冬の塔のリア 下
リアは、もうあの鉢のことはいやになってしまいました。
やはりリアではダメなのです。
塔にくるのはサーシャでなくてはいけなかったのです。
リアは鉢植えにあいさつするのをやめました。
どうにかお水だけはいやいやあげましたが、好きだと聞いた雪を乗せてあげるのはやめました。
リアでは、きっとダメなんですから。
リアがやったのでは、芽なんてでてこないのです。
ルルは、そんなリアをとても心配しました。
それに、冬が終わらなくては大変です。
この国の人たちだってこのままでは死んでしまう人たちだっているかもしれません。
ルルは頭をなやませました。
そして、いいことを思いついたのです。
それから、三日後のことでした。
「ないしょですよ、リア様。ルルがこの塔の召使いを、お役ごめんになっちゃいますからね」
「なあに? ルル」
今日もリアはしょんぼりとしています。
ルルは、大きな手さげかごを持ってきていました。
なにかまたおもしろい本を持ってきたのでしょうか。
「ふふ、お気に召しますかねえ。ほらっ!」
ルルが籐の手さげかごから、やわらかそうな布をさっととります。
すると、なかにはかわいらしい子いぬがすわっていました。
リアは、大きく目を見開きました。
顔がパッと輝いていきます。
「こいぬだわ!」
ちゃいろくてふわふわの毛のすばらしいこいぬです。
「ええ! いえ、まずは気に入ってくださったか教えてくれなくちゃ」
「かわいいわ、さわっていい? 私は生き物が大好きなの。知っていた? 冬の国では雪リスや氷キツネがいて、とても仲良しだったわ。サーシャがいない時もよく一緒に森で遊んだの。冬かずらの実のありかや、氷いちごのしげみを教えてくれたり、こっそり一緒に眠ったことだってあるわ。それにここは、とてもさみしかったから……。この子、私の友だちになってくれるかしら?」
リアの声がはずんでいました。
この塔に来たころ、ルルのおもしろい話を聞いて笑いころげていたときのリアです。
ルルもよろこんでいいました。
「なりますとも。気だてのいい子です。ようございましたよ。ルルもずっとこの部屋にいるわけにはいきませんからね。リアさまのお友だちにどうかと思ってね。ほおら、こんなにしっぽをふって。リアさまと早く仲良くなりたいようですよ」
リアの毎日は一変しました。
なんせポムと名付けたこいぬは、とってもやんちゃだったのです。
泣いてばかりだったリアは、ポムのしぐさひとつひとつに笑ったり怒ったり。
ポムは駆け回ってはころん、とすぐにころびます。
リアの靴下を持って走って逃げます。
あそぶことが大好きな、いたずらっ子なのです。
ほんのすこしの段差がのぼれなくて、すねてワンワンとほえることもありました。
頭をぶつけてキャン、ともなきました。
でも、あきらめずに強くワン!と段差に向かってほえるのです。
まるで「いつかのぼってやるぞ」と、いっているようでした。
ポムは、決してあきらめませんでした。
「そうよ、あと少し……そうよ! やったわ!」
ポムがここに来てしばらくのことでした。
だんろの前の一段高くなったところに、のぼろうとしてはころんでばかりだったポムです。
前足でふんばり、後ろ足をばたばたさせて。
その日ポムは、どうしても乗りたかった一段高いところに、はじめてあがることができたのです。
リアは抱き上げてめいっぱいほめます。
ポムは短いしっぽをぶんぶんとふりまわしました。
この一大事をルルに伝えたくて、リアは大きな声で呼びますが返事はありません。
気がつくと、もう日が落ちています。
よるごはんだっておいてありました。
ポムに夢中になっているうちに、ルルは帰ってしまったのでしょう。
「ルルったら、ポムの大成功なのに……ああ、でも誰かに」
リアは部屋を見渡しました。
そしていいことを思いついたのです。
「つめたい銀の鉢植えさん、冬のタネさん。聞いてちょうだい」
リアは、ポムがあの段差をのぼろうと何日もがんばっていたこと。
何度もおもしろいこけ方をしてバタバタともがいたこと。
時々はくじけてリアになぐさめてもらいにきたこと。
はげますと、また挑戦しにいったことなどをはなしました。
そして、ついにやりとげたポムのほこらしそうだったこと!
