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フェイトの記憶 : 創造主の反響   作者: Makuu0
アーチ1、新たな景観
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第3章: 絵本。

Fate


私のいちばん古い記憶は、三歳の頃のものだった。

母の隣で目を覚ました。冬は寒かったが、それ以上に、母のそばにいると安心できた。

冷たい風を感じ、布団の下から自分の尻尾が出ていることに気づいた。私はそれを引き戻し、母を強く抱きしめた。

暖かくて、心地よくて……目覚めたくなかった。

しかし、祖父が鐘を鳴らしに来た。布団をめくった瞬間、冷気が顔を噛んだ。

「また母さんの布団に潜り込んだのか!」

「んん……おはよう、じいちゃん……」

「ほら、早く起きなさい」

「ん〜……」

重たいまぶたを開くと、母はすでに目を覚ましていて、穏やかな笑みを浮かべていた。

「おはよう、母さん」

「……」

その日は、母の調子が良さそうだった。

起き上がると、私は台所へ駆けていった。祖父は寝室に入り、母の着替えを手伝っていた。

私が生まれたとき、母は私を助けるために自分を犠牲にした――そう聞かされていた。

その代償として、母は体を自由に動かすことも、言葉を話すこともできなくなった。

でも、私はずっとこの姿の母しか知らなかったから、悲しいとは思わなかった。

祖父が左手最初の部屋から出てくると、私は食卓についた。

今日は外で雪が降っていたので、気分が高揚していた。

祖父は母を車椅子でテーブルまで運び、食器を並べ、スープを注いだ。

毎朝同じ料理だったが、不思議と嫌ではなかった。私はこの時間を味わっていた。

「食べ終わったら、何をするんだ?」

「外で遊ぶ!!」

「いいだろう。ただし庭から出るな。石の回廊には近づくな」

私は最後の一口を飲み込み、元気よく言った。

「うん!」

祖父が母にスープを食べさせていると、口元から少しこぼれた。

それを拭こうとした瞬間、母は目を大きく見開いた。

何も言わず、スプーンを取り、私の口元へ差し出した。

祖父は驚きに目を見張った。

「ありがとう、母さん」

「……」

私はスープを口に含み、立ち上がった。

外套を取らずに飛び出すと、背後から祖父の声が聞こえた。

「コートを!」

「いらない!!」

外は一面の白だった。

私は雪に飛び込み、尻尾だけを外に出した。

雪は一メートル近く積もっていた。

顔を上げ、空を見上げる。

「この霧の向こうには、何があるんだろう……」

顔を下げると、目の前に黒い影が立っていた。

それは私の友達だった。物心ついた頃から、ずっと一緒だった。

唯一の友達。

「やあ!今日はいい天気だね!」

「こんにちは、フェイト」

その声は奇妙だった。

まるで複数の人間が同時に話しているようだった。

でも慣れると気にならない。

私はそれが面白くて、彼の腕に飛び込んだ。

水源の近くで、氷の下を泳ぐ魚を眺めた。

寒いはずなのに、魚たちは動き続けていた。

「ねえ……」

「?」

「どうして魚は寒い水の中でも泳げるの?」

黒い影は少し考え込んだ。

「さあな。祖父に聞いてみたらどうだ?」

振り返ると、祖父が母を連れて庭に出てきたところだった。

母に光を見せるため、祖父は必ず外へ連れ出した。

それが彼にとって大切なことだった。

庭を一周し、植物や木々の前を通る。

名前は知らなかったが、祖父が大切にしていることは分かっていた。

最後に水源へ着いた。

