お兄様と結婚式と 3
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「……緊張してきたわ」
とうとう迎えた結婚式当日。
王都の大聖堂の控室で、鏡の前に座らされたわたしは、せっせと手のひらに「人」の文字を書いては飲み込んでいた。
髪の乱れをチェックしていたヴィルマが、不思議そうな顔をしてわたしの手元を覗き込んでいる。
「何をしているんですか?」
「緊張を和らげるおまじないよ」
「へー」
ヴィルマ、今思いっきり馬鹿にしたわね。
この世界じゃ知られていないけど、前世では結構有名な(効果があるのかどうかはわからないけど)おまじないなんだから!
鏡に映ったわたしは、純白のドレス姿だ。
オフショルダーの白いドレスは、生地に上品な光沢があってとても綺麗。
ドレスのスカート部分には銀糸で刺繍が入れられていて、光の加減でキラキラ輝くのよね。
今は後ろに上げているけど、レースのベールも模様が細かくてすごく素敵なのよ。
お兄様が作ってくれたティアラも、そのほかのアクセサリーもとっても品がいい。
総額おいくらかしら~なんて、野暮なことは考えないわ。
というか、考えたら怖くて足が震えると思うもの。
お母様の――ひいてはアラトルソワ公爵家の本気は、とにかくすごい。
……お金持ちって、こういうときの費用を気にしないからすごいわよね。
自分の家なのに、ついつい他人事のように思ってしまうわ。
「ああ、そう言えば、リックさんから結婚祝いが届いていますよ。もちろん他の方からのも届いておりますが」
リッチーからの結婚祝いですって?
そんなもの、怖くて開けられないわよ。
ヴィルマがわざわざ口にするくらいだから、よほどのものが届けられたのだと思うし。
「……何が届いたの?」
でも、怖いもの見たさというかなんというか、何が届いたかだけは知りたくて訊ねてみる。そしてすぐに後悔したわ。
「このベールより透けているナイトウェアです」
「クローゼットの奥底に封印してちょうだい!」
リッチーめ、なんてものをプレゼントするのよ! お兄様の目に触れる前に封印よ封印‼
「他は何が届いていたの?」
「すべては記憶しておりませんが、アレクサンダー・ナルツィッセ様からはお嬢様の瞳の色に近いパープルサファイアが、アグネス・ナルツィッセ様からは百本の百合の花束と異国から取り寄せたという珍しい香水が届いておりました。他に、ヴォルフラム・オルヒデーエ様からは金細工の髪留め、ホルガー・ラヴェンデル様からは魔法薬『エリクサー』が、ニコラウス・カトライア様からは魔法で時を止めた白い薔薇が、ヨルク・カトライア様からは……こちらはお嬢様へというよりはジークハルト様に贈られたのだと思いますが大量の魔石が届いております」
……もうすでにお腹いっぱいなくらいすごいことになっているんだけど、これが一部ってことはまだまだあるのね。
まあ、うちは公爵家だから、わたしが個人的にお付き合いのない人からも大量にプレゼントが届いているのだろう。
それ全部に感謝状を書かなくちゃいけないんだけど、全部書き終わるのに何日かかるかしら。手が腱鞘炎になりそう……。
「ああ、そうそう。ブリギッテ王女殿下からは、お嬢様の背丈ほどある大きな荷物が届いておりましたが、正直開けるのが怖かったので中身を確かめておりません。ちなみにものすごく重くて、大人の男性が四人がかりで運んでこられました」
ブリギッテ、いったい何を送りつけてきたの⁉
「陛下からは、王家の薔薇が届いております」
「王家のって、王家の温室でのみ栽培されている薔薇よね」
王家の温室には、そこにしかない品種の薔薇がある。
百年ほど昔の優秀な魔法使いたちが総力を挙げて品種改良した薔薇で、それを使うとただでさえすごい『エリクサー』の効果を高めることができるという優れものだ。
ただし、外部への持ち出しが禁止されているので、王族に使用するための薬の生成にしか使われない。
……あとは、その薔薇のローズヒップが、ものすごく美容効果が高いってことは知っているわ。王妃様が毎日のようにお茶にして飲んでいるのよ。だからあの方は実年齢不詳なほどに若々しい美魔女なのよね。
ちなみに、ローズヒップが取れることからわかるように、王家の薔薇は薔薇の原種に近い種類なのよ。だからよく見る幾重にも花びらが重なった薔薇じゃなくて、一見すると薔薇っぽくないというか、そんな感じの花なのよね。
……もしかして陛下ってば、以前わたしが墓地で大怪我をしたから、特別に王家の薔薇をくださったのかしら。
花びらを乾燥させて保管しておいて、万が一の時に役立てろって、そういうこと?
わたし、どれだけ怪我をする子だと思われているのかしら。
王家の薔薇の価値は計り知れない。まったく、とんでもないものをくださったものだわ。
「それから、匿名で金塊が届いておりました」
「金塊⁉」
「添えられていたお手紙に『わりーな、気の利いたものが思いつかなかったわ。これならもらって困るもんでもねーだろ』とだけ書かれていました」
うん、なんとなくわかった。犯人はヒルデベルトだわ。
それにしても金塊なんて、確かにもらって困るものではないけどとんでもないものを贈ってくれたものね。
結婚式のプレゼントで金塊をもらった女なんて、世界広しと言えどわたしくらいなものじゃないかしら?
……でも、なんか感慨深いわよね。
だってわたしは、この世界の悪役令嬢になる予定のマリア・アラトルソワだもの。
それなのに、その悪役令嬢(候補)の結婚式に、こんなにもたくさんのプレゼントが贈られるなんて。
お兄様に契約結婚を持ち掛けた時からそうだけど、ゲーム「ブルーメ」のストーリーは、確実に変わっていると思う。少なくとも悪役令嬢マリア・アラトルソワの運命は少しずつ変わっているはずよ。
油断はできないけど、本来わたしを嫌悪するはずのアレクサンダー様やヴォルフラムたちが結婚を祝ってくれるというのは、いい傾向だと思うの。
……うん、嬉しい。
この結婚が、契約だろうと何だろうと関係なく、お祝いされるのはとても嬉しい。
「ねえヴィルマ、わたし、幸せになれるかしら?」
この先も、幸せに笑って過ごせるかしら?
まだわからないけど、気休めでも肯定の言葉が聞きたくてヴィルマに訊ねたんだけど、今日が結婚式当日だろうと関係なく、ヴィルマはヴィルマだった。
「お嬢様はいつも能天気でお幸せそうですよ」
……それ、褒めてないよね⁉