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お兄様とお買い物 2

お気に入り登録、評価などありがとうございます!

 カフェで一息ついたあと、まだ時間があるのでわたしはお兄様と劇場にやって来た。

 この前は黒豹と白獅子が劇場の外で騒ぎを起こしたせいで最後まで見れていなかったのよね。

 今日の演目は前と違うけど、たまにはゆっくり劇を楽しむのもいいでしょう?

 劇場にはアラトルソワ公爵家が年間契約している個室があるので、急に訪れても席に困ることはない。

 二階の広い個室にお兄様と並んで座ると、一階の客席を見下ろした。


「今日はまたずいぶんと多いですね。立ち見の人までいますよ」

「一昨日から新しい演目になったみたいだからね。それでじゃないかな?」


 そう言いながら、お兄様がパンフレットを見せてくれる。

 今日の演目は、王道のシンデレラストーリーのようだ。

 虐げられていたヒロインがヒーローに溺愛されて幸せになるストーリーは、万国どころかどの世界でも共通の人気があるみたいね。


 実際に、ゲーム「ブルーメ」もそうだもんね。

 ロザリア国で虐げられていた王女リコリスが、ブルーメ学園で悪役令嬢にいじめられながらもヒーローたちと出会い幸せになる物語だ。


 というか、ゲーム「ブルーメ」で納得いかないのは、ブルーメ学園の悪役令嬢つまりわたしはヒロインを虐げて破滅するのに、なんでもともとヒロインを虐げていたロザリア国のリコリスの家族は破滅しないのかってことなのよね~。

 むしろ、やっていることはロザリア国の王族の方がひどいと思うんですけど?

 まあ、ゲームでは出番がないというのも理由の一つかもしれないけどね。


「ねえお兄様。お兄様も、この劇のヒロインみたいにいじめられている可愛い女の子がいたら、助けて幸せにしてあげたいって思いますか?」

「なんだい、いきなり」

「ちょっと、気になったというか……」


 わたしが知る限り、お兄様は攻略対象ではない。

 でも、ゲームのアプリがアップデートされてお兄様が攻略対象に上がらない保証はないわけで……、そうなると、リコリスの恋の相手にお兄様がいるかもしれないのだ。


 学園で一、二を誇るモテ男であるお兄様も、いじめられている可愛い女の子には弱いのかしら?

 そうよね、たいていの男の人は、可憐でか弱い可哀想な女の子に弱いわよね?

 それが、なんとなく面白くないって思うのはどうしてかしら?


 するとお兄様は、わたしの頭にぽんっと手を載せた。


「うーん、そうだねえ。いじめられて泣いている女の子に会ったことはないけど、たぶんおにいちゃまは、いじめられてただ泣くだけの女の子には興味は持たないと思うよ」

「どうしてですか?」

「泣くくらいなら誰にでもできるからね。泣くなとは言わないけど、おにいちゃまは守る価値のある相手しか守ってあげたくないし幸せにしてあげたくもないんだよ」

「身分ってことですか?」

「違うねえ」


 お兄様はくすくす笑って、わたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でる。


 ……ちょっとお兄様! せっかくヴィルマがセットしてくれた髪が台無しじゃあないですか!


 わたしがお兄様の手を払いのけて文句を言おうとしたとき、天井から「そりゃそうだ」と別の声がした。

 びっくりして天井を見上げると、天井の板の一部が開いて、その隙間から「よぅ!」とヒルデベルトが顔を出す。


「ヒルデベルト⁉ どうしてここに――」

「しー! 騒ぐなよ。誰かが来たら困るだろ?」


 ヒルデベルトが天井からひらりと個室に降りて来る。

 お兄様が嫌そうな顔をした。


「ここはアラトルソワ公爵家の個室なんだけどねえ」

「広い部屋なんだからけちけちすんなって」


 広いとか広くないとかの問題じゃないと思うけどね。

 わたしやお兄様はいいけど、劇場の人に見つかったら大変よ?

 それにしても、ヒルデベルトと会うのは、あの日、ボールマン伯爵と黒豹たちを壊滅させた時以来だ。

 ヒルデベルトは騎士たちが駆けつけてきたときにはすでに姿をくらましていたからね。


 ……まだ義賊をやっているのかしら?