「フェイト、大丈夫か?」

祖父には黒い影が見えなかった。

彼には想像上の友達にしか見えない。

でも母は違った。彼女は影から目を離さなかった。

「じいちゃん、どうして魚は寒くても死なないの?」

「氷の下の水温は一定だからな。凍らないんだ」

「じゃあ、僕たちの上にあるのは……氷?」

祖父は私を見つめ、答えた。

「まあ、そんなものだ」

彼は去り、母と私だけが残った。

私は母の膝に座り、彼女は私の頭に顎を乗せた。

黒い影はしばらく見つめてから言った。

「もう行かなければならない」

「仕事?」

影は微笑んだ。

「すべて終わった。良い一日を、フェイト。幸せな時間を」

影は消えた。

私は母に寄り添い、凍った滝を見つめた――

「フェイト! 木を家の中に運ぶのを手伝ってくれ!」

その声で、僕はぱっと目を開いた。

思わず、間の抜けた笑顔がこぼれる。

「はーい! 今行く!」

そう言って、母さんを一人にして外へ出た。

「すぐ戻るからね、母さん!」

祖父のところへ行くと、彼は僕の腕に丸太を一本置いた。

とても重くて、何度も立ち止まらなければならなかった。

「よいしょ……もう少し……」

隣では、祖父が何本もの丸太を一度に運んでいた。

本当に力持ちだ。

それを見て、僕は勇気をもらい、思いきって丸太を家の中まで運んだ。

暖炉のそばに置いたちょうどその時、祖父がまた新しい丸太を抱えて入ってきた。

「ずるい……」

「何がずるいんだ?」

「だってさ、じいちゃんは僕より腕がずっと太いじゃん!」

祖父は腕の筋肉に力を入れて、何度も叩いてみせた。

「へへっ、これが男ってもんだ!」

からかうような声だった。

僕は口をとがらせ、目に涙を浮かべると、くるりと背を向けて走り出した。

「母さん! じいちゃんがいじわるする!」

彼が近づいてくると、僕は母さんの腕に飛び込んだ。

「母さんは休ませてあげなきゃな」

母さんは泉のほうを向いたまま、眠っていた。

祖父が彼女を家の中へ連れていく間、僕は少し後ろに下がった。

そのとき、石の壁に掛けられた枝打ちばさみに目が留まった。

ヘンリーは、まだ来ていなかった。

……。

ヘンリーは祖父の友達だった。

いつも、すごい物をたくさん持ってきてくれる。

前にくれた木馬は、嵐が怖い夜には一緒に寝るほど大切なものだ。

でも今回は、まだ姿を見せない。

僕は家の中に戻り、ドアから顔だけ出して祖父に聞いた。

「……ヘンリーさん、まだ来ないの?」

「本当に、ずいぶん時間がかかってるな」

祖父は火を起こし、外を眺めた。

雪が降り続き、空気は凍えるほど冷たい。

家の中にいるには、これ以上ない天気だった。

それでも、祖父は言った。

「よし、家と火の番を任せる。

 前に教えた通り、火を消さないようにするんだぞ」

僕はにっこり笑った。

ついに、火を任せてもらえた。

「任せて、じいちゃん! ちゃんと見てるから!」

祖父は近づいて、僕の頭をくしゃっと撫でた。

「いい子だな」

マフラーを手に取り、最後にもう一度振り返る。

「すぐ戻る」

そう言って、扉は閉まった。

家の中には、母さんと僕だけ。

まず僕は作業台に登り、祖父が石の回廊へ消えていくのを見送った。

……これで、本当に一人だ。

胸の奥に、じわっと重たい責任がのしかかる。

眠っている母さんのそばへ行く。

大丈夫、母さんはここにいる。

暖炉の火を確認する。

ぱちぱちと音を立てている。

異常なし。

次に、薪の山を確認。

異常なし。

それから、母さんの膝にかかっていた毛布をそっと直した。

――任務完了!

