第一王女のお茶会 4
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「ちょ、ちょっと待ちましょうか、ブリギッテ。ストーカーですって? いやいや、ストーカーという言葉を使うのはまずいと思うわよ! ええ、ものすごく!」
だって相手は第一王子ですからね! 王子がストーカー行為を働いていたとか、とんでもない醜聞よ! ゴシップ記者がこぞって食いつきそうなネタだわ! 真実か嘘かは別としても、簡単に口にしていい単語じゃないと思うのよ!
だけどブリギッテは涼しい顔でティーカップに手を伸ばした。
「お姉様、ご安心なさいませ。一応、わたくしだって王家の一員。そのくらいは心得ております。ですから、この場から人を排したのですわ」
いやいや、壁に耳あり障子に目ありって言うでしょ⁉ どこで聞いている人がいるかはわからないわよ! まあ、ここは異世界だから障子なんてないですけどね!
実際、どこにでも侵入できるヒルデベルトみたいな人もいますからね!
「ふふ、お姉様、そんなに不安そうな顔をなさらなくても、きちんと魔道具を展開しておりますから大丈夫ですわ。ほら、そこ」
ブリギッテはテーブルの上に置かれた三段トレイを指さした。
よく見れば、三段トレイのてっぺんに、緑の石がついている。
……ああ、この三段トレイってば、貴族が密談に使う魔道具だったのね。気が付かなかったわ。
一見魔道具に見えないように三段トレイの形に作られている魔道具なのだろう。
貴族たちの密談や、人に聞かれたくない国の会議などで使われる魔道具で、魔道具の範囲の外にいる人には話している声が聞こえなくなるものだ。
そしておそらくだが、ブリギッテはこのテーブルを囲う席までを範囲にしているのだろう。
……どうりで、アグネスの存在に気づかなかったはずよね。
いくら物静かでも、部屋の中にいて声を掛けられるまで気が付かないなんてそうそうないことだろう。魔道具が展開されていたから人の気配に気が付けなかったのだ。
「安心していただけまして?」
「え、ええ……」
でも、そこまでしてしたい話なのだろうか。その……ルーカス殿下のストーカー疑惑の話が。
……それにしてもストーカーなんてなかなかのパワーワードだわよ。人に聞かれなかったらいいという問題でもないでしょうに。
「話を戻しますけど、あの愚兄のストーカーについてお姉様の意見を聞きたいのですわ。お姉様のところにも愚兄の子飼いが潜り込んでいましたでしょう?」
ヴィルマのことね。
でも、わたし……はまあいいとして、お兄様とお父様も最近まで気が付かなかったことに、ブリギッテはいつ気が付いたのかしら?
「ええっと、いたけど、もう違うみたいよ」
「あら、お姉様はそれで許したのね。お優しい方」
わたくしだったら徹底的に痛めつけて殺しますわ、おほほほほ……じゃないからねブリギッテ! 怖いから‼
「ブリギッテ、ええっと……、ルーカス殿下は、気づかれないように立ちまわっておいでだったと思うんだけど、いつ気が付いたの?」
「先日ですわ。お姉様の侍女がお城に来ていたのを見かけましたの。そしてわたくしの情報網によれば、お姉様はあのとき、ボールマン伯爵家の問題に巻き込まれていらっしゃったはずです。そんな危険な時期に、護衛を兼務している侍女が主を放置して何故城に来たのかしらと不思議に思って、調べさせたんですわ」
ブリギッテの情報網、侮れないわ……。
わたしたちはこそこそ動いていたはずなのに、ブリギッテってばいつの間にかボールマン伯爵家の問題にわたしたちが関わっていることに気が付いていたみたいよ。
……性格はちょっと問題だけど、優秀なのよねえ、ブリギッテは。
ポルタリア国の王位継承権一位は言わずと知れたルーカス殿下だけど、ルーカス殿下を「王太子」として王位継承を確定させていないのは、ブリギッテの存在があるからだろうとお父様が言っていたことがあったわね。
ルーカス殿下もとても優秀だけど、ブリギッテも負けず劣らず優秀なのだ。むしろ、魔法の才能ではブリギッテの方が上だろうとも言われている。
ゆえに国王陛下はギリギリまで様子を見るつもりなのではないかって話よ。
まあ、この調子だとブリギッテは結婚しそうにないから、そこはマイナスになるんでしょうね。女王になるなら王配を置かなくてはならないもの。
「するとどうでしょう。お姉様の侍女はあの愚兄の子飼いで、お姉様の様子を定期的にあの馬鹿に報告していたではありませんか。わたくし、それを知った時は本当にショックで……追加でいろいろ調べさせたんですわ」
そのショックはどういうショックなのかしら。うん、突っ込んで訊かない方がよさそうね。
「するとどうでしょう。出るわ出るわ! なんと、アグネスのナルツィッセ家にも愚兄の子飼いが一人入り込んでいましたのよ。ねえ、アグネス?」
「は、はい……。どうやらそのようで、お父様が今、王家に抗議するか否か悩んでいらっしゃるようです」
