期末試験と謝罪 2
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「ふふ、燃え尽きた、真っ白に燃え尽きたわ、わたしは」
「君は笑いながら何を言っているんだ?」
すべての試験を終え、ぐったりと机に突っ伏したわたしの頭上から、あきれたような声が聞こえてきた。
ちらりと上を向くとヴォルフラムが立っている。
「……いいわね、学年トップの人は」
つい恨み言が出てしまうのは仕方がないと思うのよ。
だって、頭のいい人には、赤点とか追試とかの心配をするわたしの気持ちなんてわからないと思うもの。
この世界って、天が二物も三物も与えすぎだと思うわ!
イケメン、スポーツ万能、魔法も勉強も得意。ついでに貴族でお金持ち!
この世界の攻略対象たちのスペックの、何と羨ましいことかっ!
「ああ、赤点だったらどうしよう……」
「君が赤点の心配をするとは驚いたな」
おい、それはどういう意味かしら?
まあ、去年のわたしは、赤点、何それ美味しいの? 成績がどうであろうと興味なんてないわ~。だってわたしは美しく愛らしいもの、それがすべてよ! と言わんばかりのマリアちゃんだったからね。
むしろ、試験がはじまって秒で寝てたくらいの勢いだったわ。
……だから今こんなに苦労しているのよ! わかっているの、過去のわたし⁉
「もし赤点で追試なんてことになったら、お母様から激怒されるのよ。結婚式の予定とかいろいろ後ろ倒しになるもの。ああ、神様~、追試、追試だけは何とか……!」
もう神頼みしかないと、わたしは手を合わせて祈るも、よく考えたらわたしは悪役令嬢(候補)。世界から嫌われているのではなかろうか。ということは、祈ったところで神様は聞き届けてくれないのでは? うぅ、悲しい事実に気づいてしまった……。
はあ、とため息をついて机にぴたーんと縋り付いていると、ヴォルフラムが驚いたような声で言った。
「結婚。……ああ、そうだったな。君は、結婚するんだったな」
何をいまさら驚いているのかしら?
わたしがお兄様と結婚することは、学園では周知の事実でしょう?
お兄様ファンがきゃーを通り越してぎゃああああって騒いでいたから一瞬で広まったもの。
「……その、心配しなくとも、追試になったところで、公爵や公爵夫人が学園に伝えて調整するのではないか?」
「それはそれで恥ずかしい」
娘の追試について「今回は勘弁してください」と親が泣きつくなんて、噂になったら赤っ恥よ。
きっとわたしは生涯「親に泣きついてもらって追試を回避した公爵令嬢」なんてありがたくもない二つ名で呼ばれることになるんだわ。
「そんなに落ち込むな。きっと大丈夫だ」
「大丈夫だという根拠は?」
「それはないが、ほら、実技はなかなか頑張っていたじゃないか。そうだろう?」
「中の下くらいの成績だったけどね」
まあ、それでもわたしからすれば大躍進ってところよね。
早口で魔法詠唱をする訓練をしたおかげで、ポンコツなりに健闘したのよ。まあ、詠唱破棄できる人には遠く及ばなかったけどね。
ちなみにヴォルフラムは広範囲魔法で多くの的を一撃で吹き飛ばすという裏技で、成績は断トツトップだったわよ。広範囲魔法はずるいわ。
「いつまでも落ち込んでいないで、帰るぞ」
「……そうね」
見れば、クラスの大半の人がいなくなっていた。
今日は女子寮までヴォルフラムが送ってくれるそうなので、お言葉に甘えることにしている。
試験対策で連日徹夜したせいで、眠気マックスでふらふらしているのよ。学園に来るときもふらふらしながら歩いていたら、見かねたヴォルフラムが帰りは送ってくれると言ったの。
すべての試験日程が終わった今、どれだけうじうじと悩んだって結果は変わらない。
追試になった時は……なった時よ! やれることはやったんだもの!
お母様は激怒するだろうけど、そのときは甘んじて怒られよう。というか、お馬鹿な娘がある日突然天才になるなんて期待なんてしていないはずだ。お母様もわたしのポンコツ具合をわかっている。うん、追試になる可能性くらい考えているわよね?
