マリアの監視人 3
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マリアの性格について違和感をもたれる方をいらっしゃるようなので捕捉を。
長年社会人として働いてきてそれなりに人と関わってきた私からするとですね、30歳って、皆さんが思うほど大人ではないのですよ。
もちろん、中にはとってもしっかりしていらっしゃる方もいるとは思いますが(^^;)
なので、マリア(転生前)はそういった子供っぽさの残る人を設定しております。
30歳はとっても大人だ!と思う方は…、ごめんなさい<(_ _)>
ヴィルマがわたしの侍女になったのは、わたしが十一歳、ヴィルマが十二歳の時のことだ。
「アラトルソワ公爵家が、護衛もできる侍女を探していると聞いて、ルーカス殿下がわたくしに声をかけたのです」
その少し前に、ヴィルマの父であるカッシーラ男爵は、魔物討伐で足に怪我を負い、騎士団長を引退していた。
日常生活には支障がないが、怪我の後遺症で剣を振るう時に足に思ったように力が入らないのでそれ以上騎士を続けることはできなかったという。
見舞金は出たが、ヴィルマの下にも三人の弟妹を抱えたカッシーラ男爵家は、一家の大黒柱の収入がなくなりかなり厳しい状況に追いやられたそうだ。
というのも、カッシーラ男爵は騎士として大成したがために男爵位が与えられた軍人貴族で、封土されていないので土地を持っていない。
そのため、騎士としての収入がなくなれば、入ってくるお金はほとんどなくなるのである。
怪我での引退のため、毎月国から支払われる少額の見舞金だけがカッシーラ男爵家を支える収入だったが、さすがにヴィルマを含めて子供四人を抱えているとそれだけでは厳しいのだ。
だからヴィルマは、一家を支えるために城で働こうと考えていたらしい。
幸いにして元騎士団長の娘であるので、仕事をしたいと頼めば何かしら斡旋してくれるはずだ。
そうして仕事を求めて城へ向かったヴィルマに目を付けたのが、ルーカス殿下だったらしい。
というのも、ヴィルマは十二歳ですでにかなりの剣の使い手だった。学園には通っていなかったが、魔法の才能もあり、幼いころから父について騎士団に出入りしていたヴィルマには、教師役はいくらでもいたのである。
武芸に関して突出した才能を持っていたヴィルマは、ルーカス殿下からこう持ち掛けられた。
――アラトルソワ公爵が娘の侍女を探している。君なら公爵のお眼鏡にもかなうはずだから、そこで働いて、娘の様子を僕に報告してくれないかな? そうしたら、君のお父上が騎士団長としてもらっていた給料と同等額を君に支払うよ。
家族の生活のために働こうと考えていたヴィルマがそれを断るはずもない。こんなに好条件の仕事は早々ないからだ。
そして、ヴィルマは我が家――わたしの、侍女になったのね。
「そこまではわかったんだけど、何だってルーカス殿下はわたしに監視をつけたの?」
「当時、お嬢様がルーカス殿下の婚約者の最有力候補だったからですよ」
「へ?」
だからどういうこと? とわたしが首をひねると、お兄様がゆっくりと首を横に振った。
「つまり、マリアがどういう人間か、ルーカス殿下はヴィルマを使って探ろうとしていた、ということでいいのかな」
「そうなります」
……ええ⁉
「お嬢様は、身分的に見てルーカス殿下の妃になる可能性が非常に高い方です。殿下の婚約者候補の選定は当時すでにはじまっていました。筆頭候補だったお嬢様に殿下は興味を持たれたのでしょう。同時に、警戒もした。お嬢様がどのような人間なのか、自分の妃にふさわしいのかを、わたくしを通して確かめようとしたのだと思います。……おそらくですが、他の有力候補の邸にも、似たような形で人を潜り込ませているはずです」
「なるほどねえ」
