お兄様とお買い物 1
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お兄様と約束した週末がやってまいりました。
というか、今日まで本当に大変だったよ!
すっかり光魔法に憑りつかれたニコラウス先生が「週末ご都合はどうでしょうか?」と目をキラキラさせながら訊ねてきて、お兄様とお約束があるから無理ですと断ったら、それじゃあ日曜日ならいいんじゃないかと言い出して、結局押しに押されて明日ハイライドと一緒に休日登校することになったもんね。
満場一致でわたしが資格持ちなことは秘密にするって決まったから、いくら光魔法を研究したところで発表する場はないと思うんだけど、研究自体が楽しいニコラウス先生にとっては、発表とかは二の次なんでしょうね。
ハイライドはちょっと面倒くさがっていたけど、毎日クッキーを増量すると言ったら渋々ながら引き受けてくれた。
ちなみに、わたしが資格持ちであることはヴィルマには内緒にしている。
ヴィルマはわたしの侍女だし、言ってもいいんじゃないかな~って思ったんだけど、お兄様から余計なことは言うなと釘を刺された。
……わたしが攫われてからというもの、ヴィルマに対するお兄様の当たりが強いのよね。なんか不審がっているというか……。
まあ、そんなこんなで何とか週末までこぎつけたんだけど……、うん、お兄様は朝からとっても機嫌が悪い。
学園の正門前でお兄様と待ち合わせをして、馬車に乗って街までやってきたはいいけど、お兄様ってば、なんでわたしの肩にがしっと腕を回しているのかしら。
まるで「逃がさない」と言っているようだわ。
「お、お兄様、それでお買い物は……」
「ああ、そうだったね。こっちだよ」
お兄様はわたしを連れて、わたしもおなじみの宝石店に向かった。
お兄様が宝石を欲しがるなんて珍しいわね、と思いながらついて行くと、顔なじみの店主がにこにこと微笑みながら店の奥からやって来る。
「お待ちしておりました、ジークハルト様、マリア様」
「頼んでいたものはできているかい?」
「ええ、もちろんでございます」
……頼んでいたもの?
お兄様ってば、何を注文していたのかしら?
店の奥の個室に向かうと、店主が長方形の箱を持ってやってくる。
テーブルの上で店主が箱のふたを開けると、中に入っていたのは銀色に輝くティアラだった。
「ご注文通り、プラチナで作ったティアラにダイアモンドをあしらいました。いかがでしょう?」
わたしは、ごくり、と唾を飲んだ。
え、これ、全部ダイアモンドなの?
ものすごくたくさんあるよ? スワロフスキーとかの間違いなんじゃないの?
しかもティアラがプラチナって……。お兄様、プラチナでこれを作るって、どれだけなの?
急に前世のわたしの金銭感覚が出張って来て、「ひーっ」と悲鳴を上げたい気分になる。
もしかしてもしかしなくてもさ。
これ一個で、東京都心の家が買えるんじゃないの⁉
公爵令嬢なので、もちろん高級なものには見慣れている。
宝石類もたくさん持っているし、前世の記憶を取り戻す前のマリアは散財傾向にあったので、あれやこれやと使いもしないのに目についたものをポンポンとお買い上げしていた困ったちゃんだった。
だけど、これはレベルが違うというか……、って言うかプラチナのティアラって、重いんじゃないの?
まあ、頭につけるものだから、つけられないような重いものは作らないと思うけど。
お兄様がシルクのグローブを嵌めてティアラを手に取り、見聞した後でひょいっと無造作にわたしの頭に乗せた。
「うん。いいね。派手過ぎず品があって、花嫁にはぴったりだ」
「……花嫁?」
「そうだよ。これは結婚式のときにマリアがつけるティアラだからね。父上と母上からはこの国一番のものを作れと言われたから、デザインの段階から凝って作らせたんだ。綺麗だろう?」
……お父様、お母様あああああああ‼
あんたたちは、娘と息子の結婚式にいったいどれだけお金をかけるつもりですか⁉
わたしはもう、あきれてものも言えないよ。
結婚式のティアラってことはさ、身に着けるのは人生で一回きりだよね?
もしお兄様と離縁して別の人と結婚することになっても、ティアラを使いまわしたりしないもんね?
ってことはよ……。
……人生で一回きりの行事のために、家一軒分のティアラ……。
だめだ。金銭感覚がおかしすぎで目が回る。
公爵家怖い。
いや、公爵家育ちだけど、さすがにこれは怖い!
マリアは公爵家の財政にまったく興味がなかったから知らないんだけど、うちってどれだけのお金持ちなのかしら?