 黒豹は壊滅したが、白獅子がどうなったのかは知らない。

 ゲームの世界では、黒豹が壊滅したあともヒルデベルトは義賊白獅子のリーダーだった。

 義賊と言えば聞こえはいいけど、やっていることは盗賊と変わらないので、捕まれば罪に問われる。

 特に黒豹のせいでこれまで厳しく取り締まられていなかった義賊の扱いも変わってくるだろう。

 これまでは国民感情を逆なでしないために義賊の捕縛に乗り出していなかったけど、黒豹が実はボールマン伯爵と組んで悪事を働いていたとわかったから、国民もこれまでのように義賊に味方しないはずだ。


 国が動けば、ヒルデベルトたち白獅子もただではすまないだろう。

 心配していると、ヒルデベルトがちゃっかりわたしの隣の椅子に座った。

 お兄様の表情がさらに険しくなる。


「ヒルデベルト、あまり調子に乗っていると、この場で捕縛して騎士団に突き出すよ?」

「お、お、お兄様、落ち着いて……」


 そんなことをすれば、オルヒデーエ伯爵やヴォルフラムが蒼白になってしまいますよ‼

 それに、ヒルデベルトにはヴォルフラムの救出ついでにわたしもやボールマン伯爵の捕縛にも協力してもらったじゃないですか! 恩をあだで返すようなことはやめましょう?

 わたしがあわあわしているのに、ヒルデベルトはカラカラと笑う。


「悪ぃな。俺はもう義賊じゃないんでね、捕まえたって仕方ねえだろ」

「義賊じゃない?」


 え? ヒルデベルト、義賊やめたの?


「ああ。今の白獅子は、ただの何でも屋だ。人様から何かを盗んだりはしねーよ」

「何でも屋……」


 それって、ちょっとグレーなんじゃ……と思わなくはなかったが、余計なことは言わずに黙っておこう。


「また思い切ったものだな」

「まあな。いろいろ思うところがあってよ」


 ……うん、そうだよね。


 黒豹やボールマン伯爵の取り調べで、あれからいろいろなことがわかった。

 世間には公表されていないけど、その中にはヒルデベルトのこともあったのよね。

 ヒルデベルトは幼いころに攫われて当時の黒豹のリーダー、ローゼンに育てられた。

 ヒルデベルトはそれに感謝していたみたいだけど、ローゼンがヒルデベルトを育てたのにも、理由があったのよ。


 本来、攫われた子供が貴族だった場合は、王都かもしくは人通りの多いどこかに戻されていた。

 けれども、ヒルデベルトだけは違った。

 ヒルデベルトは幼いから覚えていなかったみたいだけど、どうやら彼は黒豹とボールマン伯爵が取引しているところを目撃したみたいなのよ。

 だから、戻すのは危険ということでローゼンの手元で育てられたの。


 攫われたところを助けられたのではなく攫った張本人で、しかも、そんな理由で育てられていたと知ったらいい気分はしないだろうからって、ヒルデベルトに会っても内緒にしようって話になったけど――情報通の彼は知っているのかもしれない。

 だから義賊をやめて「何でも屋」をはじめたのかしらね。

 込み入った話なので、もちろんそんなことは訊ねたりしないけど、この推測は正しい気がするわ。


「オルヒデーエ伯爵やヴォルフラムには、会っているんですか?」

「いや」

「もう会わないんですか?」

「……ふ」


 何がおかしいのか、ヒルデベルトは笑うと、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 ……ちょっと! 髪をぐしゃぐしゃにしないで! お兄様にもやられたけど、これ以上やられたら本当に鳥の巣みたいになるから!


「嬢ちゃんはあきれるほどお人よしだねえ。そんで、バカ」

「どういう意味ですか!」

「誰もかれもを心配してたら、こうなるってこった」

「こうなるって――」


 だから一体どういう意味なのだと問おうとしたわたしは、ひゅっと息を呑む。

 さっと立ち上がってヒルデベルトが、わたしの鼻の頭にちゅっとキスを落としたからだ。


「おい!」


 お兄様が立ち上がるのと、ヒルデベルトが天井の穴に飛び移るのはほぼ同時。

 鼻の頭を押さえて茫然と見上げれば、ヒルデベルトがちょっとキザったらしく片目をつむった。


「義賊はやめたが、嬢ちゃんならいつでも盗んでやるよ」

「そんなことをしてみろ。憲兵に突き出す前に息の根を止めてやる」


 ちょっとお兄様、顔と声がマジですよ‼


 ヒルデベルトはそんなお兄様に挑発的に笑って、ひらひらと手を振った。


「お兄様が怖いから今日のところは退散するぜ。じゃあまたな、嬢ちゃん」

「二度と来るな」


 ヒルデベルトが、律儀にも天井の板を元に戻して去っていく。

 鼻の頭を抑えたままのわたしは、いったい何が起こったのかよく理解できなかった。


 ……結局、こうなるってどうなるの?


 ヒルデベルトは、何が言いたかったのだろう。

 首を傾げるわたしに、お兄様が盛大なため息をつく。


「やっぱりお前に首輪を作ろうか」


 絶対に、やめてください‼





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