「本当にすてきな瞬間だったわ」
冬のタネに向かってひと息に話し終わったリアは、ほうっとひと息つきました。
胸があたたかいのです。
そして気がつきました。
自分の胸ばかりではありません。
なんだか自分のまわりだってほんの少しあたたかい気がするのです。
あわてて銀の鉢植えに自分の手を押しあてました。
「あたたかいわ!」
こおり水をあげた鉢植えが、ほんの少しあたたかくなっていたのです。
ポムがクンクンとなきました。
リアはやさしくなでてやります。
「ポム、あなた。本当によくがんばったわ」
あたたかかった胸が急にギュッと痛くなりました。
何度だってがんばることは、リアにもできるはずでした。
そうです、あきらめてはいけなかったのです。
朝一番の真っ白な雪の上。
ほほを真っ赤にした子どもたちと仲良しの犬たちが、まりのようにころがって遊びまわること。
昼中つかって遊ぶ、雪玉なげや、そり遊び。
湖一面の氷の上では、みんなが楽しそうにスケートだってしています。
おかあさんが腕によりをかけ、特別なスープを作って四人の女王に感謝して開くパーティのこと。
そのテーブルには丸々と太った七面鳥の丸焼きが、じゅうじゅうと音をたてて乗っていることだってあるのです。
あたたかい毛織物をはおり、みんなで聞く聖夜のお話のとても美しいこと。
その明け方に降らせた雪は、ダイヤモンドのようにかがやくこと。
リアは冬のタネに、たくさんのことを語りました。
ポムのこと、自分が見聞きしたこと、ルルが教えてくれたこと。
ひとばん、ふたばん。
その度に鉢植えはすこしずつあたたかくなっていきました。
リアは、ますますお話をがんばります。
いつしかふりつづいた雪はやんでいました。
家にこもってばかりだった人たちが、少しずつそとに出てきて準備をはじめます。
雪が少しずつとけてながれていくのです。
もう、そなえていなければいけません。
そして満月の夜。
リアは、どんなにか冬の国が楽しく美しいのかを、冬のタネに話して聞かせたのです。
動物たちのあそぶ冬の森のこと。
風のように早くすべる、サーシャとリアのそり遊びのこと。
氷のつぶでダイヤモンドのようにかがやくかんむりをつくったこと。
雪をたくさん使って、お城をつくったことだってあったのですから。
話しているリアのほっぺたも、リンゴのように真っ赤になります。
緑の目はいつもサーシャがほめる通りにいきいきとしていました。
はずむ胸は、まるで自分も雪の平原や氷の上で遊んでいるかのようです。
冬のタネは、冬を見ることはできません。
でも、きっと自分の季節がすばらしいものであることを知ったでしょう。
そうして、「おやすみ」と、リトは植木鉢にキスをしました。
もうすっかり、銀の鉢は春のようにあたたかでした。
明日の朝にはきっと。
ルルの用意したあのまっくろの土をそっとのけて。
それは、きっと、たしかでした。
つぎの朝。
リアはうれしくてうれしくて、ポムと一緒に大よろこびしました。
あの銀の鉢に、やさしい緑の小さなふた葉がひょっこりと顔をだしているのです。
窓のそと、空も真っ青に晴れています。
リアは長いドレスのすそをつまんで、うれしさのままにぴょんぴょんと飛びはねました。
ポムもはしりまわっています。
リアのよろこびように、駆けつけたルルももちろん大よろこびでした。
すぐに使いの冬バトを呼び、「春を」と短くお手紙を書いて、いそいで春の女王のもとに向かうよういいつけました。
ハトを放つためにバルコニーに出ると、なにやら人の声が聞こえます。
いままで恥ずかしくて悲しくて、とても下をのぞけませんでした。
みんなおこっていると思っていたからです。
リアはおそるおそる塔の下をのぞきこみます。
するといつもよりずっとあたたかな朝と、びっくりするほどの青空によろこんだひとびとがリアを見上げて手を振っているのでした。
ありがとうと、大きな声で叫ぶ人だっていました。
「なんだ新しい女王さまだ!」
「ちいちゃいおじょうちゃんじゃないか! どうりで秋の女王様があんなおふれをだすわけだ」
「がんばりなすったな、冬の女王さまー!」
「でも、来年はもっとやさしい冬にしておくれよー」
みんなは大笑いでした。
リアも手を振ります。
おおきくおおきく。
ちぎれるほどふりました。
冬バトはもう遠くを飛んでいます。
じきに春の女王がこの塔にやってくるでしょう。
長かった冬はようやくおわりました。
これからは春の女王が、眠っていた草花を呼び覚ましていくのです。
リアは、おでこに手をあてて遠くのほうをながめました。
遠くの方からまた一羽、冬バトがこちらへ飛んで来るのが見えるのです。
あれは冬の国からのおつかいです。
もしかしたら、この国に春が来たように。
冬の国のサーシャが、めざめてリアを待っているのかもしれません。
また来年、リアは冬のタネにお話を聞かせにこの塔にやってきます。
こんどはきっと、今年よりすてきな冬になるでしょう。
おわり
これは秘密です。
ルルも知らない、ないしょの話です。
春が芽吹き夏は咲き、秋が実り冬のタネに。
そうやって季節はめぐります。
春の女王は、毎日春の芽に歌をうたって聞かせます。
冬だった塔にやさしい春風を呼び込む、心おどる歌でした。
若いふたばは、ぐんぐんそだちやがて大きなつぼみを付けるのです。
夏の女王は、そのつぼみの前でゆうがに舞いおどります。
その花の力のかぎり、ごく美しく花ひらくよう。
咲きこぼれるその花は、みごとな真っ赤な花でした。
秋の女王は、その花に金のたて琴をかき鳴らし、高ぶった夏をしずめていきます。
秋の風が花をちらすとやがてふっくらとした大きな実になるのです。
その実をほどくと、そこには美しいとうめいな氷のつぶのような冬のタネがのこるのでした。
冬の女王はそのタネに、たのしいお話を聞かせます。
タネが早く目を覚ましたくなるように。
この世界が、たのしく美しいものなのだと教えるのです。
タネが見る事の出来ない冬の景色を。
人々のあたたかな暮らしを。
冬の、すばらしさを。