第22章 : 磔刑
フェイト
俺は、首都の入り組んだ道を歩き続けるアルスを見つめていた。夜はすでに訪れ、街は少しずつ賑わいを見せ始めていた。
街を歩き回る若者たちや、バーに腰を落ち着け、周囲のことなど気にも留めずに話し込んでいる者たち。そこへ、通りを駆け抜けていく奇妙な生き物たちまで加わり、街路は特に活気に満ちていた。
「エイレーネから聞いた限りじゃ、お前はこの世界に生息する獣が大好きなんだって?」
「うん、大好き!」
「好きなことを見つけられたんなら、それはいいことだな」
アルスは俺のほうを振り返り、そこで初めて俺が隣にいないことに気づいた。
彼は後ろを振り返ると、俺がマントの下で、猫のような生き物の頭を撫でているのを見つけた。
その生き物には、三本の尻尾が生えていた。
「お前、かわいいな!」
「フェイト、頼むから俺のそばにいてくれ」
「はーい!!!」
俺はアルスのもとへ近づき、路地のほうへと顔を向けた。
一瞬、獣の頭をした男が見えたような気がした。
だが、あまりにも一瞬のことだったため、何の種族なのかまでは判別できなかった。
「どうした?」
アルスが俺に尋ねる。
「ん? いや、なんでもない」
だが、俺の視線は路地へ釘付けになっていた。
それに気づいたアルスが、俺のところまで近づいてくる。
「何か見たのか?」
「よく分からない。路地の中に、何か異常なものが見えた気がする」
アルスは目を細めると、俺が路地に向けていた意識をわずかに引き戻した。
そして、俺の背中を軽く押して前へ進ませる。
俺たちは無言のまま歩き続けた。
正直なところ、俺もアルスも、首都には異常者たちが暮らしていることを知っていた。
ただ、彼らはその姿を隠し、ひっそりと暮らしている。
中には、自分の姿を隠すことすらできない者たちもいる。
俺のように。
翼やもう二本の腕以外にも、俺には尻尾や角がある。
それらは、どうしても人目にさらされてしまう。
俺はアルスを見た。
彼は何も気にしていないように見えた。
少なくとも、表面上は。
彼もまた、この差別の当事者だった。
異常者と結婚した彼は、俺と同じように「脅威」と見なされている。
「フェイト。この街に滞在している間、一つだけ約束してくれ」
「うん?」
「常にマントの下に隠れていると約束してくれ」
「約束する……」
俺はそう言って、地面へと視線を落とした。
俺たち異常者にとって、昔から世の中は厳しかった。
それは、誰かの考え方や物の見方の問題なんかじゃない。
この世界の権力者たちが、俺たちの生き方を決めているのだ。
「ねえ……いつか俺も、マントなしで歩き回れるようになるかな?」
「分からないよ、坊や……俺にも分からない」
少なくとも、そんな暗い話をしたまま、俺たちはようやく目的地へとたどり着いた。
「フェイト、おかえり。ここがお前の家だ」
俺は右へと顔を向けた。
花屋の上にあるのが、俺たちの家だった。
正面から見える外壁には、いくつもの植物が置かれた温室のようなベランダが見える。
ガラスの一枚一枚には、花の模様が刻まれていた。
家へ入るには、左側へ回らなければならない。
緑色の枠に囲まれたガラス張りの階段が、玄関へと続いていた。
アルスはガラスの扉を開け、階段を上っていく。
俺もすぐ後ろをついていった。
どのガラスにも、薔薇の模様が刻まれていた。
扉の前まで来ると、その向こうから何やら騒がしい音が聞こえてきた。
アルスが取っ手に手をかけ、扉を開く。
すると、どこからともなく飛んできたタオルが、アルスの顔面へ直撃した。
「大丈夫か!!」
「おう、心配するな」
俺は扉の枠から顔を覗かせた。
そのまま居間へと駆け込んできたのは、濃い赤色の髪をした少女だった。
頭には黒いヴェールをかぶっている。
少女は半ば裸のような格好で走っていた。
その後ろから、ルシアとほとんど同じような服装をした修道女が追いかけてくる。
