうとも抜け出せない。
それどころか、気づけばバルコニーの手すりとお兄様の間に閉じ込められていた。
「おおおおお兄様っ! 騙すなんでひどいですよ!」
「人聞きが悪いことを言うんじゃない。別に私は嘘は言っていないよ。もしお前が、本当に卒業までに相手を見つけられるなら諦めて身を引こう。だが、妨害しないとは言っていない」
お兄様が、ゆっくりとわたしの耳元に口を近づける。
「この世界に、私からお前を奪えるほどの男が、いればいいね」
ひーっ!
確信犯! 確信犯だわ‼
こんな上級魔法すら涼しい顔で操れるチートなお兄様にかなう男性が、いったいどれだけいると思っているの⁉
というかその甘くてぞくぞくする声で耳元で囁くのはやめてくださいませお兄様っ! マリアは、マリアは腰が砕けそうです‼
赤くなったり青くなったりしながらガクガクぷるぷるしていると、お兄様が顔を上げて至近距離で微笑む。
「そうそう、マリア。私たちは夫婦になったんだから、これからはお兄様じゃなくて名前で呼ぶんだよ」
「……へ?」
お兄様は、わたしの金色の髪を一房すくいとると、見ほれるような優雅な仕草でそれに口づけ――
「これからは、お兄様と一回呼ぶごとにお仕置きね」
いろいろいっぱいいっぱいになったわたしは腰を抜かして、へなへなとその場に崩れ落ちた。
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わたくし事ですが、7/30、書籍デビューして四周年を迎えました!
2021年に初めての書籍が出てからもう四年も経ったんだなと、感慨深い気持ちでいっぱいです。
五年目も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!