期末試験と謝罪 5
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さあ、マリア反撃のターンです(笑)
目が点とはこのことね。
人が言った言葉を、ここまで理解できない状況になったのははじめてよ。
……ルーカス殿下ってば、何を考えているのかしら?
前提だけど、ルーカス殿下ってわたしが大嫌いよね?
そして、わたしはお兄様との結婚が決まっている。
この状況で、妃にならないか、ですって?
こういう言い方をしたら失礼かもしれないけど――頭の中、虫でもわいてるんじゃないかしら?
「……あの、おっしゃっている意味がわかりませんが」
いつまでも黙り込んだままだとまずいので、何とか言葉を絞り出せば、ラインハルト様がイライラした様子で「殿下の言葉が聞こえなかったのか」などと言い出した。
いやいや、聞こえているから、意味がわからないんだってば!
というかこの場にラインハルト様、必要?
まあ、護衛も兼ねているのだろうからいるんだろうけど、わたしとしては誰かほかの人と交代してどっかにいってほしいわ。
わたしもいい加減イライラがピークに達してきた。
「わたしはお兄様と結婚します。それを中止にするつもりはありませんと先ほど申しました。殿下こそ、わたしの言葉を聞いていましたか?」
「アラトルソワ公爵令嬢! 殿下に対するその物言いは――」
「ラインハルト、少し黙っていてくれ。話が進まない」
殿下に制されて、ラインハルト様がぶすっとした顔で口を閉ざした。
ルーカス殿下は、わたしに向かってにこやかに微笑む。
「僕に対してそれだけはっきりと意見が言えるのならば妃にふさわしい」
はい、だから、人の話を聞いてください!
そもそも、わたしは殿下のお眼鏡にはかないませんでしたよね?
だから妃候補から脱落しましたよね?
お兄様との結婚が承諾されたのも、妃候補でなくなったからですよね?
というか、殿下の妃とか嫌だよ。悪役令嬢ルートまっしぐらって感じがするじゃない。ヒロインを敵に回したくないもん。
だから、わたしはずばっと言ってやることにした。
「殿下はわたしが嫌いですよね。嫌いな人間を妃にするつもりですか?」
すると、ルーカス殿下は虚を突かれたような顔になった。
まさかわたしが気づいていないとでも?
にこにこ笑っていても、全然目が笑っていませんからね。殿下がわたしを嫌っていることくらいするにわかりますよ(前世の記憶を取り戻す前のマリアちゃんは、自分のことしか考えていなかったから気が付きませんでしたけどね)。
殿下は数秒押し黙って、それからまたにこにこと微笑んだ。
「貴族の結婚に好きとか嫌いとかは不要、と君は先ほど言わなかったか?」
つまり、嫌いだというのは否定しないんですね。
……となると、はは~ん。なんかわかってきちゃったわ。
わたしはお馬鹿だけど、前世で人生経験だけはあるからね!
殿下が突然わたしを妃にとか言い出したのは、地盤固めのためなんでしょ。
ルーカス殿下はアラトルソワ公爵家とナルツィッセ公爵家を敵に回した。
五家ある公爵家のうち二家を敵に回したことで、殿下の王位継承に暗雲が立ち込めたってわけよ。
まあ、聖剣問題があるから、もともと順風満帆ではなかったでしょうけど。
で、殿下の妃候補に上がっていた令嬢の中で、公爵令嬢はわたしとアグネスの二人だけだった。
だけど、ナルツィッセ公爵家はアグネスを妃候補から外すと宣言したし、公爵とアレクサンダー様の怒り具合を見る限り、アグネスが再び殿下の妃候補に上がることはないと思う。
殿下としては、何とか公爵家を味方に引き入れたいのだろうけど、ナルツィッセ公爵家が無理であれば、少し前まで殿下を追いかけまわしていたわたしのいるアラトルソワ公爵家に白羽の矢を立てるのもわかるわ。
わたしはブリギッテとも仲がいいから、取り込んでおかなければ、この先アラトルソワ公爵家がブリギッテの味方に付く可能性も高いと踏んだんでしょうね。
加えてわたしが次期公爵夫人となれば、権力も絶大。その状況でブリギッテの支援に回られたらたまったものではないと、そういうことよね。
……まあ、なんて打算的な求婚なのかしら。ぜんっぜんときめかないわ~。
王位継承を確実なものにしたいルーカス殿下にとって、今のわたしは喉から手が出るほど欲しい存在なわけよね。
おかしなものよね。
前世の記憶を取り戻す前のわたしは、さんざんルーカス殿下に好き好きアピールして追いかけまわしていたのに、そのときは相手にもされなかった。
それが今になって妃にならないかですって。
逃がした魚は大きかった~って、あれかしら。
まあ、この場合は、わたし個人ではなくアラトルソワ公爵家が、なんでしょうけど。
これは、きっぱりはっきり断っておかないと、あとあと面倒になるパターンよね。
「申し訳ございませんが、お断りいたします」
わたしがはっきり断ると、断られると思っていなかったのか、ルーカス殿下がショックを受けたような顔になる。
いやいや、すごい自信だわ。
結婚が決まっている人に求婚して、断られる可能性を考慮していなかったなんて、なかなかよ。
ラインハルト様が睨んでいるけど、あちらは無視ね。結婚が決まっているんだから、断るのは当然よ、何怒ってるのかしら?