「ふぅ……大変な一日だったなぁ。えへへ!」

舌を出して、ひとりで笑った。

実際、やることはそんなに多くない。

でも、じいちゃんがいないと、家の中が急に広くて、静かで……

ぽっかりと穴があいたみたいだった。

僕は家を探検することにした。

廊下を進み、母さんの部屋に入る。

飾りはほとんどなく、窓辺に百合の花が一輪あるだけだった。

ふかふかのベッドに腰を下ろし、シーツに顔をうずめる。

母さんの匂いがした。

気づかないうちに、尻尾が左右に揺れていた。

母さんの匂いは好きだ。

いつも、くっつきたくなる。

そのとき、物音がした。

はっと顔を上げると、床に野ネズミがいた。

僕は獣のように身構え、飛びかかった。

……けど、外した。

ネズミは一目散に逃げ、扉の下へ滑り込んでいった。

「待て、戻ってこい!」

追いかけると、向かいの扉の前にたどり着いた。

その扉は、いつも閉まっている。

開いているのを見たことがあったかどうかも、思い出せない。

でも、狩人の勘が言っていた。

――開けろ。

扉を開けると、雨戸が閉まっていて、ほとんど光が入らない。

手探りで進み、ようやく椅子を見つけた。

それを窓の方へ押すが、途中で何かに引っかかる。

……まあ、いいや。

椅子に登り、窓を開け、雨戸を押し開いた。

一気に光が部屋へ流れ込む。

舞っていた埃が、外へ吸い込まれていくようだった。

振り返って、僕は気づいた。

――机の上に立っていたんだ。

「わあ……!」

目の前には、本、本、本。

床にも棚にも、本がぎっしり。

さらに、瓶が並び、中には目玉や爬虫類、虫たちが入っていた。

僕は一冊の本を手に取る。

正直、読むのはあまり好きじゃない。

でも、ページを開くと、そこには絵があった。

一か所に、こんなにも多くの生き物がまとめられている。

それだけで、胸が高鳴った。

本を抱え、居間へ向かう。

ソファに座ると、その本はほとんど僕と同じくらいの大きさだった。

重たい。

でも、ページをめくるのが楽しい。

「すごい……!!」

鳥から虫まで、すべてが一冊に収められている。

気づけば、ほぼ一時間、ずっとページをめくっていた。

ふと顔を上げて、困ったように眉をひそめる。

楽しいけど……書いてあることは、やっぱり分からない。

「……あっ、火!」

慌てて暖炉へ駆け寄り、息を吹きかけて火を蘇らせる。

なんとか持ち直した。

母さんの方を見る。

穏やかに眠っている。

……聞けるわけないよね。

「……できるわけないし」

僕は、扉の方を見つめた。

「じいちゃん……いつ帰ってくるの……」


*

**


Laplace


村の近くまで来ると、そこはいつも通り静かだった。

何人かの通行人がこちらを見て、軽く手を振って挨拶してくる。

子どもとその母親が、私の家で暮らしていると知ってから、村人たちの視線は少し変わった。

そこには、どこか同情にも似た温かさがあり、それが私を以前よりも村に溶け込ませてくれていた。

「こんにちは、ラプラスさん。フェイト君は元気ですか?」

「こんにちは。ええ、おかげさまで。

 本当に、驚くほどの速さで成長しています……」

「私の息子も、五歳のころは村中を走り回っていましたよ」

私は彼女の笑顔に笑みを返し、尋ねた。

「今は、どこに?」

「都へ行きました。妻と一緒に暮らしています」

「……もう大人、というわけですね」

「ええ、そういうものです」

――大人のフェイト。

正直、想像がつかなかった。

聡明な子ではあるが、あまりにも純粋すぎる。

彼は、どんな男になるのだろうか。

「ところで、いつ村に連れてくるおつもりです?

 他の人たちも、会ってみたいと思っているんですよ」

その質問に、不意を突かれ、私は思わず言葉に詰まった。

「え……ええと……まだ分かりません。

 ご存じの通り、あの子はとても臆病で……外に出すだけでも一苦労でして」

「それは残念ですね……」

それ以上踏み込まれないよう、私は軽く挨拶をしてその場を離れた。

やがて村の広場に到着する。

噴水はまだ凍りついたままで、雪かきもされていない。

「……妙だな」

「ラプラスさん!」

呼び止める声に振り返ると、村の若者が駆け寄ってきた。

「軍が、ヘンリの家に!

 反逆の罪で、連行しようとしています!」

――何だと?