お父様が、困った顔で顎を撫でる。
「迷惑極まりない話だが、そうなると敵意からというわではないのか。かといって、それは仕方がありませんでしたねですまされる話ではないけどねえ」
「ヴィルマ自身に敵意がなかったから私も父上も気が付かなかったんだろうね」
お兄様の言うとおりね。
我が家はそれなりに警備が厳しいもの。
もしヴィルマが、殿下の指示でわたしや家族、使用人に危害を加えようとしていたらすぐに気が付いたはずだけど、数か月に一度、殿下に定期報告をしていただけなら気づかなくても仕方がないわ。
……あ‼ ちょっと待って。
「ヴィルマ、あんた、殿下にわたしの様子を報告していたって言ったわね! あんた、何を言ったの⁉ またろくでもないことを……」
「わたくしは、ありのままを報告しましたよ」
それがまずいんでしょうが‼
わたしは頭を抱えたくなった。
わたしの――そして、前世の記憶を取り戻す前の「マリア」のありのまま⁉
わたしが思い出すだけでいろいろ馬鹿なことをやらかしてるわよ‼
ルーカス殿下とつながっていても、今までわたしの侍女をきちんと勤めてくれていたから別にいいわ~と思った少し前のわたし、よくなかったわ‼
ありのままのお馬鹿なわたしを報告されていたなんて、わたし、ヴィルマにちょっとだけ殺意を覚えたわよ! こんちくしょう‼ わたし、今の時点でどれだけ殿下に馬鹿な子認識されているのかしら⁉
……いやでもまあ、ヴィルマが報告するまでもなく、去年一年でわたしはかなり馬鹿で傍迷惑なことをやらかしていたから、今更だと考えるべきかしら?
ぐぬぬぬぬ……。
わたしがヴィルマを怒るべきか否かと葛藤していると、お父様がのほほんと笑った。
「あー……。マリアちゃんと殿下の婚約話が立ち消えになったのは、もしかしてそのせいかな」
「そういえば、ある日ぱたりと消えましたね。てっきりマリアの奇想天外な行動のせいだと思っていましたけど……、ふむ、そう考えると、ヴィルマはある意味で私にとっての功労者にもなるのか」
どういう意味ですかお兄様‼
でも納得だわ。
わたしもてっきり、去年一年間でわたしが馬鹿なことをしまくって、ついでにルーカス殿下の迷惑も考えず追いかけまわしたせいで、殿下に嫌われて婚約候補から転がり落ちたと思っていたけど、違ったのね。
その時点ですでに殿下はある程度のデータを持っていて、それを踏まえてわたしを婚約候補から脱落させたんだわ。
悪役令嬢になるのを回避するという目的のわたしとしては、これはある意味ラッキーだったと見るべきかしら?
でも、本来知られなくてもよかったはずの馬鹿な行動が殿下に筒抜けだったのは、やっぱりムカつくけどね!
……いやでも待てよ。ヴィルマは生活のために殿下の命令に従っていただけよね。殿下の命令には背けないもんね? ということは、諸悪の根源はルーカス殿下なんじゃない?
あれ? でもヴィルマのことだから、めっちゃ儲かると思って飛びついた可能性も否めないわよ。
ヴィルマのことだ。殿下から騎士団長だった父親と同じだけの給金をもらい、なおかつアラトルソワ公爵家からも侍女の給金をもらえるという二重取りができる美味しい状況をみすみす手放すはずもない。
……となると、ヴィルマに対しても怒るべきかしら⁉
うーむ、ますますわからない。
ヴィルマのおかげでルーカス殿下の婚約者候補から外れたのは、これは感謝すべきことだろう。悪役令嬢から一歩遠のいたと見ていいからだ。
しかし、感謝するのは面白くない。
だってわたしの恥を殿下にべらべらとしゃべってたってことだからね!
複雑だわ。わたしはどういう態度を取ればいいの?
くだらないことでうんうん悩んでいるわたしを放置して、お兄様とお父様はヴィルマからいろいろ情報を聞き出している。
どうでもいいけどヴィルマ。あんた、そんなにべらべら喋っていいわけ?
