突然の言いがかり 1
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お兄様との結婚をやめろやめろと騒ぐブリギッテと、それを控えめながらも擁護するアグネスと、とっても疲れるお茶会をすごしたわたしは、疲れを残したまま月曜日を迎えた。
本当は昨日一日ゆっくりするつもりだったんだけど、期末試験も近いから少しは勉強しないと、とがんばったのよ。そうしたら、想像以上に疲れちゃったのよね。
……でも、ちゃんと試験対策しないと、かなりまずいのよ。
昨日、試験範囲を確認したんだけど、どれもこれもチンプンカンプンだったの。ここまでわかっていないとは思わなかったわ。授業中は聞いているつもりなんだけど、右から左に抜けていたのね。うぅ……。
ということで、今日の放課後は図書室へ向かおうと考えている。
お兄様に勉強を教えてもらおうとも考えたんだけど、まずは自分で頑張ってからの方がいいかなと思ったのよ。ほら、何でもかんでも泣きつくのはだめでしょう?
……というのは建前で、本当はまだ勇気が出ないだけです。お兄様に教えてもらうのは怖いんです、いろいろと!
自分で努力してなんかいい感じに理解できればお兄様を頼らなくてもいいんじゃないかと、無謀なことを考えたわけですよ。
ついでに明日のニコラウス先生の補講のときに、試験対策とかしてもらえないかな~なんて都合のいいことを考えていたりもする。
……ブリギッテなんかは、お勉強ができないお姉様ってば、か・わ・い・い~なんて言うけど、全然嬉しくありませんからね!
ちなみに期末試験の魔法実技は、練習場に設置された的を、一分間に何枚落とせるかというものらしい。
つまり、詠唱破棄できる生徒が有利ってわけよ。
初級魔法でも全部詠唱しているわたしはとっても不利なのだ。
かといって、この短い間で詠唱破棄を覚えるなんて無理だから、今は早口で魔法詠唱ができるように練習中よ!
……う~ん、試験前だけあって、図書室の利用率が高いわね~。
放課後。図書室にやって来たわたしは広い部屋の中をぐるりと見渡してあいている席を探した。
ちょうど窓際の一人がけの机があいていたので、そこを使わせてもらおう。
……さってと、勉強するわよ~!
寮の自室でしてもいいんだけど、ハイライドやヴィルマがいるから何となく落ち着かないのよね。
その点図書室は静かだし、なんて言えばいいのかしら、図書室を使っていると自分が賢くなった錯覚を覚えて勉強がはかどる気がするわ。気分だけかもしれないけど!
じゃあ、最初は歴史から!
わたしは机の上に教科書とノートを広げた。
そして、ぐちゃぐちゃでわかりにくいノートに早くも撃沈しそうになる。自分ではしっかりメモを取っているつもりだったけど、ごちゃごちゃしすぎてノートの解読に時間がかかるわ。
要点とかそうじゃないとか考えずにひたすらメモを取ったからね。そもそもわたしは、効率のいい勉強法がわかっていないのかもしれない。
「……あれ、このメモ、どっちに対するメモかしら?」
ノートに書いていたメモが、第三代国王に対するものなのか、第四代国王に対するものなのかわかりませんよ。せめて矢印とか書いとけよわたし‼
わたしは早くもノートの解読を諦めて、教科書を読むことにした。
歴史なんてものは基本暗記なんだから、教科書に全部答えが書いてあるのよ、ふふふん!
って思ったけど、五ページも読まないうちに脳がシャットダウンをはじめそうになる。
ぐぬぬぬ、わたしのポンコツ脳~‼
長時間の勉強に不向きなわたしの脳は、教科書の丸暗記に向いていなさすぎる。
がっくりとうなだれつつも、意地で教科書を読み進めていた、そのときだった。
「アラトルソワ公爵令嬢」
突然すぐ近くで、少し高めのセクシーボイスがわたしの名前を呼んだ。
あまりにいい声に、ぞわわっと首の後ろの産毛が逆立つ。
振り向くと、やっぱりと言うかなんというか、そこにはルーカス殿下が立っていた。
……うん、だと思った。だって記憶が戻る前とはいえ、あれだけ夢中で追いかけまわしていた殿下だからね。声を聞けばわかりますとも。
襟足が少し長い赤銅色の髪に、綺麗なサファイア色の瞳。
性格なのか、それともそういう教育を受けて来たのか、だいたいいつも人当たりのよさそうな微笑を浮かべている。
パッと見とっても優しそうだから、前世の記憶を思い出す前のわたしは調子に乗って追いかけまわしていたんだろうな。
わたしは慌てて席を立つと、ルーカス殿下にカーテシーをした。
「ごきげんよう、殿下」
ヴィルマの件を知ったから、ルーカス殿下に対しては多少なりとも思うところはあるけれど、相手は第一王子殿下だ。失礼をしてはいけない。
ふふふ、わたしだって去年までのわたしじゃないのよ。「殿下ぁ~」と猫なで声でまとわりついていた困ったちゃんは、前世の記憶を取り戻すと同時に卒業したのだ。
ルーカス殿下はわたしがいつものようにまとわりつかなかったことに驚いたのか、軽く目を見張ったあとで、「そう言えば君は結婚するんだったな」と思い出したようにつぶやいた。
「勉強中にすまない。少し時間がもらいたいのだが、いいだろうか」
あら珍しいこともあるものね。ルーカス殿下の方からわたしと同じ時間を過ごしたいと申し入れるなんて、何か悪いものでも食べたのかしら?
