第一王女のお茶会 3
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土曜日――
お茶会の開催場所となっている、いくつかあるお城のサロンのうちの一つに向かうと、扉を開けた途端に黄色い歓声が聞こえてきた。
「お~ね~え~さ~まああああああああ‼」
ドドドドド、と足音も聞こえてくる。
日当たりのいい窓際のテーブルから扉まで一直線に走って来たブリギッテ第一王女殿下は、勢いそのままにわたしにがしっと抱き着くと、すりすりと肩のあたりに頬ずりをはじめた。
「ブリギッテ……」
熱烈すぎる歓迎に、わたしは思わず頬を引きつらせる。
ブリギッテは桃色の髪に青い瞳の美少女だ。少々気の強そうな顔立ちをしているが、逆にその猫のような吊り上がり気味の目はブリギッテの快活な性格を物語っていて、わたしは長所だと思うの。本人はちょっと嫌みたいだけど、ラグドールみたいな大きな目はとっても愛らしいと思うのよ。
なんだけど……これは、ないわ~。
「ブリギッテ、落ち着いてちょうだい。こんなことをするから、一部でおかしな噂が流れるのよ。ねえ、聞いてる?」
わたしはなんとかブリギッテを引きはがそうとするも、彼女はいかんせん力が強い。
魔法も武術にも明るいブリギッテに、運動音痴の非力なわたしが敵うはずもないのだ。
……でも、ほら! メイドたちの視線が生暖かいものになってるわよ! 気づいて~!
ブリギッテが毎回この調子なので、一部ではわたしとブリギッテがただならぬ中なのではないかと妙な噂が流れているのだ。
もちろん、ごく一部であるし、わたしが去年一年間攻略対象たちを追いかけまわしていたことも知られているから、妄想女子や妄想男子の間での冗談のようなものなのだろうとはわかってているけれど、これ以上妙な噂が流れるようなことはいただけない。
「ああ、お姉様! コロンを変えたんですのね。これは……くんくん、あら、どこのブランドかしら?」
有名な店のものじゃないから、ブリギッテにはわからないと思うわよ。
今日つけてきたコロンは、リッチーの雑貨屋リーベで買ったからね。って、そうじゃなーい!
「ブリギッテ、わたしの匂いをかがないでちょうだい!」
そして人の話を聞いてくれ! 離れてほしいの!
わたしが四苦八苦していると、「ブリギッテ様、そろそろ……」とやんわりとした声が聞こえてきた。
ハッとして顔を上げれば、窓際のテーブルには若葉のような髪に黒い瞳の超絶美少女が座っている。
……アグネスもいたのね!
アグネスが静かだからか、それともブリギッテが強烈すぎるせいか、今の今までそこにアグネスがいることに気が付かなかったわ。
……でもよかったわ。元気そうね!
眠りから目覚めた後のことはアレクサンダー様から聞いていたけど、実際にこの目で見るとホッとするわ。
アグネスに窘められて、ブリギッテが口をとがらせてわたしから離れた。
アグネスは十三歳だから、十五歳のブリギッテより二つも年下なのに、なんだかアグネスの方が落ち着いていてお姉さんに見えるわね。
さすがはアレクサンダー様の妹だわ、と思っていると、アグネスがこちらにゆっくりと歩いてきて、わたしの前で完璧なカーテシーをした。
「お初にお目にかかります、アグネス・ナルツィッセと申します。マリア様にお会いできて光栄ですわ」
あ、そうそう、そうだった。
わたしはゲームで知っているけど、マリア・アラトルソワとアグネスは初対面なのよ!
アグネスはまだ社交デビューしていないし、アラトルソワ公爵家とナルツィッセ公爵家はそれほど交流がなかったから会ったことないのよね。
抱き着くのはやめても腕にまとわりついているブリギッテをやんわりを引きはがし、わたしは同じくカーテシーで挨拶を返した。
「こちらこそ、お会いできて光栄です、アグネス様。お元気そうで何よりですわ」
「……マリアお姉様」
……うん?
わたしはただ挨拶を返しただけなのに、アグネスが胸の前で手を組んで瞳をうるうるしはじめたわよ。しかも「マリアお姉様」? ちょっと待って幻聴か?
わたしが戸惑っている間に、ブリギッテが軽く手を振ってサロンにいた使用人たちを全員部屋の外に出した。
わたしをうるうる見つめているアグネスと、わたしの腕にまとわりつくブリギッテと共にテーブルにつくと、待っていましたとばかりにブリギッテが話しはじめる。
「お姉様はアグネスの呪いを解いて目覚めさせたんですってね! 聞きましたわよ!」
アグネスの呪い?
いやいやなんか話が大きくなっているけど、アグネスは眠りの魔法にかかっていたけど呪われてなんかなかったわよ!
それに、わたしが目覚めさせたわけではないわ! 「神々の泪」を作ったのはホルガー・ラヴェンデル侍医長よ!