ルーカス殿下にばれたら怒られない?
ヴィルマは合理主義者だから、ここで喋らない方があとあと自分が不利益を被ると考えたのかもしれないけど、殿下に忠誠とか――誓ってないか。こいつだし。
お父様もお兄様も、ヴィルマのことをどうするか悩んでいるみたいよ。
実際にヴィルマは有能だからね。
手放すのは惜しいけど、このまま雇い続ければルーカス殿下の思惑通りに事が運ぶから、アラトルソワ公爵家としては面白く……うん?
「ねえヴィルマ。わたし、もう殿下の婚約者候補から外れたわよね。お兄様と結婚することになったし、もう殿下への報告は必要ないんじゃないかしら?」
殿下が必要ないと判断したら、ヴィルマはここから去るんじゃないかしら?
ヴィルマがいなくなると思ったらなんだか急に不安になって来たわよ。ヴィルマは口が悪いし、態度も侍女にしては大きいけど、わたし、ヴィルマがいないとダメなんだわ。
「それについてですが……、そうですね。殿下からは、お嬢様の侍女をやめて、他のご令嬢の元に行くようにと指示されました。ですが……」
ヴィルマは困ったように笑い、わたしを見た。
「お断りしました。ですので、わたくしはもう、殿下の子飼いではありません」
「どういうこと?」
「殿下との契約は終わったということです。……よそに行くより、お嬢様を見ている方が面白いですからね。だから、もう終わりにしたのです。それも、こうしてばれてしまいましたので、どちらにしてもこのままここにはいられないでしょうが」
……ヴィルマ、なんかしんみりと言っているけど、わたしはしっかり聞いたわよ。「お嬢様を見ている方が面白い」ってどういうことよ! わたしは珍獣か‼
「それが本当だとして、殿下はよく事情を知るヴィルマを手放したね」
お兄様、わたしが珍獣扱いされているのはスルーですか⁉
「わたくしがしていたのはお嬢様の日常の定期報告だけですからね。知られてもそれほど問題にはならないと考えられたのではないでしょうか」
何言ってるの、問題だよ‼ 何がって、わたしの精神力がだよ‼
「我が家にダメージがないとしても、やられっぱなしなのは面白くないねえ。……ふむ」
お父様まで! お父様の愛するマリアの恥ずかしい日常が暴露されたって言うのに、なんでにこにこ笑っているんですか!
「ヴィルマのことは少し考えよう。しばらく保留だな。もしここでヴィルマを解雇すれば、ヴィルマから事情を聞いたというのを殿下に教えるようなものだからね」
「そうですね。むしろこのまま気づかせずに、ヴィルマを切り札として持っておいた方が我が家にはメリットがあるかもしれません。ヴィルマは護衛能力としては申し分ありませんし」
切り札ってお兄様、いったい何を企んでいるのかしら?
訊くのが怖いので訊きませんけどね!
ヴィルマが驚いたように目をぱちぱちとさせていた。
「よろしいのですか?」
すると、お父様がちらりとわたしを見てから頷いた。
「構わないよ。マリアちゃんもヴィルマを気に入っているようだし、君がこのまま我が家に仕えるというのならば歓迎しよう。ただし、二度とマリアちゃんを裏切ることは許さないけどね」
ちょっと腑に落ちない部分もありますけど、ヴィルマがこのままわたしの侍女を続けてくれるのならわたしも歓迎しますよ!
……ただし、またルーカス殿下にわたしの恥を報告したら許さないけどね!
ヴィルマを手放しで許しているわけではなさそうなお兄様とお父様の、なんだか悪だくみしていそうな笑顔が怖いですけど見なかったことにしておきますよ。
ヴィルマもいなくならないみたいなので、めでたしめでたし。
――そう、思っていたんだけど、どうやらこれは、そう単純な話では終わらないらしかったのだ。
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