「待ちなさい、キルケー! ほら、こっちに来て髪を乾かしましょう」
「捕まえられるもんなら、捕まえてみなさい!!」
俺は説明を求めるようにアルスを見た。
その表情を見れば、彼がこの二人の存在を俺に伝えるのを忘れていたことはすぐに分かった。
「この馬鹿……」
女性は走るのをやめ、こちらへ振り返った。
その顔には苛立ちが浮かんでいたが、俺の姿を見た瞬間、驚きへと変わった。
「若様!」
女性は走らないようにドレスの裾を持ち上げながらこちらへ近づいてくると、その場で片膝をついた。
「フェイト、こちらは――」
「私はアスガリサと申します。あなたの愛するルシア様の付き人を務めております」
俺はどう反応すればいいのか分からなかった。
これほどまでに大事に扱われることが恥ずかしくて、どうしていいのか分からないままアスガリサを見つめていた。
そして、俺は慌てて頭を下げ始める。
「は……初めまして。僕はファ……フェイトです。カルセの息子です」
女性はアルスと同じように、クスリと笑った。
「フェイト様――」
「『様』だって!」
「お嬢様をご紹介させていただきます――」
その瞬間、部屋の奥から声が響き渡った。
「じゃあ、こいつがルシアがいつも褒めちぎってる奴なんだ!」
アスガリサは娘のほうへ振り返った。
彼女は腕を組み、白いショートパンツと黒いヴェールだけを身につけていた。
「初めまして。僕は――」
「あなたが誰なのかは知ってる! ルシアがいつもあなたのことを褒めてるけど、正直、全然大したことなさそうね」
俺たち二人の間に挟まれたアスガリサは、慌てふためき、次第に余裕をなくしていく。
「それに、そのボロボロのマント! なんだか怪しいわ! まさか、ただブサイクだからそんなものを着てるんじゃないでしょうね?」
「ご、ごめんなさい!!! そんなつもりじゃ……」
俺はそう言いながら、マントを脱いだ。
二人の少女の前に、俺の角と黒い尻尾が露わになる。
キルケーは目を細めると、首を傾げた。
「分かんない。別にブサイクじゃないじゃん? なんでそんなマントに隠れてるの?」
アスガリサは娘のほうを向くと、その場にしゃがみ込んだ。
「いい? 前にも説明したでしょう。私たちのような人間はね、悪い人たちに狙われているのよ」
「むぅ! だったら悪い奴らなんて来ればいいじゃん! 私が待っててあげる! それより、あなた!」
彼女は俺を指差した。
突然のことに、俺はビクッと身体を震わせる。
「今日からあなたは私のペットね。光栄に思いなさい!」
俺にはいまいち意味が分からなかったが、とりあえず頷いた。
「分かった!」
「よし! じゃあ、ついてきて。私が家を案内してあげる!」
「ど……どうも……」
俺はキルケーのほうへ向かい、彼女に腕を掴まれる。
一方、アルスはため息をつくと、アスガリサのほうへ振り返った。
「無事にやっていけるといいんだがな」
「申し訳ありません、旦那様。まだ幼いものですから」
「気にするな! まだ五歳なんだ。それより危ないのは、ああいう考えを人前で口にしてしまうことだ」
「きちんと理解させるよう努めます」
「そうしてくれ」
その頃の俺はというと、キルケーに引っ張られながら、家の中をあちこち連れ回されていた。
正直なところ、家の間取りはいたって普通だった。
玄関を入ると、すぐに居間がある。
その右手には、先ほどのベランダへと続く温室があった。
いくつかの植物が置かれている以外には、特に何もない。
玄関の正面には食卓があった。
丸いテーブルだ。
左手には厨房がある。
そこから顔をおよそ七十五度ほど右へ向けると、廊下が見える。
廊下は、それぞれの部屋へと続いていた。
この順番に沿っていくと、右手にまずアルスとマミの部屋がある。
その次に浴室があり、一番奥の部屋がトイレだった。
興味深いことに、このトイレは水洗式だった!