あれだけ嫌っていた女に声をかけただけではなくお誘いまであるなんて、これは何かあるのかもしれないわね。
……でも、バッドタイミングもいいところですよ、殿下。わたし的に、ですけど。
ここは図書室。
そして今は試験前。
大勢の生徒が利用している図書室で、第一王子殿下に声をかけられたわたしは、当然刺すような視線にさらされている(主に女の子たちから)。
それでなくとも、週末にルーカス殿下と並ぶ学園一のモテ男のお兄様とお出かけし、たまにアレクサンダー様ともお出かけし、最近ではヴォルフラムとよく一緒にいるわたしは悪目立ちしているのよ(ついでに、ニコラウス先生から補習を受けていることでも、いらない嫉妬を買っている)。
さらにルーカス殿下にまで声をかけられたとあったら、本当に本当に、いつか刺されるんじゃないかしらと恐怖でしかありませんよ。
女の嫉妬は怖いんですからね、知ってます? 殿下?
とはいえ、相手は王子だ。お誘いは断れない。
わたしは内心びくびくしながらも、にこりと微笑みながら頷いた。
「もちろん、かまいませんわ」
「では場所を移動しよう。ついてきてくれ」
「はい」
本当はものすごくものすごく嫌ですけどね。
せめてお兄様がいればいいのに!
……お兄様~! マリアのピンチですよ! どこですか~‼
って、お兄様は今日は魔石研究部に顔出すと言っていたから、部室にいるんだけどね。
お兄様が作った魔石から映像を抜き取れる魔道具をヨルク・カトライア政務次官が気に入っちゃって、ぜひとも研究を続けてほしいと要望があったのだ。ついでにレポートを提出してほしいと言われていて、お兄様はちょっと部活動が忙しくなったのよ。
ヨルク様はお兄様の作った魔道具の、一刻も早い実用化を目指しているらしくて、あれこれと材料を援助してくれるようになったらしいんだけど、そのせいで結果を急かされると、お兄様は面倒くさそうだった。
優秀すぎると大変ですねお兄様。
お兄様の助けは期待できず、しょんぼりと肩を落としてルーカス殿下のあとをついて歩いていると、「マリア?」と前方から歩いてきた人が目を丸くした。
……て~ん~の~た~す~け~‼
歩いてきたのはアレクサンダー様だった。
わたしとルーカス殿下の組み合わせが珍しいのか、アレクサンダー様は目をしばたたいてから殿下に訊ねる。
「殿下、どちらへ?」
「東のサロンにね」
「二人きりでですか?」
「……サロンに人を待たせてあるが?」
すると、アレクサンダー様はわずかに眉を寄せた。
そして、にこりと微笑むと、すっとわたしの隣に移動する。
「では、私もご一緒しましょう」
「――何故だ」
あ、ルーカス殿下、嫌そう。いつもの微笑がわずかに曇ったわよ。
だけど、アレクサンダー様も笑みを深めて応じる。
「人を待たせているとおっしゃいましたが、どうせ男でしょう? ラインハルトあたりだと推測しますが、男しかいない部屋にマリア一人を向かわせるわけにはいきませんからね」
「君も男だろう」
「私はマリアの味方ですから。……殿下がマリアに危害を加えるとは、もちろん思っておりませんけれど、そうとわかっていてもマリアも心細いはずですからね」
これにはわたしは思い切り同意しますよ!
アレクサンダー様がそばにいると心強いですから、ぜひとも一緒にいてほしいです‼
ルーカス殿下は怪訝そうな顔になった。
「……最近君がアラトルソワ公爵令嬢と親密なようだと噂になっていたが本当だったのか」
「噂には興味はございませんし、私とマリアの関係について詮索されるのはいい気はしませんね」
……あのぅ、アレクサンダー様、「私とマリアの関係」って、なんかいかがわしい響きがする気がするんですけど。特別な関係、みたいに勘違いされますよ。
「まあいいだろう。ここで断って、あとであることないこと騒がれるのも困る」
「賢明な判断かと」
おぉう、アレクサンダー様、笑顔が怖いです。
……あれ? アグネス、アレクサンダー様には例の件を秘密にしておくって言ったよね? なんかこれ、ばれてるんじゃない?
心なしか、ルーカス殿下に対するアレクサンダー様の言葉には棘があるように聞こえる。
一緒についてきてほしいと思ったのは間違いだったかしら、と思ったけど、やっぱり一人は怖いのでここは何も気づいていないふりでやり過ごそう。
なんか滅茶苦茶注目を集めているけど、これにも気づかないふりよ。
胃が痛いけど、頑張れわたし!
……前世の記憶を取り戻してから、その前とは別の意味で注目を集めているような気がするのは、気のせいよね、気のせいに違いないわ‼
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