追試になろうがなるまいが、あとは結果発表を残すのみ。
それが終われば夏休みで、ついにお兄様との結婚式だ。
「結婚式の招待状だけど、ヴォルフラムのところにも行っているのかしら?」
「あ、ああ、そう言えば来ていたな。父上か俺のどちらかが参列する予定だが、おそらく俺が行くと思う」
「そうなの。せっかくの夏休みにごめんね」
「それは構わないのだが……」
わたしの歩幅に合わせてのんびりと女子寮に向かう道を歩きながら、ヴォルフラムが何やら難しい顔で考え込みはじめた。
「……君は、本当にジークハルト様と結婚するのか」
「そりゃあ、まあ……」
結婚式の予定まで決まっていて、やっぱりや~めた、なんてありえないもの。
すでに招待状も配っているし(お母様が)、やたらと派手な式にするみたいだし(お母様が)、お茶会でも自慢しまくっていたみたいだし(お母様が!)、中止になることはまずないわ。
「君たちが本当の兄妹ではないことは知っているが、長らく兄妹として暮らしてきたのに、夫婦になるなんて……、その、嫌ではないのか?」
嫌ではないわよ。
そもそも契約結婚だし、話を持ち掛けたのはわたしの方だし。
むしろ嫌なのはお兄様の方じゃないかしらって思うんだけど……ああでも、意外と乗り気な様子でもあるし、お兄様が考えていることはよくわからないわ。
だけどもちろん、こんな話はできないから、わたしはにこりと微笑む。
「嫌じゃないわよ」
「そう、なのか……。俺はてっきり、公爵と公爵夫人の希望で、君の意思は無視されているのではないかと思ったのだが……君が嫌ではないのなら、そうだな、よかった……のか?」
あら、ヴォルフラムってば、何か懸念材料があるのかしら。
やめてよね~、そういう何気ない言葉がフラグになることもあるんだから、不安がらせるようなことは言わないでほしいわ。
「その、君はまだ十七だし、もう少し待ってもよかったのではないかとも思うんだが……君がいいなら、そうだな、俺にとやかく言う資格はないな」
「まだ十七っていうけど、十七で結婚なんて珍しくないでしょう?」
貴族女性は結婚が早いからね~。
去年のクラスメイトも、知っているだけで数人が結婚して学園を退学したわよ。
まあ、わたしは学園を退学させてはもらえなかったから、通い続けますけどね。
「そうかもしれないが、若くして結婚した場合は、結局離婚することもあると聞くぞ」
「そのときはそのときじゃない?」
というか、わたしの中では離婚前提ですからね。
お兄様からおかしな条件を付けられたから、離婚するためには学園在籍中に再婚相手を探さなくちゃいけないんだけど。
「そうか、君は離婚も視野に入れているんだな」
「や、視野に入れているというか、そういうこともあるって……」
ヴォルフラム、さすがに今から結婚しようという人に向かって「離婚も視野に入れているんだな」はないと思うわよ!
わたしはあきれたけど、何故かヴォルフラムは吹っ切れたような顔をして、にこりと微笑んだ。
「そのときは相談してくれ。きっと君の力になる」
いやいやいや、だからね! 今から結婚する人に、離婚の……って、もういいわ。
ヴォルフラムが何を考えているのかわかんないし、逆にこんな話題で押し問答して誰かに聞かれたらまずいもの。
何がまずいって?
そんなの決まってるわ。
お兄様の耳に入ることよ‼
絶対に怒って、お仕置きされる未来しか見えないもの! わたしが悪くなくてもわたしが怒られるんだわっ!
これ以上この話題を口に乗せたくなくて、わたしはありきたりにも、試験問題で何が難しかったかという話をヴォルフラムに振ってみる。
だけど、「とくに難しい問題はなかったな」というエリートな回答が戻って来て、ゲフンとなったわ。ほとんどの問題を難しいと感じたわたしはどうしたらいいのよ!
自分で振った質問のせいでダメージを負いながらとぼとぼと寮の前まで帰って来たわたしは、女子寮の玄関前にルーカス殿下とラインハルト様が立っているのを発見してギョッとした。
……なんで殿下とラインハルト様が女子寮の前に⁉
嫌な予感しかしない。
今すぐ回れ右して逃げたくなったけれど、ばっちりとルーカス殿下と目が合ってしまった。
「アラトルソワ公爵令嬢、遅かったな」
はい、この発言でもうわかりました! 嫌な予感的中。殿下が待っていたのはわたしですね!
正直、この前のこともあってルーカス殿下にもラインハルト様にも会いたくないんだけど。
ヴォルフラムは事情を知らないから、目を丸くしてわたしと殿下を見ているわ。
そりゃそうよね。マリア・アラトルソワがルーカス殿下に嫌われているのは、学園では有名だと思うもの。
しかも、ルーカス殿下の隣のラインハルト様が鋭い視線を向けてきていたら、ヴォルフラムも驚くわよ。ルーカス殿下は、相変わらず何を考えているのかわからない微笑をたたえていらっしゃいますけどね。
「ごきげんよう、殿下。こんなところでどうなさったのですか?」
できれば挨拶だけしてとっとと寮の中に逃げ帰りたいわたしは、ほほほ、と笑って悪あがきをしてみる。万に一つの可能性かもしれないけど、殿下が用があるのはわたしじゃないかもしれないじゃない?
だけど、そんな砂粒みたいな可能性は、もちろん存在していませんでしたよ。
「君を待っていたんだ」
ですよね~。
わたしはため息をつきたくなったけどぐっと我慢して、目をぱちくりとさせているヴォルフラムを見上げた。
「ヴォルフラム、送ってくれてありがとう。……殿下がお話があるみたいだから、もう大丈夫よ」
きっと、ヴォルフラムがそばにいたら話せない内容かもしれないからね。
ヴォルフラムは心配そうな顔をしたけれど、相手は王子だ。
ルーカス殿下に挨拶をした後で、「また明日」と言って去っていった。
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