……あー、これは大事になる予感。
我が家はひとまず静観の姿勢を取ることにしたけど、他の貴族もそうとは限らない。
というか、ルーカス殿下、アグネスのことも調べさせていたのね。まあ、アグネスは十三歳だから、ルーカス殿下の結婚相手の候補に入らないわけじゃない。比較的年回りの近いところから探すけど、身分や教養などを考慮した結果、年の離れた王妃を娶ったという国王陛下も過去には何人もいるもの。
その点、アグネスはポンコツなわたしと違って優秀で、公爵令嬢。わたしが候補から転がり落ちた今、アグネスはかなりの有力候補のはずよ。
「ナルツィッセ家以外にも、わたくしが調べただけで五家ありましたわ!」
「ブリギッテ、まさか、他の家にも報告したの⁉」
そんなことをすれば、貴族たちが王家に抗議を入れるのは間違いない。
わたしは慌てたけれど、ブリギッテはゆっくりと首を横に振った。
「まだですわ。そこを悩んでいるから、お姉様にご相談したかったのですわ」
ブリギッテとアグネスはそれなりに交流があるので、アグネスのところだけは報告をしたそうだけど、さすがに他の家にまで報告するかどうかは悩んでいるらしい。
……下手をすれば、批難の矛先はルーカス殿下だけにとどまらないからね。
火の粉が王家全体に降りかかれば一大事である。
ブリギッテも、さすがにその危険性を考慮したようだ。
「我が家については、わたくしからお父様に抗議は待っていただくようにお願いしております。わたくしを目覚めさせるための薬は、ホルガー侍医長が作成してくださいましたので、王家には恩もございますから」
ホルガー侍医長は城の侍医なので、もちろん王家が許可を出さなければ薬を作ってもらえない。
ナルツィッセ公爵はその時の恩と今回の件を天秤にかけて悩んでいるという。
ブリギッテはクッキーに手を伸ばしながら、ふふんと笑う。
「もし今回の件が公になれば、あの愚兄は王位継承権を失うでしょう。よくて、順位が下がるかですけど、順位が下がれば王になれないも同然ですもの。ここで一気に叩き落してやってもいいのですけど、今回は王家への被害が大きくなりそうですからわたくしも困っているのです」
ブリギッテ、ルーカス殿下を追い落とす気満々ね……。
実の兄なんだからそこまで毛嫌いしなくてもいいのにと思わなくはないけど、人様の家庭の事情に口を出すのはだめよね。
「ええっと……、わたしの意見を言っていいなら、他の家には黙っておいた方がいいと思うわ。我が家も静観する方向で考えているみたいなの。ナルツィッセ公爵がそれで我慢ならないというのなら、公にではなくこっそりと国王陛下に苦情を申し上げたらどうかしら? 陛下から殿下へ厳重注意してもらって、今の時点で殿下が貴族の家に潜り込ませている人を回収してもう二度と同じようなことをしないようにしてもらえば、それでいいと思うのよね」
「……あの愚兄を叩く最大のチャンスですから悔しいですけど、王家への被害を考えるとそれがいいでしょうね。はあ、あの馬鹿はなんてことをしでかしたのかしら。気持ち悪いったらないわ! ナメクジ以下ですわね!」
「は、はは……」
まあ、日常生活が筒抜けになっていたと思うといい気分じゃないけど、ナメクジ以下はないと思うわよ、ブリギッテ。一応、あなたのお兄様でしょうに。
「アグネスはどう思って?」
「そうですわね……。わたくしも正直いい気はしなかったのですけど、王家を陥れたいわけではございませんから、それでいいと思いますわ。お父様にも伝えておきますわね」
「あ、その件だけど、アレクサンダー様はご存じなの?」
「お兄様ですか? おそらく、お父様はお伝えしていないんじゃないでしょうか? その……お兄様は少々シスコンの気がありますので、知ったら大変なことになるかと」
……うんそうね、間違いないわ。
激怒してルーカス殿下に苦情を言いに行く姿が目に浮かぶようよ。
そんなことになれば、すわ次期ナルツィッセ公爵と次期国王、対立か⁉ なんて騒がれる嫌な予感しかしないから、その判断は賢明だと思う。
キレたアレクサンダー様がそう簡単に矛を収めるとは思えないからね。
「アグネスがいいなら、そう言うことにしましょうか。誰も自分がストーカーされていたなんて知りたくないですものね。これが一番平和的な解決かもしれません」
ブリギッテ、まだストーカーって言っているよ。
ルーカス殿下はきっと自分の妃にふさわしい人を探そうとして、結果として有力候補を探ろうとしたんだと思うから、そこまで言わなくてもいいと思うわよ。ま、全然共感できないし、腹も立ったけどね!
「ではこの問題はそうするとして……さ、お姉様の結婚のお話に戻りましょう! ずばり聞きますけど、結婚、おやめになるつもりはございませんの⁉ なんならわたくしがぶち壊して差し上げましてよ‼」
……うん、今日のお茶会は、とっても疲れる予感しかしない。
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