しかも、それが家の中にある。
そして、トイレと浴室の向かい側には、アスガリサとキルケーの部屋があった。
二人はいつも一緒に寝ているらしい。
そして次に――
「ここがあなたの部屋!」
キルケーはそう言いながら、扉を開けようとした。
その間に、少女は白いシャツを着ていた。
扉が開くと、そこにはかなり整理整頓された部屋が広がっていた。
本がぎっしりと詰まった棚がいくつも並んでいる。
それでも、俺のベッドを置いても窮屈にならない程度には、きちんと整理されていた。
どうやらここは書斎ではなく、れっきとした一つの部屋らしい。
内装は主に木材で統一されており、そこにいくつかの植物が添えられていた。
アルスは俺の頭に手を置き、口を開いた。
「お前の祖母が、お前がここに来たときのために用意した部屋だ。お前が自分の家だと感じられるように作ったんだ」
その言葉が胸を温かくした。
あまりにも嬉しくて、自然と目に涙が浮かんでくる。
そして、俺は泣き出してしまった。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇
夕食を終えると、アルスは皆に挨拶をしてから、自分の部屋へと戻っていった。
アスガリサはというと、キルケーを寝かせるために連れていった。
少女はすでに母親の腕の中で眠っていた。
そして結局、俺は一人で家に残された。
俺は辺りを見回し、過ぎ去った時代の名残を目にする。
「マミも、ここで暮らしてたんだ……」
なんとも不思議な感覚だった。
けれど、それはなんとなく彼女らしい気もした。
俺はベランダへ目を向け、そちらへ歩いていく。
そして、通りを歩いていく人々を眺めた。
「旦那様、窓にはあまり近づかないほうがよろしいかと」
俺が振り返ると、そこにはアスガリサが立っていた。
「そうだね。兵士たちと面倒なことになるのは避けたいから」
俺は窓から離れ、厨房へ向かう。
そして、カウンターの上に残っていた干し肉を手に取った。
「眠れないのですか?」
修道女姿の女性が尋ねてくる。
「うん。正直、なんだか変な感じなんだ。毎日、周りにいる人たちのことを少しずつ知っていく。そして、そのたびに気づくんだ。この世界は、俺が生まれるずっと前から存在していたんだって」
アスガリサは微笑むと、俺にある提案をした。
「よろしければ、私と一緒に少し散歩でもしませんか?」
「外に?」
アスガリサは振り返り、椅子の上に置かれていた修道女の帽子を手に取った。
それを見て、俺たちが本当に外へ出るのだと分かった。
俺は急いで自分の部屋へ戻り、マントを取りに行く。
そして、肩に何かのケースのようなものを掛け、玄関で彼女と合流した。
外へ出ると、首都の明かりが静寂を打ち破った。
街はとても賑わっており、人々は次々と店から店へと流れていく。
俺はアスガリサの歩く速度についていくのに苦労していた。
「あ、待ってよ!!」
「あら、申し訳ありません、旦那様。最近は外に出ると、少し神経が過敏になってしまいまして」
「じゃあ、どうして外に出ようと思ったの?」
女性は俺を笑顔で見つめると、そのまま歩き続けた。
どうやら俺は、少しばかり答えを求めすぎたらしい。
それから数分ほど歩いていると、一人の人物が俺たちに声をかけてきた。
「すみません、シスター!」
「はい?」
手を震わせた年配の女性が、俺たちのもとへ近づいてきた。
「半年以上、孫から連絡がないんです。それが心配で、夜も眠れなくて……。この不安を少しでも和らげるために、祈りを捧げていただくことはできませんか?」
俺は横目でアスガリサを見る。
彼女は落ち着いた様子だった。
アスガリサは両手を組むと、静かに口を開いた。
「主よ、どうかここにいない私たちの大切な者をお守りください。その歩む道を導き、どこにいようともお守りください。彼の行く先に、差し伸べられた救いの手がありますように。私たちの不安をお鎮めください。そして、どうか無事に家族のもとへ帰してくださいますように」
老婆はアスガリサの手を取ると、何度も礼を言った。
そして、そのまま人混みの中へと消えていった。