そして、アグネスを目覚めさせようと奮闘したアレクサンダー様の功績だわ。
というか、ブリギッテはアグネスが眠っていたのを知っていたのね。それもそうか。王族だもの。ホルガー侍医長の力を借りるとなったら報告が行くわよね。
「ブリギッテ、落ち着いてちょうだい。アグネス様にかけられていたのは呪いじゃなくて眠りの魔法よ。そしてわたしは何もしていないわ。アグネス様が目を覚ましたのは、アレクサンダー様とホルガー侍医長が頑張ったからよ」
わたしが勝手に功績を横取りしてはならない。そう、そんなことをすると、どんな噂が立つかわかったものではないからだ。悪役令嬢に繋がりそうな要素はできるだけ回避しておきたい。
それなのにブリギッテは、口に手を当ててホホホと笑う。
「まあお姉様ってば謙虚なこと!」
「ええ、本当ですわ! わたくしもお兄様からきちんと報告を受けております。わたくしが目覚めたのは、マリアお姉様が命を懸けてわたくしのために薬の材料を集めてくださったおかげなのです!」
ちょっと待てアレクサンダー様! あなた、妹になんて嘘を吹き込んだんですか‼
墓地でわたしがポカをやって自己責任で死にかけたことが、なんか美談にされていますよ‼ 命を懸けて薬の材料集めをしたって、どこをどうすればそんな話になるんですか!
アグネスは指をもじもじしながら、ポッと頬を染めた。
「それからあのぅ……、わたくしのことは、どうぞアグネスと呼び捨ててくださいませ。ブリギッテ様だけ呼び捨てなんて、ずるいです」
おおぅ……。
なんか、ブリギッテ二号が出来そうな嫌な予感がプンプンしてきました。
なんで、どうして、わたし、何もしてないよね⁉
女友達は欲しいけどこれはなんか違うよ! 違うよね! 王女と公爵令嬢を侍らせているとか周囲に誤解されたら、大変なことになる予感しかしないよ!
ブリギッテは、桃色の髪を指先にくるくると巻き付けながら、仕方がなさそうに肩をすくめる。
「本当はアグネスとお姉様を分け合いっこするのはいやですけど、そう言う事情なら仕方がありませんもの。特別に、アグネスにお姉様をお姉様と呼ぶことを許可して差し上げますわ」
いやいやいやブリギッテ! わけあうってなに? 許可って何⁉ いつの間にブリギッテはわたしの呼び方について許可を出す立場になったの。
わたしはあんぐりと口を開けたが、目の前のちょっと百合疑惑のある二人はきゃっきゃうふふと笑いあっている。
「ありがとうございます、ブリギッテ様。三姉妹ですわね」
「ええ、三姉妹ですわ! ですのでわたくしのこともブリギッテお姉様と呼んでもよろしくてよ」
「ブリギッテお姉様……」
「ほほほ……」
「ふふふ……」
……これは、どうしたらいいのだろうか。
いつの間にか「三姉妹」とか言い出してるし、わたしが何を言っても止まりそうにない雰囲気だわ。
アレクサンダー様、あなたの妹が、ちょっと怪しい方向に進みそうになっていますよ。
ブリギッテみたいに男嫌いになったら結婚にも差し障ると思うので、今のうちからしっかりと言い聞かせた方がいいと思います!
ブリギッテは世の中の男性をゴミ屑を見るような目で見る困った王女なので、国王陛下はブリギッテの結婚を早々に諦めたという噂まであるのだ。
アグネスまでそうなったら一大事である。
そしてその原因がわたしにあるなんて噂された日には――ひぃ! ガクガクブルブル。
アレクサンダー様にもきっと恨まれるし、ナルツィッセ公爵も激怒するかも。ついでにブリギッテのことで国王陛下までキレたら、わたし、処刑されるんじゃあなかろうか⁉
「それはそうとお姉様、結婚するんですって? わたくし、聞いたときは発狂しそうになりましたわ! お姉様は生涯独身を貫いてくれると信じていましたのに、あんまりです!」
いやいや、生涯独身を貫く約束なんてしてないからね。というか、前世では結婚どころか彼氏もいなかったわたしとしては、ぜひとも結婚はしてみたいよ。まあ、お兄様とは契約結婚だけども。
「わたくしも、お兄様から教えていただいたときはショックでした。百歩譲ってお兄様とお姉様が結婚してくださるならいいのですけど、うぅ……」
アグネス、なんでこんなくだらないことで涙をぬぐう仕草をするの?
「まあアグネス、それは狡いですわ! アレクサンダーとお姉様が結婚したら、正真正銘アグネスはお姉様と義理の姉妹になるではありませんか! わたくしだって……いえ、お姉様はあのような愚兄の妃にするなんて許せませんから、お姉様と愚兄が結婚する未来はないのですけど」
ブリギッテ、あなた、本当にルーカス殿下が嫌いねえ。
ブリギッテがはあ、と息を吐いた後で、それから急に真顔になった。
「お姉様。本日お姉様に来ていただいたのは、もちろん、お姉様の結婚についていろいろお聞きしたかったこともありますけど、目的は別にあるんですの」
あら、いきなり改まって、どうしたのかしら?
ブリギッテが真面目な顔をするくらいだからよほどの問題があったのね。
わたしも姿勢を正すと、アグネスもすっと表情を改める。
ブリギッテは、もう一度嘆息してから、こう言った。
「あの愚兄が、大勢の女性に監視をつけてストーカーまがいのことをしている件について、お姉様の意見を聞きたいのですわ!」
わたし、今、飲み物を口にしてなくてよかったわ。
口にしていたら絶対に、「ぶーっ」と噴き出していたわね。
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