いえね、国でトップクラスのお金持ちだというのは知っているのよ。
でも、具体的な金額は知らないというか、怖いから知らなくていいというか……。
「サイズも大丈夫そうだね。じゃあこれにするよ。支払いは……」
「額が額ですので、後日こちらから公爵様のお邸にお伺いしますよ」
「そうしてくれると助かるよ。商品もその時に一緒に邸に届けてくれるかい?」
「かしこまりました」
店主さんはにっこにこだ。それはそうだろう。こんな大きな取引なんて、いくら老舗の宝石店でも滅多にないはずだ。
お兄様の用事はそれだけだったようで、店主に別れを告げて店を出る。
……ティアラにはびっくりしたけど、お兄様の機嫌が直ったようでよかったわ。
どうして機嫌が悪かったのかは知らないけど、ひとまずほっとしていると、お兄様がにこにこと微笑みながら突然こんなことを言い出した。
「結婚式の後で、あれを首輪に加工してもらってもいいね」
「……首輪?」
まさか、犬か猫でも飼うつもりだろうか。
「お兄様、いくらペットが可愛くても、あんなに高価なものを首輪にしたら犬や猫が攫われてしまいますよ。狙われたら可哀想ですから普通の首輪にしてあげてください」
「いくらおにいちゃまでも、犬や猫にプラチナとダイアモンドの首輪はつけないよ」
じゃあ、何の首輪よ――と、問いかけて、けれどもわたしは押し黙った。
嫌な予感がしたからだ。
「……お兄様、何を考えていますの?」
「うん? 何って、お前に首輪をつければ、少しは虫よけになると思ってね」
「虫よけ……」
「聞いたよマリア。ヴォルフラム・オルヒデーエとずいぶん仲がいいみたいじゃないか。黒豹の問題も片付いたというのに、どういうわけか彼はお前にべったりらしいね」
……うぐ!
わたしはぎくりとした。
お兄様が怖いから秘密にしていたはずなのに、いつの間にか風の噂で知ってしまっていたらしい。
「やれやれ、学園の中で堂々と浮気とは、マリアにも困ったものだね」
「浮気なんてしてません!」
人聞きが悪いことを言わないでください‼
ヴォルフラムはわたしを守る宣言をして、何故かわたしの護衛っぽいことをしているだけです!
別にわたしから守ってくださいってお願いしたわけじゃないんですよ!
なんか……気づいたらこうなっていただけで。
……というか、お兄様の機嫌が悪かったのって、もしかしなくてもそのせい?
契約結婚とは言え未来の妻の周りに男がうろうろしているのが気に入らない、と、そういうことですか?
でも、首輪なんて絶対に嫌なので、ここは何としても諦めてもらわなくては。
「わたしは浮気なんてしていませんしこの先もする予定もありませんから首輪は必要ありません‼」
「つまりマリアは一生おにいちゃま一筋でいてくれるってことかな」
なんでそうなる⁉
いや、今の言い方だとそうなるのか⁉
わたしは否定すべきか肯定すべきかものすごく悩んだ。
否定すればお兄様が般若になりそうな気がするし、かといって肯定するのはなんか違う。
……うん。ここはふわっとさせておこう。
「と、とにかく、浮気はしませんので首輪はいりません。というか、せっかく綺麗なティアラなのに、なんで首輪に作り直すんですか。もったいなさすぎますよ!」
「なるほど、思い出の品は飾っておきたいとそういうことだね」
……そういう意味で言ったんじゃないんですけど、もういいです。ここもふわっとさせておこう。
せっかく機嫌が直ったお兄様を、また不機嫌にする必要もないだろうからね!
「ティアラはティアラのまま、大切にとっておこうと思います」
「わかったよ。じゃあ、首輪を作るときは別で作ろうね」
「首輪から離れてください!」
お兄様、あなた、どれだけわたしに首輪をつけたいんですか!
まったく、冗談じゃない。何が悲しくて首輪……。おしゃれだったらいいとか、そう言う問題じゃないんですよ!
どっと疲れたわ。
そしてそのせいで喉が渇いてきた。
お兄様のお買い物も終わったみたいだし、わたしは喉を潤すためにお兄様とカフェに向かうことにした。
……それにしても、ティアラなんて見たらいよいよ結婚か~って実感するわ。
勢いで頼み込んだ契約結婚だけど、お兄様ってば本当にわたしと契約結婚してもいいのかしら?
お兄様は何も言わないからよくわからないけど、脱悪役令嬢計画にお兄様を巻き込んだわたしとしては、式の予定が近づけば近づくほど不安になるというか……。
……お兄様、好きな人が出来たら教えてくださいね。マリアは別に、お兄様を不幸にしたいわけではないんですよ。
お兄様に好きな人が出来たら、ゲームだ破滅だとかに関係なく、わたしはちゃんと離婚に応じますからね。
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