「君って、本当にグランドクロスの使徒なの?」
「いいえ、私はグランドクロスの使徒ではありません。私は全能なる御方の使徒です。だから、あの祈りに祝福を与えなかったのです」
「そうなんだ」
正直なところ、俺には彼らの宗教体系があまりよく理解できていなかった。
神々は存在しない。
残されているのは、俺たちのような人間と、その恐怖や疑念だけなのだから。
「ねえ、どうして君は黒き影を信じているの?」
「その存在そのものが、私の命を救ってくれたからです」
「死ぬはずだったから?」
アスガリサは地面へ視線を落とした。
「分かりません。私は未来を見ることができませんから」
「まあ、そうだよね」
修道女は再び歩き始め、俺もその後を追った。
やがて俺たちは、その地区の中心部へとたどり着いた。
「ねえ、ルシアはもう街にいないの?」
「はい。奥様は、北方領域へ向かわれました」
俺は目を細め、彼女から数歩離れたところで歩いた。
「じゃあ、どうして彼女についていかなかったの?」
アスガリサは左を見て、それから右を見る。
まるで、常に周囲を警戒しているようだった。
「私はある任務を任されています」
「そうなの? もし聞いてもいいのなら、どんな任務なの?」
俺たちは人通りの少ない路地へと入った。
気づかないうちに、辺りの空気が少しずつ重くなっていた。
そして――
一つの叫び声が響き渡った。
「今の、聞こえた!?」
アスガリサは突然、俺を待つことなく叫び声の方向へ走り出した。
驚いた俺も彼女を追いかけ、路地の分岐へとたどり着く。
「これで八人目……」
修道女はそう呟いた。
俺の目の前にある壁には、血が飛び散っていた。
壁を伝ってゆっくりと流れ落ちた血は、石畳へと染み込んでいく。
壁にもたれかかるように、一人の男が横たわっていた。
両腕は、まるで操り人形のように切り落とされていた。
その頭上には、彼の血で王冠が描かれている。
その横には、グランドクロス教会の紋章があった。
俺はというと、手が震えていた。
どこを見ればいいのか分からなかった。
生まれて初めて、人の死体を見たのだ。
冷たい汗が全身を伝い、俺は胸元に手を当てた。
そのとき、何か粘ついた音が聞こえた。
アスガリサが俺の目を手で覆った。
それでも、彼女の指の隙間から見えてしまった。
男の内臓が、身体からこぼれ落ちていくのが。
◇ ◇ ◇
数分後、俺たちは一軒のカフェに入っていた。
店員が俺にはフルーツジュースを、アスガリサにはコーヒーを運んできた。
「これが、私に与えられた任務です」
「連続殺人犯がグランドクロスを利用して、異常者たちに反対する者を殺しているってこと?」
「強姦犯、奴隷商人、その他の犯罪者たちです。すでに七人が発見されています。ですが、犯人はさらに一線を越えました」
「どういうこと?」
「男のそばに、メッセージが残されていました」
「???」
アスガリサはコーヒーをかき混ぜながら、口を開いた。
「神は、すべての罪を赦す」
「でも、まさか……」
「一人の男を磔にするところまで、です。ええ。それが、ルシア様が私に彼を捕らえるよう命じた理由です」
「この男は、異常者たちにとって危険な存在になり得ます。なぜなら、もし帝国がこの一連の殺人をパンドラの仕業にしようとしたら……」
彼女は言葉を止め、コーヒーの中へ視線を落とした。
「帝国は、正式に私たちの敵になります」
俺は手元のリンゴジュースを見つめた。
壁に磔にされた、あの男の死体を思い出すだけで、吐き気が込み上げてくる。
それでも、もうこの状況を無視することはできない。
それだけは確かだった。
「俺も手伝うよ。一緒にあの男を捕まえよう」
「あなたに手伝ってほしいなんて頼んでいません」
「分かってる。でも、ルシアが重要視していることなら、俺も関わらないわけにはいかない。それに、あの男がこんな殺戮を繰り返して、それがニマリや他のみんなにまで影響するなら……俺はきっと、自分を責めることになる」
女性は小さく微笑んだ。
「分かりました。それなら、あの男を見つけるために、共に立ち向かいましょう」