そんなはずはない。

私とヘンリの間で情報がやり取りされたことはない。

セドリックも、口を閉ざすと約束していた。

では、誰が――。

「ラプラスさん、待ってください!」

私は答える間もなく、ヘンリの家へ向かって走り出した。

これが、彼が来なかった理由か。

全力で走り、驚くほど早く現場に到着する。

私は木の陰に身を隠し、兵士に見つからないよう息を潜めた。

「……くそ」

兵の数は多い。

ざっと見て、二十人はいる。

しかも、その中には隊長らしき人物もいた。

二十分ほど、私は身を潜めたまま様子をうかがった。

そして――家の扉が開き、手錠をかけられたヘンリと、その妻バフリが連れ出される。

――まずい。

ここで彼らを連れて行かせるわけにはいかない。

もし、フェイトのことを兵の誰かに話してしまったら……

準備が整う前に、それは致命的になる。

「……そうだ」

幸い、私は布の鞄を持ってきていた。

本来、ヘンリに渡す予定だった研究用の貴重な品を入れていたためだ。

そして、その中には――

「……私の帽子がある」

二重構造の帽子。

一般的な魔術師の姿とは、まるで似つかわしくない。

当然だ。

私は“ただの魔術師”ではないのだから。

「止まれ! 何者だ!」

「おっと、おっと、落ち着いてください。

 ただの年寄りですよ。医者に用があって来ただけです」

「医者には会えない。現在、身柄を拘束中だ!」

私は顎に手を当て、驚いたふりをする。

「それはそれは。

 彼が何をしたというのです?」

「村人の証言だ。

 怪しい人物がこの村に住み着いていて、医者がそれに関与していると」

「おい」と、隣の兵が口を挟む。

「まあいいだろ。どう見ても、ただの老人だ」

――やはり、あの農夫か。

「妙ですね……

 もし、そんな者が潜んでいたなら、誰かが気づくはずです。

 この村で“異常”など、そう簡単に見つかるものではない」

兵士の顔色が変わった。

「……異常、だと?」

「ええ、間違いありません」

私は視線をわずかに上げた。

彼が仲間に合図を送るのが見える。

兵たちが、じわじわと私を囲み始めた。

「おかしいな、老人。

 こちらは“異常”だなんて、一言も言っていないが?」

私は微笑み、次の瞬間――

外套の下から、剣を引き抜いた。

「警戒しろ! 仲間がいるぞ!」

「――遅い」

私は静かに告げる。

「我が領域を展開する。

 『我が世界に生きる者よ、我が理に従え。

 ――《ドリーム・フォー・ハンター》』」

瞬間、円状の領域が広がり、巨大なドームとなって私たちを外界から切り離した。

「隊長! 魔術師です!」

女隊長が振り返り、異なる色の瞳でドームを見据える。

領域――それは“魔術師”と呼ばれる存在が生み出す空間。

進化を遂げ、神の加護を授かった者だけが行使できる力。

そして、それを許されるのは――“異常”のみ。

「……ローレンスの恩寵を乞う」

ドームの内側で、世界が歪む。

そこは、白い花が一面に咲き誇る原野。

頭上には、穢れなき白い月が浮かんでいた。

丘の頂、玉座に腰掛けているのは――

戦の女神、ローレンス。

白銀の髪、黒銅の装束。

そして、その視線を隠すかのような、シルクハット。

彼女は、ただ黙って――

私たちを見下ろしていた。

兵士たちは動揺していた。

彼らの前に立っていたのは、自らの〈領域〉を展開した一人の魔術師だった。

そして彼らは、やむを得ず私に襲いかかってきた。

だが、包囲されているからといって、私が獲物になるとは限らない。

「捕まえろ!!!」

最も勇敢な兵士が叫んだ。

私は煙幕弾を投げた。瞬時に、辺り一帯は濃密な黒煙に覆われる。

その中で悲鳴が響き、時折、火花が弾けた。

生き延びた兵士は、ただ一人だった。

煙が晴れたとき、そこにいたのは私だけ。

周囲には、仲間だった兵士たちの死体が横たわっていた。

「お…お前は……化け物だ……」

私は最後の兵士の頭に刃を投げつけた。

彼は即座に地面へ崩れ落ちる。

その後、私は戦の女神へと視線を向けた。

彼女は玉座から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。

私は彼女の前で片膝をついた。彼女は、無惨に倒れた死体の前で足を止める。

「見事な戦いだった。いつも通りね」

そう彼女は言った。

「身に余る光栄です」

「礼として――私、戦と武の女神ロランスが、汝に贈り物を授けよう」

彼女は兵士たちを吸収し、足元の血溜まりから一つの武器を出現させた。