「……君は、王太子妃になりたかったのではないのか?」
「そういう時期も、あったかもしれませんね。でも今は、現状に満足していますから」
過去のわたしは、王太子妃の地位が欲しかったけど、今のわたしの目標は、悪役令嬢にならずに平穏な人生を送ることなのよ(楽しい人生なら尚よし)。
「今なら間に合うぞ」
何がよ。
「結構ですわ」
「……今の君なら、妃にしてもいいと言っているんだが」
しつこいわねえ。
そんなにアラトルソワ公爵家のバックアップが欲しいのかしら。
「わたしはこのまま、兄……従兄のジークハルトと結婚します」
これ以上、何を言われたところで意見を覆したりはしないわよ。
わたしの決意が固いとわかったのか、殿下がしょんぼりと肩を落とす。
……いろいろ言われてムカついたにはムカついたけど、ゲームで大好きだった攻略対象が落ち込んでいるのを見るのは、ちょっと胸が痛いわね。
だからなのかしら。
ついつい、お節介を焼きたくなっちゃったのは。
「殿下、ヴィルマの件でわたしも殿下に対して思うところはございます。でも、殿下の王位継承を阻むつもりはございません。……妃選定も結構ですが、殿下はまず、聖剣をよくよく観察されてはいかがでしょうか? 代々の王を選んで来た聖剣ですもの、見つめていたら、何か、王位継承のヒントが得られるのではございませんか? ……余計なお世話でしょうけど」
聖剣をよくよく調べて、それが偽物だとわかれば、本物を探そうとするでしょう?
ゲームではヒロインの発言が元で聖剣が偽物だと気づくんだけど、まあ、この程度の助言ならいいよね?
気づくか気づかないかは、殿下次第でしょうし。
ゲームのストーリー通り、ヒロインと出会って、一緒に聖剣を探すことになるかもしれないし。
もしヒロインがルーカス殿下を選ばなかった場合は、わたしの発言をヒントに、いつか殿下が気づくかもしれない。
ルーカス殿下はふと真顔になって、そのあと困ったような顔で笑う。
「……まさか君から助言が得られるとはな」
「生意気なことを言いました。忘れてくださっても構いません」
「いや……、心に停めておこう」
ルーカス殿下はこれで話を切り上げるつもりになったのか、ラインハルト様に学園に帰るための馬車の準備を命じた。
ラインハルト様がサロンを出て行くと、殿下が改めてわたしに向き直る。
「アラトルソワ公爵令嬢。公の場で謝罪ができないことを許してほしい。……ヴィルマを使って君の私生活を報告させたこと、本当にすまなかった」
まさか殿下が謝罪を口にするとは思っていなかった。
ラインハルト様の前で謝罪を口にしたら、あれこれ口を出される可能性があったから、彼に馬車の手配をさせたのかしら。
……うん。思うところはたくさんあるけど、王子なのに、こうしてちゃんと謝罪をしてくれる殿下のことは、嫌いになれないのよね。
思えば殿下は十八歳だ。
この世界では結婚も早いし、一人前とされる年齢も早いけど、十八歳って言ったら前世では高校三年生だからね。
間違うこともあるよね。
いっぱい失敗して間違いながら大人になるもんね。
前世の記憶があるせいか、頑張って大人になってねなんて、お節介なことを考えてしまう。
王族は簡単に失敗できないし、その失敗が大事になったりするけど、失敗に対して反省できる殿下は、成長したらきっといい国王様になるんじゃないかな。
上から目線で失礼かもしれないけど、失敗して、反省して、いろいろ考えて、素敵な国王陛下を目指してほしいなって思うよ。
殿下が成長してもっともっと人望ある大人になったら、味方も増えるはずだもん。
だから焦らなくていいよ、なんて、偉そうな発言はできないけど。
影ながら頑張れって応援するくらいは、いいよね。