金の紋様が刻まれた、漆黒の剣。

「受け取りなさい。私の光に祝福されし子よ。

この剣が汝の力となるのは、十撃のみだ」

「……ありがとうございます」

剣に手を触れた瞬間、それが驚くほど軽く――

そして、途方もなく危険な存在であることを悟った。

戦いの終わりと共に、〈領域〉は閉じた。

私は再び、雪の降る世界に一人で立っていた。

兵士たちの仲間の姿はどこにもない。

だが、領域内に溜まっていた血だけが、一気に純白の雪を染め上げた。

その時、一人の女が立ちはだかった。

白と赤の上着をまとい、剣を手にしている。

「名を名乗れ、魔術師の犬」

「……」

私は意図的に沈黙した。

この女には勝てない――そう直感していた。

ならば、会話は最小限に抑えるべきだ。

彼女はすぐに苛立ち、部下たちに攻撃を命じた。

私は軽々と攻撃をかわす。

あまりにも、予測しやすい動きだった。

剣を抜き、一人の兵士を斬る。

一撃で身体は真っ二つに裂け、肉片が庭の両側へ飛び散った。

「慌てるな!」

彼女はそう叫び、私へと飛びかかってくる。

私は女神の剣で彼女の刃を受け止めた。

――重い。

衝突の衝撃で、私は五メートル近く吹き飛ばされる。

「まだ答えていないわ」

「答える義務はない」

「農民から聞いた情報が正しければ……

お前の名はラプラス、だろう。この汚い犬め」

「……チッ」

「やはり、そうだったのね……」

怒りが込み上げる。

だが、それも覚悟の上だ。

この世界は残酷で、そして――私もまた、その一部なのだから。

私は彼女に向かって駆け出し、剣を振るった。

彼女の剣は真っ二つに折れ、距離を取らざるを得なくなる。

他の兵士たちが一斉に襲いかかってきたが、

私は驚くほど容易く斬り伏せた。

――七人、正確に。

最後の兵士が倒れた瞬間、私の剣もまた砕け散った。

残ったのは、彼女と私だけ。

軍勢なき、二人。

「……まだ続けるつもりか?」

私が言うと、隊長は眉をひそめ、やがて口を開いた。

「一つ、質問させて」

「???」

「その子供と一緒にいた女は……刺青をしていた?」

「いや。だが、重傷だった」

「……そう。ならいいわ。

援軍を連れて戻るまで、命は取らないであげる。

ラプラス――戦の魔術師」

彼女は私の横を通り過ぎた。

私は振り返る。

「まだ、あなたの名前を聞いていない」

「エイレーネ。

ミライ第一師団隊長よ」

そう言い残し、彼女は雪の中へ消えていった。

私は深く息を吐き、アンリとその妻の方を振り返った。

近づくと、二人は一歩後ずさる。

恐れている――当然だ。

私は、たった一人で二十人の兵士を殺したのだから。

「……さっきは、怖がらせてしまってすみません」

「やはり……本当だったんだな。お前は魔術師なんだ」

「……」

暖炉の前、ソファに座る私をアンリはじっと見つめていた。

私の視線は鋭くなる。

「そうだ。

だが、これ以上は説明できない。

あなたたちを危険に巻き込むことになる。

ただ一つ言えるのは――

私はロランスの祝福を受けた」

「……もう一つ、聞いてもいいか?」

「ああ」

「他にも、いるのか?」

「どういう意味だ?」

「祝福を受けた、他の魔術師が」

私は炎を見つめ、しばし沈黙した後、彼に視線を向けた。

揺らめく光が、私の表情に影を落とす。

「いる。

戦争、飢饉、操作、欲望、憤怒、精神……

そして最後に――

最も危険な存在、《機械》」

「……じゃあ、お前は」

「戦の魔術師だ」


*

**


吹雪が荒れ狂っていた。

猛吹雪の中、農夫の納屋がゆっくりと姿を現す。

その中では、一人の老人が豚に餌を与えていた。

激しい風が納屋の壁を叩く中、彼の背後で影が膨れ上がる。

違和感を覚え、老人は振り返った。

目を見開き、口を大きく開けたまま、

彼は目の前に立つ“それ”を見て、全身を震わせる。

「だ……誰だ、お前は!?」

彼は叫び、震える指でその影を指差した。

次の瞬間、影は激しく動き、

老人の頭部を貫いた。

「貢献に感謝するぞ、農夫」

黒く、不透明な塊が老人の身体を掴み、

そのまま豚たちのもとへ引きずっていく。

ほんの一瞬の出来事だった。

豚たちは一斉に襲いかかり、老人を喰らい尽くした。

黒い塊は静かに振り返り、

やがて一本の鉄塔の影へと溶け込むように消え去った。




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